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クラスメイト
成瀬 翔
教室の真ん中、窓から差し込む午後の光を一身に浴びて、成瀬翔は屈託なく笑った。
整った顔立ち、バスケ部で鍛えた長身、そして誰に対しても分け隔てない明るさ。
成瀬は、この高校における「陽」の象徴のような男だった。
浅井 結人
その喧騒から遠く離れた、教室の最後列。
浅井結人は、分厚い文庫本に目を落としたまま、小さく息を吐いた。
自分とは住む世界が違う。
浅井にとって、成瀬翔という存在は、テレビの向こう側の芸能人と大差ない。
関わるはずのない、眩しすぎる光だ。
しかし、運命というのは往々にして意地が悪い。
担任
担任
担任のその一言で、教室の空気が一瞬だけ止まった。
成瀬が、ゆっくりと浅井の方を向く。
成瀬 翔
浅井 結人
浅井は戸惑いながら立ち上がった。
成瀬が隣に来るだけで、自分の周りの酸素が薄くなるような気がした。
廊下を歩く二人。成瀬は前を向き、軽快な足取りで進む。
成瀬 翔
浅井 結人
成瀬 翔
浅井 結人
浅井は伏せ目がちに答えた。
会話を終わらせようとしたつもりだったが、成瀬は「えー、気になるじゃん」と笑って、ひょいとのぞき込んできた。
その距離が、あまりにも近い。
浅井 結人
浅井が思わず身を引いた、その時。
女子生徒
前方から女子生徒のグループが駆け寄ってくる。
彼女たちの視線には、隣にいる浅井のことなど一ミリも入っていないようだった。
成瀬はいつもの愛想いい笑顔で彼女たちに応対する。
浅井 結人
浅井は一歩後ろに下がり、成瀬の背中を見つめた。
その広い背中、綺麗なうなじ、楽しそうに揺れる髪。
成瀬が笑うたび、周囲の空気が華やぐ。
成瀬 翔
浅井 結人
浅井は一人、職員室へと歩き出した。
胸の奥が、ほんの少しだけチリりと焼けるような感覚。
それが「憧れ」なのか「疎ましさ」なのか、この時の浅井にはまだ分からなかった。
一方、女子たちと話していた成瀬は、ふと浅井の後ろ姿に目を留めた。
猫背気味で、頼りなくて、今にも消えてしまいそうな細い背中。
成瀬 翔
不意に、さっき至近距離で見た、浅井の睫毛の長さを思い出す。
眼鏡の奥で揺れた、困ったような、拒絶するような、でもどこか澄んだ瞳。
女子生徒
成瀬 翔
成瀬は女子たちを振り切り、浅井の背中を追って走り出した。
自分でもよく分からない、焦燥感。
ただ、あの静かな横顔を、もう一度近くで見たいと思ってしまったのだ。
成瀬 翔
廊下を駆ける足音が響く。浅井が振り返る前に、成瀬の大きな手がその肩に置かれた。
成瀬 翔
浅井 結人
浅井 結人
成瀬 翔
成瀬は悪戯っぽく笑うと、浅井の手から重そうなプリントの束を半分ひょいと奪い取った。
「あ、いいよ僕がやるから」と慌てる浅井を無視して、成瀬は上機嫌で歩き出す。
職員室での作業は、思いのほか静かだった。
HRの準備に追われる教師たちの喧騒の隅で、二人は黙々とプリントを仕分けていく。
浅井 結人
成瀬 翔
浅井 結人
浅井が伏せ目がちに呟いた。その声は小さかったが、隣にいた成瀬の耳にははっきりと届いた。
成瀬 翔
成瀬 翔
浅井 結人
成瀬 翔
成瀬 翔
成瀬はそう言いながら、横に並ぶ浅井の横顔を盗み見た。
眼鏡の奥、長い睫毛が瞬く。真剣に手元を動かす指先は白く、細い。
その時、浅井がふと、手元のプリントに書かれた誤字を見つけて「あ」と小さく声を漏らした。
