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過労キティ
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主
主
主
私の両親は昔私を施設に入れてどこかへ行った
きっと母とも父とも違う髪色と瞳の色の私が気味悪かったのだろう
髪色は母が赤紫、父が黄色だった
瞳は母が青よりの緑、父が紫よりの赤だった
そんな中私が生まれ、母からは「お前なんか生むんじゃなかった」 父からは「気味が悪い」 こんな言葉を物心がついた時から当たり前のように浴びさせられてきた
一歳差の妹、さりなが生まれた 髪と瞳の色が両親の色と混ざった色のようだった 病弱と分かり入院することになると、 「さりなが病弱なのはお前が私たちの本当の子を呪ったんだ」 「疫病神が」と言われ続けた そのあとから、暴言だけでは無くなった
7歳になったときからは暴力を振るわれ始めた
最初は「痛い」「やめて」と抵抗していた でも、9歳になるときにはもう何も感じなかった 慣れたのか感情が無くなったのか、私にはもう知る由もないけれど
小学校に入ると、両親から「何も言うな」と包丁を突き出した状態で言われ、恐怖心が勝ち、周りには黙っていた その為、”偽ること”を私は覚えた
参観日の日、母が私には見せたことのない笑顔で友達のお母さんと話しているのを見て、「あれも嘘なんだろうな」と 子供心ながらに感じていた
昔からテストは満点、体力測定はA、そのようなすべてにおける完璧さを求められていた
完璧でないといつもの倍暴力を振るわれた
その中にはアイロンを体に当てられたり、首を絞められ、生死を彷徨った事もあった
その為今も体に傷が残っている
施設に入れられたのは13歳の時 ちょうど、さりなが亡くなってしまった年だった
父が「こんな奴の為に金を使いたくない」と言ったことがきっかけだった
私はやっと解放されるのだと思った
けれど、まだ地獄は続いていた
施設に入っても、「体に傷が多くあって気味が悪い」という理由でいじめられた
職員に相談しても取り合ってもらえず、一部の職員は虐めっ子の方をかばっていた
「この子はまだ幼くて判断ができないから」「年上の子が我慢すればいい」そんな理由で
私はその生活が嫌になり、14歳の時、コッソリしていたバイトで貯めたお金で施設を抜け出した
1人暮らしを始めてからは[天童寺有栖]ではなく、[佐々木月乃]として生きるようになった
そのようなことがあり、私は学校に行かなくなり、他人を信用しないようになった
ずっと偽るようにしてきた
そんな私があの二人と出会ったのは16歳の時だった
コメント
1件
うわ…正直、読み終わって言葉を失いました。冒頭の「主」の軽い口調と、その後に続く壮絶な過去のギャップが痛すぎる。施設を抜けて「佐々木月乃」として生き直した選択に、この子の必死さが滲んでて胸が詰まりました。この後の話で、彼女がどう変わっていくのか、誰かと心を通わせられる日が来るのか、すごく気になります…!