太宰
織田作。昨日ぶり。どうだったて? そうだね。まずまずかな。入社はできたよ。ちゃんと試験に合格したんだ。種類は違うけど織田作のように面白い人はいたよ。
どう頑張っても彼のようにはできそうにないな……。

太宰
ああ、それでもちゃんと仕事はするし、人を助けるよ。

太宰
そうだすごい人がいたよ。乱歩さんというのだけどどんな難事件も一瞬で解決してしまうのだよ。本人は異能と言っていたけどきっと違うね。あんな人がいるなんて驚いたな。凄かった。織田作にもみせたいよ。あとね

とつとつと話していた声が止まった。太宰の目は真っ直ぐに織田作を見下ろしていたのに、今は下に逸らされている。あとねともう一度繰り返していた。
太宰
そこの社長、福沢諭吉というそうだけど森さんの知り合いだった

楽しげだった声は今や潜められて、苦しげなものに変わっていた。
褪せた瞳の中には織田はいなくて床だけが映っている。深いと息がでては太宰の口元はひきつった笑みを浮かべた。
太宰
あの人と仲良しって感じでないことだけは救いなのだけどね。一体どこで知り合ったんだろう。ああ、もしかして夏目先生かな。君は知らないだろうけど戦争初期の頃からずっと一人でこの街を守っておられた凄い方がいてね。その方が三刻構想というものを考えられているのだよ。
政府や軍警だけでは抑えきれぬものもある。それを裏の世界、表の世界、更にその中間、三つに分けて抑えるというものだよ

太宰
裏はマフィア。表は特務科。中間がどこの場所なのかは分からなかったけどもしかしたらそうなるかもしれないね
本当のところはわからないけどそんな気がする

太宰
乱歩さんもいるし、みんな佳き人だったよ

太宰
あの人もなかなか……、でも困ったよね。森さんの知り合いなんて。誤算だよ。そもそも種田長官なら変なところは紹介しないだろうと何も考えないでいたから、誤算でもないのか

床を見ていた目はいつの間にかまた織田を見て、吐息をつく。
ほとんど無意識のうちにその手が動いていて横においたタバコに伸びていた。
太宰
直接会ったことがあるわけじゃないからまだ私のことには気づいていないものの会った瞬間疑惑は抱かれてしまった。
ほら私あの人に育てられたでしょう。認めたくはないけどあの人に似てしまっているんだよね。もしやって思われてしまったみたいだよ

太宰
鈍いわけではないみたいだからそのうち気づかれてしまう。そうなったら私はきっと追い出されてしまうよ。
だって目指すものは同じでもあの人のやり方と探偵社のやり方は違うものだから。出来る限りは合わせるつもりだけどできないところだってある。そういうところをきっと気付かれてしまう。

太宰
君の言う通りにいい人になってみようと思ったけどどうやら私は神様に見捨てられているらしい。
それとも悪魔に好かれているのかな。君はこっち側の方がいいって言ってくれたし、私はどちらでもいいけど、その時必要あることをやっていくけど、でも悪のほうがやりやすいことは知っているのだよ。困ったね

タバコの煙が部屋の中を満たしている。その匂いの中笑っている太宰は小さくつぶやく。どうしようって
太宰
これおみやげだよ

織田の眠るベッドの上にその器は置かれた。プラスチックの浅いお椀型の器。しっかりと蓋をされたその中にはカレーライスが入っている。かつて織田が好きだったもので織田の好みに合わせて唐辛子がガンガンと打ち込まれていた
太宰
今日依頼に行った先専門店があってね、そこで昼食を取ったのだけどキミが好きそうと思って買ってきたのだよ

太宰
私が食べたのは中辛だったけど美味しかったよ

太宰
え?君のは何口かって勿論激辛だよ。じゃないと辛くないって辛味を足してくれって言い出すからね。土産を買ってくるのは珍しい?そういう気分だったというか……

織田を見ていた太宰の目がわずかにずれて布団を見た。長いことそのままだから黄ばんでいる布団。ふぅと吐息が出ていく
太宰
今日の仕事は私と社長と乱歩さんでいたんだ。君にはわからないだろうけどすごい豪華なメンツだよ。そのメンツで何をしたってただの護衛。それも大富豪とか軍のおえらいさんとかじゃなくてちょっとは偉いのかなぐらいの官僚のね。隠しているけど結構悪い子としているやつでね。恨まれまくりで命を狙われていたんだけど、それを守りに行ったの。

太宰
8 凄かったよ。あの男なんで命を狙われるのかわからんって横暴なのに乱歩さんが不正をバンバン言い当ててね。まあ、私も知ってたけど。裏じゃ有名だったからね。
社長がそれにどんどん機嫌を悪くしていたのだけど、依頼は受けるがこのあとは覚悟してもらおうなんて言っちゃうの。
そしたら依頼人青ざめて……少しちびってたよ。まあ濡らしてはないけどね

太宰
それで護衛していたら人が襲ってきてなんと社長一人で全員捕まえていたのだ。ボールペンが突き刺さっていた。

太宰
攻撃系の異能者でもないのに凄いよね。びっくりしちゃった。で依頼解決してご飯食べたの

太宰
え?私は何をしたのかって。なーーんにも。ただ見ていただけ。何をやっているのか。入社して一週間経つのだろうって。だってそれが私の仕事だったのだもの。
乱歩さんを見て、社長を見ること。

太宰
誰もそんな事言わないし、社長はそんなつもり無かっただろうけどね。乱歩さんだけが言わずに決めていたことだけど、それが仕事だったの。

太宰
なんでそんなことをって決まってる

太宰
あの人が名探偵で私がマフィアであることに気付いたから。というのは嘘。マフィアであることには気付いてないよ。せいぜい裏社会。かなり深いところにいたことだけだね。まあそれだけでもマフィアと思ってもいいけど確証はない。
得るのは社長が気づいたその時だろうね。

