押し入れの中に入り込み、言い合う二人の声を、 どうか聞こえないようにと、 自らの力を頑張って使って耳を押さえている。
「言ってることと違うじゃねえかよ!?」
「また俺の約束破るのかっ!?本当にお前はよ!!」
「聞こえたくない。」
「ああ、もう…っ!!」
「あなたって、いっつもそう!私は、こんなにも 我慢して我慢して、仕事を夕方と夜もやっているのに——!」
「てめぇが言い出したことだろ!?」
「大体な、お前は——」
「あー、そうですか!わかりましたよ、私が悪いです!」
……それで、聞こえても、ただ悲しくなるだけであった。
でも、聞こえてしまったことがあった。
「お前があのガキを産まなければ、金がかからなかったはずなのにな?」
「緋ちゃんは関係ないじゃない!今は私達の話でしょ!?」
「ガキ」
オトンは、ワイちゃんのことなんてなんも思わんかったんやな。
緋彦
せやけど、びくびくと怯えることはないんや。
毎日毎日、同じ話。
そんなん、慣れるに決まっとる。
…せやけど、ワイちゃんは……
仲良く、三人で暮らしたかっただけやった。
それだけ。
名内カナデ
起きれば、いつもオカンが溜息を吐いて、 頭を抱えながら座っとった。
この頃、ワイちゃんは中学生で、 なんとか事情も聞ける年頃でもあった。
緋彦
名内カナデ
名内カナデ
緋彦
ニコリと、顔を振り向かせて笑うオカンの顔は、 心の底からは笑っておらんくて…
緋彦
名内カナデ
名内カナデ
緋彦
緋彦
名内カナデ
名内カナデ
一生懸命に頑張ったであろう、折り紙のカーネーション。
緋彦
名内カナデ
そのまま、オカンは優しい手つきで頭を撫でていた。
緋彦
名内カナデ
緋彦
名内カナデ
緋彦
オカンは、優しい人やった。
誕生日には、稼いだ金で大好きなお肉を食わせてくれた人やった。
自分はなんも食わず、子供にだけ沢山食わせる人やった。
そんなオカンは、体の病気を持っていた。
“膠原病”というらしい。
せやけど、オカンは強かった。
負けず嫌いで、弱音を吐かなかった。
名内カナデ
緋彦
名内カナデ
名内カナデ
名内カナデ
緋彦
緋彦
名内カナデ
…そんなある日。
名内カナデ
緋彦
名内カナデ
名内カナデ
名内カナデ
緋彦
名内カナデ
いつもと優しいような笑顔で、見送るオカン。
…それは、どこか寂しげなところもあった。
緋彦
いつもよりも、静かだった。
緋彦
緋彦
返事がない。
せやから、そのまま靴を脱いで、様子を見に行った。
…様子を、見に行った。
でも、それは——
緋彦
手遅れやった。
緋彦
名内カナデ
返事は、もちろん、無いまま。
…そんなオカンは、
母の日にあげたカーネーションの折り紙を、
右手で離さないように持っとった。 ぎゅっと、持っていた折り紙のシワの跡があって、 心もぎゅっとなって…。
緋彦
「こうなるならば、素直に『休む』と言えばよかったんかな。」って、 「ごめんなさい。」って、
何度も何度も、感情がぐちゃぐちゃになりながらも思い続けて、
やっと決心したことがあった。
緋彦
将来の夢。
それは、“警察官になる”ことやった。
昔から、人助けが好きで…せやから警察官が夢だった。
高校卒業後、19歳だった。
…叶えるため、一生懸命に頑張ってみた。
そんな当日、合格発表の日。
緋彦
受かった。
受かったんや。
…でも、
無理だった。
緋彦
緋彦
緋彦
金が無い。
払えなかった。
高校は定時制だったものの、此処は無理。
せやからワイちゃんは、“諦める”という選択肢を選んだ。
夢が叶うなんて…そんなん、夢のまた夢。
当時20歳の頃、道を歩いていた時。
ある紙が壁に貼ってあって…
緋彦
緋彦
探偵…
探偵は、警察官と似ている職業って聞いたことがあった。
緋彦
探偵なら、金がかからない。
多少だけやし。
…せやけど、明らかに警察官よりも、合いそうだ。
緋彦
「これしかない」と、そう思った。
せやから、本来の進みたい道の反対側へ、 ワイちゃんは進んでいった。
そんなある日の話。
ワイちゃんは、26歳になっとった。
探偵のある程度のことはできていた頃やった。
ワイちゃんは、依頼で街を出歩くことになっとった。
そんなところやった。
「名内さん!」
聞き覚えのある、声やった。
…ほんの少し、苗字を呼ばれたくもない気持ちが溢れ出そうやったけど、 少しでも、我慢はできていた。
緋彦
緋彦
ああ、見たことある。
青色の瞳、“ネモフィラ色”の髪の毛。
知り合い。
知り合いやった。
…せやけど、なんでアイツがここに居るんや?