浅井 結人
成瀬 翔
成瀬が身を乗り出すと、二人の肩が触れ合った。
浅井から、微かに石鹸のような、清潔な香りがする。
浅井 結人
成瀬 翔
成瀬が声を上げて笑うと、浅井も釣られたように、口元を綻ばせた。
それは、クラスで見せる無愛想な仮面とは違う、柔らかく、幼さの残る笑みだった。
成瀬 翔
成瀬の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
今まで見てきたどの女子の笑顔よりも、胸の奥を激しく揺さぶる何か。
浅井はすぐに真顔に戻ってしまったが、成瀬の脳裏にはその残像が焼き付いて離れない。
浅井 結人
成瀬 翔
浅井 結人
成瀬 翔
成瀬 翔
浅井 結人
浅井が呆れたような顔をする。
成瀬は自分でも何を言っているのか分からず、顔が熱くなるのを感じた。
その日の帰り道。
成瀬はいつもの仲間たちと駅へ向かっていたが、心ここにあらずだった。
クラスメイト
成瀬 翔
仲間の驚く声を背に、成瀬は自分の胸に手を当てた。
ざわつきが止まらない。
あんな地味な奴の、たった一度の笑顔で、どうしてこんなに頭がいっぱいになるのか。
成瀬 翔
翌日から、成瀬の「図書室通い」が始まった。
バスケ部の練習を早上がりしてまで向かう先は、陽光の差し込む静かな聖域。
そこにはいつも通り、一人の世界に没頭する浅井がいた。
成瀬は隣の席を陣取り、全く興味のない参考書を開く。
浅井 結人
成瀬 翔
浅井 結人
浅井は呆れつつも、追い出すことはしなかった。
一週間、二週間。
成瀬は、浅井が集中すると少しだけ唇を尖らせることや
難しいページに来ると眉間に寄る皺
そして時折、窓の外を見る時の物憂げな瞳を、誰よりも近くで独占した。
しかし、その穏やかな時間は、ある「噂」によって崩れ始める。
クラスの連中が、成瀬の変化に気づき始めたのだ。
クラスメイト
クラスメイト
教室で交わされる心ない言葉。
それを聞いた成瀬は、椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。
成瀬 翔
冷え切った成瀬の声に、教室が凍りつく。
成瀬自身、自分の怒りの正体が、単なる友情ではないことに気づき始めていた。
だが、その様子を教室の入り口で、浅井が見ていたことには気づかなかった。
浅井の瞳には、悲しみと、諦めのような色が浮かんでいた。
あの日、教室で成瀬が激昂したのを境に、二人の距離は急速に開いていった。
図書室に行っても、浅井の姿はない。
廊下ですれ違っても、浅井は不自然なほど早く視線を逸らし、人混みに消えてしまう。
成瀬の心は、見たこともないほど荒れていた。
成瀬 翔
放課後の部活。成瀬はバスケットボールを乱暴に床に叩きつけた。
キャプテン
キャプテンの怒鳴り声も、今の成瀬の耳には届かない。
頭にあるのは、最後に見た浅井の、あの悲しげな瞳だけだ。
成瀬 翔
成瀬は練習を切り上げると、制服に着替えるのももどかしく、夜の校舎を駆け出した。
向かった先は、図書室ではなく――ふたりでいつも荷物を運んでいた、あの裏階段だ。
予感は的中した。
暗がりの踊り場で、浅井が膝を抱えて座っていた。
手元には、いつもの文庫本。でも、そのページはめくられていない。
成瀬 翔
浅井 結人
浅井が弾かれたように顔を上げた。
眼鏡が少しずれ、そこからのぞく瞳は赤く潤んでいる。
成瀬 翔
