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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで

星を盗む世も末

御堂幸

映(はゆる)

常葉映

なあに?

御堂幸

白いねえ

御堂幸

肌も、

御堂幸

服も、

御堂幸

床も壁も電球も

御堂幸

しろしろしろ

御堂幸

真っ白

常葉映

そうだね

御堂幸

最近雨ばかりなのに、

御堂幸

珍しく晴れてるよ。

御堂幸

お餅つきの兎が
見えるかも

常葉映

…………

常葉映

わたし、月を見たら
狂いそうになるな。

御堂幸

……あ。映の目

御堂幸

きらきらしてる

御堂幸

星みたい。

御堂幸

うん多分、映の瞳には

御堂幸

銀河系がいるんだよ

常葉映

あは、じゃあわたしって
ブラックホール?

御堂幸

そうなのかも。
いや、そうだ

常葉映

ロマンチックだね

御堂幸

ロマンチックでしょ

御堂幸

世界で一番綺麗だよ

常葉映

ふうん。

常葉映

いまいち信じられないなあ

御堂幸

冗談に聞こえる?

常葉映

だって

常葉映

幸(さち)の言葉はいつも軽いんだもん

常葉映

ほんとはうわべじゃないのかいつも疑っちゃう

御堂幸

違うよ!

御堂幸

希釈して切り刻んで

御堂幸

一口サイズにしてから
提供しているんだよ

御堂幸

御堂幸

すごく重いんだよ

御堂幸

だーれも
計りしれないくらい

御堂幸

だからこんなの、千分の一にも満たないんだ。

常葉映

……そっか。

常葉映

なるほど。

御堂幸

知らなかったでしょ?

御堂幸

心に秘めてるの

常葉映

うーん。実はねえ

常葉映

わかってたよ。

看護師

看護師

ちょっとー!

看護師

常葉(ときは)さん!

看護師

病室にいなさいって
言ってるでしょ?

看護師

外出は原則禁止です。

看護師

きみたち、
今日で何回目なの

御堂幸

あ…………

常葉映

きゃー失敗しちゃったー

常葉映

ごめんなさい

常葉映

でも幸が
連れ出してくれたんだ

常葉映

ああ、白馬が見えた気がしたの……!

常葉映

牧園(まきぞの)さん、
信じて。

御堂幸

王子様です

御堂幸

囚われた姫を
攫いに来ました

看護師

……はいはい

看護師

全く懲りないんだから
困っちゃうわ

看護師

早く戻って、検査の時間
まで寝てましょうね。

常葉映

もうー!

御堂幸

…………はゆる

御堂幸

迎えに行くねプリンセス

常葉映

うん。

常葉映

絶対だよ

思わず手を掴んだら

しなやかな指を絡めて 大丈夫だよと応えてくれる

ああなんてことだろう。 整った優しさに甘えてしまう、

弱い私は決めかねているのに

目を逸らした事実の数を 心のなかで反芻するたび

怖くて悲しくて苦しくて痛くて

常葉映

常葉映

わたしが

常葉映

幸のことも吸い込む

常葉映

何ともないよ

御堂幸

ありがとう

──なんて儚くて美しいんだろう。

常葉映

わたし、パラダイスに連れて行ってもらうの

常葉映

楽しみだなぁ

御堂幸

嘘だ

御堂幸

嬉しそうじゃないよ

御堂幸

なんで、

常葉映

悪い事してきた覚えは無いのに誕生が罪なの、

常葉映

とてつもなく最悪だよね

常葉映

でも

御堂幸

やめて

常葉映

赦してもらえるんだ、
産まれたこと。

常葉映

ねえすごく素敵でしょ

御堂幸

駄目

常葉映

わたしは翼を貰って
報われるんだよ

常葉映

……こんな肉もう

常葉映

捨てちゃいたいなぁ

御堂幸

……涙なんか、

御堂幸

飲まないで。

 

常葉映

しあわせに

常葉映

なりにいくの

御堂幸

はゆる

 

私の言葉を露ほども聞かまいとするかのように、羽や光や花が描かれた表紙を執拗になぞっている。

貝殻みたいな形の爪の、凸凹として滑らかじゃないこと。

血の気の感じられない唇から逃げるように滲んだ血。

頼りない骨が主張する折れそうな首。

一面を油性の黒で塗り潰された、同級生たちからの寄せ書きを背に隠し、

やたら厚い本をシーツ越しの太腿に置いて何かを口ずさんでいた。

常葉映

しあわせに、
なりにいくの。

常葉映

居場所はそこにあるの

喋るのが止まないのは、

これらの絶望が自分以外には見えていないと思っているからで

傘を忘れた雨の日に似た思いを持て余しながら、私は静かに抗おうとする。

常葉映という存在の消費期限は なくなってしまった。

余命を過ぎた人間のよすがは何?