緋彦
緋彦
「なんだろう。」
そう思っとった時、ソイツが口を開けて言った一言。
……
は?
緋彦
緋彦
緋彦
緋彦
緋彦
緋彦
緋彦
緋彦
緋彦
緋彦
緋彦
こんなこと、言ってはいけないこと、分かっとった。
せやけど、どうしても嫌やったんや。
オカンに言った夢を叶えられなかったワイちゃんに、 自慢して見下しているようにしか聞こえなかったんや。
嫌味でしかない。不快で、気持ち悪い。
悪気はないのは、分かっとる。
でも、それが怖いんや。
……
ああ、弱者なくせして、なに言うとるんやろ。
馬鹿馬鹿しい。
緋彦
このままで、ほんまにええんか?
ほんまに、ワイちゃんが望んだことなんか?
……
「あの!」
?
緋彦
緋彦
紫の髪の毛、二つに別れたアホ毛…
見覚えがある。
緋彦
ローべ・ディリス
緋彦
緋彦
緋彦
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
緋彦
ローべ・ディリス
緋彦
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
緋彦
緋彦
緋彦
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
緋彦
緋彦
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
真剣に、真っ直ぐに目を見るローべ。
明らかに、本気の目やった。
緋彦
ワイちゃんは、静かに目伏せた。 少し、苦笑いもしながら。
緋彦
緋彦
ローべ・ディリス
緋彦
緋彦
緋彦
ローべ・ディリス
緋彦
緋彦
その時、ローべの目が大きく見開いた。
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
ローべは、ワイちゃんに向けて深く頭を下げながら言った。
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
その声は涙に濡れて、それでも力強く響いた。 ワイちゃんは、そんなローべの姿を静かに見つめる。
緋彦
でも、どこかしらか、救われた気持ちもあった。
ワイちゃんは、このままでいい。 これでいい…そう思えたんや。
そんなところで、二年経った頃。
ローべ・ディリス
名内緋彦
名内緋彦
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
名内緋彦
名内緋彦
オカンの墓を見つめていた。
名内緋彦
ごそごそと、何かを取り出す。
ローべ・ディリス
ローべ・ディリス
名内緋彦
名内緋彦
ローべ・ディリス
名内緋彦
名内緋彦
名内緋彦
名内緋彦
ローべ・ディリス
二人で両手のひらを胸の前で合わせて、拝む。
名内緋彦
「オカン、母の日おめでとうな。」
「天国では、苦しいことはない。幸せに暮らすんや。」
「今まで、ほんまにありがとう。」
「どうか、幸せに。」
名内緋彦
名内緋彦
ローべ・ディリス
コメント
8件
も~~~~~~うちょい詳しくは、 本編の天光獄死で明かそうかなって思います。
おかあさん、、、 優しい子過ぎる、、っ 両親の喧嘩は見たことないけど、親に苦手意識あると辛いよなぁ・・・ なおさらほんとを見せてくれないとなるとね・・・ お母さん、天国でにこにこしていつか探偵さんと会えることがあれば、 頑張ったねって言っていっぱい撫でてあげてほしぃぃぃ・・・
お"か"あ"さ"ん"(泣) 辛い...そんなことがあったのねnowさん... 両親の喧嘩って子供が1番辛いんだよなぁ......わかる 語彙力ないんだけどとりあえずお母さん天国に行けてるといいなぁ!!!そんでnowさんも幸せになってな!!!!!