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サクラ
チラシの裏には、ベールを頭に着けたドレス姿の女の子と背の高い男の子が手を繋いで並んでいる。
優也
何度も見た事のある映画のテレビ放送をまたかと思いながら眺めていた優也の反応を伺うように、イタズラな瞳がこちらを捉えている。
サクラ
優也
そう返すと、決まってギュッと首筋に抱きついて こう言う。
サクラ
優也
そう言うと、又イタズラな笑顔で今度はよしよしと 優也の頭を撫でる。
優也と、さくらは、父親違いの年の離れた兄妹だ。 優也の父が、優也が小さな頃に亡くなり、その時に母が努めていたスーパーの店長だったさくらの父親と再婚した。 父の看病と子供の世話をしながら、スーパーで働く母をさくらの父親が支えていたのだ。 優也がさくらの父親の事を認識した時には、彼は優也と母の家族として存在していた。 その時の事は、あまり深く考えていなかったが、 今自分が成長すれば何となく想像はつく。 それから程なくして、さくらが生まれた。 4月2日、母の入院していた病院の部屋からは満開の桜の木が美しく揺れて いるのが見えた。 小さな透明のベッドに寝かされている赤ん坊の頬に、その桜の花びらが1枚舞い込んで落ちた。
優也
優也の発した一言で、この小さな赤ん坊はさくらと名付けられた。
母
そう言って、優也の手を優しく握った母は、子どもながらに幸せそうだと 思った。 母が、さくらと一緒に家に戻ってから、家族4人はしばらく穏やかな日々を 過ごした。 母も、スーパーの仕事を辞めて、家の事や子ども達の世話に専念していた。 さくらの父親も、優也の事をちゃんと息子として見てくれていた。 たまには一緒にサッカーやキャッチボールをしてくれたりもした。 しばらくの間は…… さくらが丁度2才に成ったその日、僕らの幸せの日々は突然終わりを告げた。
母
母の声に、優也はやりかけのゲームを机に置いて食卓に向かった。
さくらは、ベビーチェアーに座らせれ、足をパタパタさせながら、目の前に並べられたご馳走を見つめて大喜びしていた。 冷蔵庫からホールケーキを出して、テーブルに置くとさくらのテンションはマックスにはねあがって、小さな手を何度も何度も叩いて大はしゃぎだ。
サクラ
誕生日ケーキに、そこまで興奮出来るサクラの事が、何となくおかしくて、優也は思わず吹き出して しまった。
優也
さくらに付き合って優也が言うと、今度は 母が 小さく笑った。
母
テーブルに並べられた唐揚げやさくらの好物のコロッケは、すっかり湯気も冷めて、さっきまでマックスだったさくらのテンションは、今ではお腹が空きすぎてダダ下がっている。
優也
待ち疲れたさくらの気持ちを、代弁するように優也が言うと、さくらも続けた
サクラ
さすがに2時間以上の、お預けはさくらの我慢の限界を越していたらしい。
母
ようやく母が、腰を上げたその時。
「バタンッ」 玄関で大きな音がして、父親の声が響いた。
父親
ただ事ではない、父親の怒鳴り声にさくらの小さな肩がビクッとはねあがった。
母
慌てて母が玄関に駆け出すと、フラフラした足取りで父親の方が早くリビングにたどり着いた。
父親
そんな事を怒鳴りながら、駆け寄った母の髪を掴むと、何度も大きく揺すって、最後にはご馳走の並んだテーブルに向かって、突き飛ばした。
優也
綺麗にセッティングされた、テーブルは一瞬でその姿を変えた。
父親
母を庇おうと、駆け寄り間近に迫る酒臭いその顔を見上げると、大きな手が優也の頭をテーブルに打ち付けた。
母
一瞬、母の声が優也の名前を呼んだが、その後の記憶はほとんどの無かった。 ただ、ガチャガチャと、テーブルの上の料理が床に落とされて皿が割れる音とさくらの悲鳴のような鳴き声だけが、優也の意識をかろうじて、繋ぎ止めていた。
優也
だが、その糸もすぐに絶ちきれて優也の意識は深い闇へ沈んで行った…
次に、優也が目を覚ましたのは、病院だった。 ぼんやりとした視界に、さくらを抱いた親戚の叔母夫婦と、従兄弟の章太郎の姿が浮かんでいた。
章太郎
章太郎が薄く目を開いた優也の顔を覗き込むように、声をかけてきた。 章太郎は、優也と同じ年で母が再婚するまでは、しょっちゅう家に来たり母が仕事で遅い時には、章太郎の家に泊に行ったりする程、親しく付き合いがあった。 母が再婚してからは、何となく疎遠になりかけていたが、しばらくぶりに顔を見せた章太郎の事は、うっすらした意識の中でも、認識することは出来た。
叔母
叔母さんが、章太郎の後ろから声をかけてきた。 近すぎる章太郎の顔から視線を外し、叔母さんの方に向けて軽く頷いた。
それから3日間優也は入院し、母は、さくらと一緒にあの家に戻っていた。 あの日、何故あんな事になったのか知ったのは、叔母さんに付き添われて退院した日だった。 入院中の荷物を抱えて叔母さんと一緒に家に入ると、人気は感じるもののシンと静まり返っていた。