体だけは健常な私には何と分からなくて、歯がゆいなあと思った。

生と死を跨いだ末には、煙のごとく消えそうな危うさを感じていた。

御堂幸

ストップ

御堂幸

きょうはおしまいにしよう。

御堂幸

…吸って。……

御堂幸

……吐いて、…

常葉映

すぅ。はぁ。

気体を器官内で出し入れすることが、あたかも正しいみたいだった。

仄かに伝わる肩の微熱が、私を留める命綱だという気がしてならなかった。

常葉映

常葉映

……………………さち

常葉映

たすけて。

御堂幸

うん

常葉映

喉が詰まりそうなの

常葉映

内臓が破けそうなの

御堂幸

うん、うん

御堂幸

ちゃんと私を見ていて

常葉映

……………………

御堂幸

だいじょうぶだよ

御堂幸

大丈夫だから。ね

お互いの声を通さない日は敵が来ない

カーテンを開ける者はいない

つまり、世界には二人なのだ。

こういう憂鬱ならば永遠であってほしいと、一人でこいねがう。

おそらくどうしようもなく、 私が悪魔なのだった。

常葉映

昨日、お引っ越ししたの。

常葉映

わたしの住処は
この302号室

常葉映

空が近くて嬉しいな

二階から三階の特別室に移動したということを、歌うように教えてもらった。

いつものように清潔な白い布を着て、温かで眠い空気にくるまれていた。

皺の無い私のスカートを撫で、リボンを引っ張り、目を細めた。

私はおもむろに、花束を差し出す。

御堂幸

……言われたとおり
買って来たよ

御堂幸

チューリップの造花。

御堂幸

本物じゃなくてよかったの?

御堂幸

私は何でも買うのに、

常葉映

ううん。ありがとう

常葉映

これが、ほしかったの

ふふ。弾んだ声を漏らして 受け取ってくれる。

控えめで強かな春が、 窓辺の夏に挿された。

近くに寄ると、しゅわしゅわ、ぱちぱち、と爽やかな音が弾けている。

セルリアンブルーの瓶に垂れた結露が煌めき、ちっちゃな泡が踊りながら偽の茎に纏わりついていた。

常葉映

このこたちは、
甘さで傷つかないから。

常葉映

理想のままだった

常葉映

よかった

それらは言い訳じみていたけれど、

二種の季節を欲ばりに詰め込んだ芸術を見る顔が、うっとりとろけている。

瞬きもせずに眺めていた

たっぷりと時間をかけて、 服の裾が震えた。

常葉映

常葉映

蜘蛛の糸を頂戴

御堂幸

────映、

御堂幸

今日は満月だよ。

恋文だと渡された遺書の、 丸っこい字が浮かぶ。

これは天啓だった。 紛れもなく降ってきた。

果てから下ろされた救いを私は確かに掴み、固く結わえて巻きつける。

雲のないむこうを想い、笑った。

まっすぐ捉えた光が揺れ惑う、 静かに暴れて流れていく。

辺りには氷の粒子が散りばめられている、そんな錯覚に陥る。

静謐とした空気が、二人をまるごと呑んでしまいそうに思えて

まさかあなたはこんな夜を耐えてきたのかと愕然とした。

せめて凍りかけた指が溶けますように。と祈りながら手を握り返す。

二酸化炭素が靄と化し、 絡まりながら昇っていく。

常葉映

────さちは、さちは、

常葉映

わたしがいなくなったら
泣いてくれる?

常葉映

つらいよつらいよって喚いてくれる?

常葉映

……怖くて堪らないの

常葉映

わたし、ひとりぼっちになりたくないんだぁ。

呻くような囁きに脳を殴られた。

そんなのは呪詛にすぎないんだから

清い台詞の薄っぺらさを 覚えているから

私は酷く怯えていて、弱く絡まる熱しか支えにできずにいる。

御堂幸

……………………

常葉映

幸?答えて。…さち

常葉映

幸、

常葉映

何か言ってよ、

御堂幸

嫌だっ

御堂幸

『あなたのせいで死にたい』なんて、

御堂幸

そんなのろいみたいなもの、掛けたいと思わない!

御堂幸

………私は

御堂幸

映を悪者にしたくないよ

常葉映

違う!

はじめて映が叫んだ。 慣れていないせいか掠れていた。

常葉映

……ううん。

常葉映

悪だなんて思わない

常葉映

わたしはいいの。いいんだよ

常葉映

愛に拠る罪なら、幾らでも犯してあげる!