浅井 結人
成瀬 翔
成瀬が詰め寄ると、浅井は逃げるように立ち上がり、階段を駆け下りようとした。
だが、身体能力に勝る成瀬が、その細い手首を掴んで壁に押し当てる。
浅井 結人
成瀬 翔
浅井 結人
浅井 結人
浅井が叫んだ。その声は震えていた。
浅井 結人
浅井 結人
浅井 結人
浅井 結人
成瀬 翔
浅井 結人
浅井 結人
浅井の手首から力が抜ける。
絶望に満ちたその言葉を聞いた瞬間、成瀬の中で何かが音を立てて壊れた。
怒りではない。それは、胸が引き裂かれるような、強烈な「愛しさ」だった。
成瀬 翔
成瀬は低く、這いずるような声で呟いた。
成瀬 翔
成瀬 翔
浅井 結人
成瀬 翔
成瀬 翔
成瀬は掴んでいた手首を緩め、代わりに浅井の頬を両手で包み込んだ。
熱い。自分の手のひらも、浅井の肌も、火傷しそうなほど熱い。
成瀬 翔
成瀬 翔
成瀬 翔
成瀬 翔
浅井 結人
浅井の瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
成瀬 翔
成瀬の真っ直ぐな視線に、浅井は言葉を失った。
心臓の音がうるさくて、どちらの鼓動か分からない。
浅井 結人
浅井 結人
浅井が泣き笑いのような顔をして、成瀬のシャツの裾をギュッと掴んだ。
その瞬間、成瀬の顔がゆっくりと近づいていく。
重なる唇は驚くほど柔らかく、微かに本の紙のような香りがした。
浅井の細い体が成瀬の腕の中で震えている。
成瀬はそれを壊れ物を扱うように、けれど逃がさないよう強く抱きしめた。
成瀬 翔
浅井 結人
顔を真っ赤にして俯く浅井の額に、成瀬は愛おしそうに何度もキスを落とした。
昨日までの焦燥感が嘘のように消え、胸の奥が温かな多幸感で満たされていく。
翌朝。教室の空気は一変した。
登校してきた成瀬は、いつものように取り巻きに囲まれることもなく、真っ直ぐに最後列の浅井の席へと向かった。
そして、隣の空席をガタリと引き寄せ、当然のような顔をして座り込む。
成瀬 翔
浅井 結人
浅井が顔を真っ赤にして周囲を伺う。教室中の視線が二人に集中していた。
クラスメイト
クラスメイト
ひそひそと囁くクラスメイトたち。
しかし、成瀬はそれらを一瞥するだけで、爽やかに、けれど有無を言わせぬ威圧感を持って言い放った。
成瀬 翔
成瀬 翔
成瀬 翔
浅井 結人
浅井は机に突っ伏した。耳まで林檎のように赤い。
成瀬はそんな浅井の頭を優しく撫で、耳元でだけ聞こえる声で囁く。
成瀬 翔
浅井 結人
成瀬 翔
昼休み、成瀬は浅井の手を引いていつもの図書室へと向かった。
窓際の、二人だけの特等席。
浅井 結人
成瀬 翔
浅井 結人
不安そうに揺れる浅井の瞳を、成瀬は真っ直ぐに見つめ返した。
成瀬 翔
成瀬 翔
成瀬 翔
成瀬 翔
成瀬は浅井の手を取り、指先一つ一つに愛を刻むように唇を寄せた。
成瀬 翔
浅井 結人
浅井は諦めたように溜息をつき、けれどその表情には確かな幸せが宿っていた。
自分を隠すための鎧だった眼鏡を、成瀬が優しく外す。
露わになった素顔は、陽光に透けて、どんな宝石よりも輝いて見えた。
浅井 結人
小さく、けれど凛とした声。
成瀬は息を呑み、世界で一番幸せな男として、愛しい恋人を再び抱き寄せた。
「陽」と「陰」。
正反対の二人が交わるとき、そこには誰にも邪魔できない、二人だけの新しい色彩が生まれていた。
視線の先に映る世界は、もう二度と、灰色に戻ることはない。