父親
優也と叔母さんが居間の端に荷物を下ろすと立て早に、父親が口を開いた。 2人が居間のちゃぶ台に腰を下ろすと母と母の姉の叔母と優也、そしてさくらの父親であの日の事について話し合った。 項垂れた頭を何度も床に擦り付けて優也や母に 謝った。
父親
大人とは、とても思えないほどワンワンと大泣きする父親の姿を優也は無表情で眺めていた。
母
母が父親の背中をさすりながら優也の顔を見つめた。 叔母が、何か言いかけたが、母はその言葉を無言で征した。 そして、その日から僕らの地獄の日々は始まった。
結局、父親の仕事は見つからず、又、母がパートに出て毎日の生活を凌いだ。 父親は、毎日フラりと出かけて行き、夜には酒に酔いつぶれて帰る。 そして、又、優也やさくらや母に暴力を振るうと言う、最悪のサイクルで家族の日常は、がんじがらめになっていた。
優也
青く腫れた母の手を、小さな保冷剤で冷やしながら優也は無意識に呟いていた。 力なく優也の顔を見つめた母は一言小さく声を 漏らした。
母
そして、優也と母は最低限の日用品を、スポーツバッグ2つに詰め込み、母とさくらと一緒に玄関のドアを開けて長年暮らした家を飛び出した。
3人で家を出てから、暫くの間は章太郎の家に身を隠していたが、そこはすぐに父親に見つかり、迷惑をかけるといけないと母は慌てて小さなアパートを 探した。 前に住んでいた家より、立地や間取りは、格段に下がったが、何よりあの地獄の日々を思えば、新しい生活は、長い冬を越しようやく春の訪れを思わせる 毎日だった。 母は、新しい仕事を見つけて何とか3人で食べて行けるだけの慎ましい毎日で、さくらも僕も、少しずつ心や体の傷を癒して行った。
サクラ
丸顔だったさくらも、今では少しほっそりした女の子らしい表情をもつ少女へと成長していた。
優也
さくらももう小学2年生、優也は高校3年だ。 最近は、優也もバイトで多少の収入も手に出来るようになって、少しは母の助けに成れている自信も 持てる。
優也
優也が玄関で靴を履きながら、仕事に出掛ける準備をしている母に声をかけた。
母
安物のカーディガンを羽織りながら調度母も荷物を持って玄関に出てきた。
優也
そう言って、さくらの手を取り、3人で家を出た。 暫く歩くと、さくらは、小学校の友達を見つけて、優也の手を離し大きく降りながら友達の所に 駆け出した。
サクラ
さくらの小柄な体には存在感の有りすぎるランドセルが走る度に上下に揺れて、転ぶんじゃないかと、ハラハラしながらその背中を 見送った。
母
隣で、母が小さな笑い声を漏らさした。
優也
横目で優也を眺めて嬉しそうに微笑んでいる顔から、何となく何を考えているのか想像出来てしまい、照れ隠しに、そんなぶっきらぼうな一言を投げ掛けた。
母
母は意味ありげな笑顔で、優也を肘でツンと突っつきスタスタと、先に行ってしまった。 そんな幸せそうな背中を 眺めたのが、 母との最後だった。
その夜、バイトを終えてコンビニのアイスを3個ぶら下げて、アパートの鍵穴を回した。
優也
鍵はすでに開いていて、何となく嫌な予感が 頭を過った。
優也
もう、9時半を過ぎて居るのに家の中は、電気も消されたまま、しんと静まり帰っている。
優也
不安を押し込めて玄関で靴を脱いで、部屋の電気を つけた。
優也
優也は思わず、息を飲んで固まった。 狭い部屋の中で、いったい何があったのか、部屋中の物がそこいらに散乱して、家具やキッチンの引き出しは全て開け放たれていた。
優也
あまりの光景に、思考回路が停止したまま、なかなか働いてくれない。
優也
どのくらい固まっていたのか分からないが、やっとの思いで気を取り直し、母とさくらの姿を探した。 といっても、ダイニングの他に有るのは、母とサクラの部屋と優也の部屋。 そして、風呂場……。 母の部屋と自分の部屋に2人が居ない事はこのダイニングから一目瞭然だった。
優也
優也は風呂場の扉に手をかけて、懸命に嫌な予感を 振り払い、 ゆっくりと開いた。
優也
母の頬には、見覚えの有る青アザ。 湯船に溜められた水は真っ赤に染まっている。 そして母の胸の上で目を閉じて眠っているさくらの体は、火傷をしたのか、顔から背中まで皮膚は 捲れて真っ赤に 爛れている。
優也
その後、優也は何をどうしたのか全く覚えていない。 次に我に返った時は又、章太郎家族が、病院のベッドのへりで優也を見つめていた。
叔母
叔母が、優也の頭をそっと撫でて顔を覗きこんだ。 あの日から、1週間は眠り続けていたらしい。 ベッドに起き上がれる位に体に力が入るようになった頃、叔母が、一枚の紙切れを渡してきた。 広告のチラシの裏にさくらの絵が描いてあって、その端に母の震えた字がかいてあった
母
ポタリ、ポタリとチラシの上に雫が落ちて 跡を作った。
サクラ
サクラ
サクラ