常葉映

『あなたがいなくて生きていけない』って叫び散らしてほしいの

常葉映

それだけでじゅうぶんだよ。

常葉映

じゅうぶんなんだよ、

常葉映

証明さえしてくれたら
……わたし、

常葉映

わたしはきちんと
幸せに死ねる。

常葉映

常葉映

…………わたしはね

常葉映

幸が好き。

 

私が守ってきた柔い膜が裂かれて、砂糖菓子みたいに素敵なものが滑り込んでくる。

言葉のせいで何もかも変わるかもしれないと恐れていたのを知りながら、

そう。あなたは、

いともたやすく告白なんかをしてしまえるひとだったのだ。

最も私を象ってきた恐ろしさの理由が

いま、剥がれ落ちる。

御堂幸

はゆるっ、はゆる!

御堂幸

私も映が好き

御堂幸

すきだよ、すごく、

御堂幸

だいすき!

世界は一変した。

舌に載せた魔法は甘く痺れて、

紛れもなく恋だった。

常葉映

分かってたよ

御堂幸

うん。セーフだね

二人で向き合って床に座り込む。

額をつけると鼻が当たる。 なんだかおかしかった。

啄むように唇を合わせて、 奥に進もうとする。

窒息してしまうかもしれないと怖くなるほどの快さを受ける。

途方もない感情に、胸を押さえて荒い息を吐いた。

ありったけふざけてから、

入口に辿り着く。

錆びた匂いのする扉を押す。

暗がりで私たちはキスをした。綿飴みたいに、やわくてあまかった。

撫でる裸からする消毒液の匂いを奪おうと、あちこちを舐めて噛む。

くすぐったいよとはにかむのもかまわずに、私は全身に口づけした。

寒いねえと交わしながら、 相手の髪に触れ合った。

御堂幸

はゆる、はゆる。

御堂幸

いつかデートしよう?

御堂幸

結婚もしちゃおう

常葉映

奇遇だね

常葉映

私も同じこと考えてた

御堂幸

約束だよ。

私は、決して忘れないと誓った。

ようやく二人は柵を乗り越える。 手を繋ぎ、並んで立つ。

御堂幸

あのね、あのね、

御堂幸

神さまは実は、
いないんだって。

常葉映

……………………

御堂幸

どうしたの……?

常葉映

んーん。

常葉映

なんでもない。

創世記を読まないで。 祈りを捧げないで。 空に思いを馳せないで。

此処にいる間は一生、 私だけを想っていてほしい。

「きみの思惑と我儘を許してあげる」、そういう顔をしてくれた。

常葉映

常葉映

好きだよ

御堂幸

私も好き

常葉映

溜め息ついちゃうほど好きです

常葉映

月、おっきいね。

御堂幸

死にたいくらい好き

御堂幸

…もう、なんで笑うの。

常葉映

だって

常葉映

これからそうするんだよ、幸。

御堂幸

そうだった

常葉映

常葉映

…………あぁ、

常葉映

わたし

常葉映

幸といられて幸せだなぁ

常葉映

愛してる。

常葉映

本当にだいすきだよ

御堂幸

……愛してる、

御堂幸

私も愛してる!

のろいが呪文に成り代わる。

これは、何より最も素敵なおまじない。きっとそうだ。

 

常葉映

……おつきさま、ジャンプしたら届くかな。

御堂幸

常葉映

なあに?

あなたの瞳は星を飼っている。

月の光に共鳴している。

儚く溢れる輝きが、涙に映る白が、何にも替え難く眩い。

脈絡なしに、宝石姫という童話を思い出した。

こんなにも綺麗な女の子の一等星が、奪われようとしている。

そんなのあまりに残虐で、悲劇ばかりの世は末なんだ。

御堂幸

神さまってずるい

御堂幸

私の映を摘み取ろうと
するんだよ、

御堂幸

許さない。嫌い。

常葉映

いないんじゃなかったの?

御堂幸

そう、だから、

御堂幸

いないことにするの。

御堂幸

私たちは都合よく狩られる花じゃない

常葉映

常葉映

わたしたちは、

常葉映

星になるんだよ。

常葉映

風が強くなったね

御堂幸

でも、あったかい。

常葉映

街がちっちゃいね

御堂幸

おもちゃみたい。

常葉映

たぶんね

常葉映

わたしと幸のこと、世界が祝福してくれているの

常葉映

おめでとうって。

常葉映

常葉映

そうだといいなぁ

御堂幸

じゃあ行こう。

御堂幸

月が沈まないうちに!

夜はまだ明けないで、待って。

はゆる、と心で問いかけた。

映の眼に映る私も、幸福だろうか。

幸せのかさが洪水をおこし、皮膚は焼けそうなほど痛い。

余りある愛おしさを身に湛えて、横を向いたとき

私は天使を見た。

宙に舞う灰を被ったような羽根を、

飛沫をあげる水面みたいな眸子を、

幻ではなく見たのだ。

常葉映

幸?

御堂幸

御堂幸

なんでもないよ。

御堂幸

 

貴女が幸福でありますように。

 

 

せーの

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愛の告白が悪であるかのような話です

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