太宰
さすがのあの人と言えど特務課が幾重にも消した私の経歴を言い当てるなどそう簡単にはできないのだよ

太宰
でもやばいやつということは分かるから、牽制されたの

太宰
僕はお前が何を企もうと分かるんだぞっていう牽制。そして社長はどんな企みさえも跳ね除ける。
お前一人ぐらい容易く排除できるのだぞって。そういう牽制

太宰
気が変わって探偵社を潰そうと思ってもそうしようとした時点で私はこの世から抹消されるの

太宰
怖いよね

太宰
まあ、つまり社長が私のことに気づいたその時、私は追い出されてしまうというわけだ

太宰
食事に行ったのも私と社長の距離を縮めるため。そして社長に思い出させようとしているのだよ。なんのためって? 私をどうするか社長が決めることだと思っているからだろうね。乱歩さんは探偵社になくてはならない人だけど、探偵社の道を切り開いていくのは社長だと思っているのだよ

太宰
そう決まったわけじゃない弱気になるなって?

太宰
だと良いのだけどね。まだ大丈夫だけどもう近づいている。後何度か共に仕事をしたら気づかれるだろうね。
そうでなくともバレると思う

太宰
みんないい人だから寂しいね。国木田くんをからかうのも楽しいのだよ。でも、もうすぐだ

太宰
もうすぐ

理由もなく呼び出された太宰は胸の中に湧く寂寥感に変な感じだと一瞬だけ口元を歪めていた。そして呼ばれた社長室まで静かに向かっていた。
社長室の中には社長しかいなかった。それどころか探偵社内にも人はいない。就業時間が終わってから呼ばれたのだ。
部屋に入れば福沢はいつもの机ではなく備え付けられた畳の上で待ち構えていた。
社長の目元には深いシワが刻み込まれており、そして銀の眼差しはじっと太宰を見てきていた。何かを思案し探る色を称えるそれに太宰はわざと口元の笑みを歪めた。
福沢の口元がさらに嶮しくなり、それから一度深い息を吐きだしていた。
そして問われる言葉。否定することはない。分かっていたことだから。それでも寂しいと感じてしまう
福沢
マフィアだったのか

太宰
ええ。そうです。しかも実は幹部だったのですよ

福沢
そうか

再び福沢は険しい顔をしてその口元を閉ざした。唇を真一文字に噛み締めながら何事かを考えている。
見つめられるのを見つめ返しながら太宰はその口を開く。
太宰
今までありがとうございました。短い間でしたけど探偵社で働け幸せでした。ここで培った知識を活かしてこんどは一人で人のためになれるよう生きていこうと思います

先程まで険しかった福沢の顔は何故か驚いたものに変わっていたのだ。固く閉じられていたはずの口元まで開いている。
福沢
貴君は何の話をしているのだ

太宰
退職の話ですが。マフィア飛ばれた以上はいられないでしょう

太宰
マフィアは訳あって止めて間者であるわけではございませんが、

福沢
……その必要はないだろう。元々種田長官の紹介という時点でわけありであるのはわかっていた。その上で受け入れたのだから今更マフィアとわかった所で解雇するつもりはない。
探偵社に害をなすつもりがないのはわかっているからな

太宰
では何故私は呼び出されたのですか

福沢
それは

再び福沢の口が閉ざされるが先程のことがあったからか早くに開いていた
福沢
貴君がまともな生活をしているか気になったからだ

太宰
はい?

福沢
あの男にまともな教育者が務まるとは思えなくてな……。裏の人間としては育てられるのだろうが

眉間によった深いシワ。じっと見つめてくる鋭い眼差し。噛み締められた唇。険しい顔立ち。
許せぬのだろうと思っていたそれが己が重っていたものとは違うことを太宰は福沢の言葉で気づいた。首が傾いていく、
太宰
ええと……人を教育するなんてことが欠片もできない男であるのは確かですが、

福沢
だろうな。あの男事態まともな生活を送っていないからな。不摂生の塊。ビーカーで湯を沸かす。食事もまともにとらん。洗濯や掃除も時間がないとかでおざなりだ。むしろやれる暇があるやつがやればいいと重っている節もあるから、聞くんが幹部であったというのならそういうことなどは全く持って教えてないのではないか
そんな事を教えている時間も、やっている時間も勿体ないとな

福沢
掃除はできてるか? 後食事はどうしている

太宰
うずまきやその辺の飲食店で済ませています

福沢
ふむ。それでいいのならそれでもいいが、毎日それだと家計が苦しいのではないか

太宰
そうでもないですよ。少しですがマフィアの頃の金も持ち出していますから

福沢
なら、いいが。今度安くてうまい店を教えてやろう。

太宰
ありがとうございます

首は傾いたままだった。何でこんな話になっているのか理解が追いついていない。あれのせいなのかと脳裏に浮かぶ森は何が悪いのやらと言わんばかりに肩をすくめた腹のたつ顔をしていた。
暫くは会うこともないだろうが、次似合うときがあれば本気を出されない範囲で殴ってやろうと決めた。
そんな太宰の前で福沢な眉間にシワを寄せながらあれこれと口にしていた
太宰
あーー

太宰
まあ、大丈夫ではあるのですか、教えていただけるのであれば一つ。寮においてある白い機械ってなんですか?

福沢
なんのことだ

太宰
脱衣所の方においてあったのですが白くてたくさんボタンの付いた機会です。何かを入れてスタートを押せばいいのは分かるのですが、何を入れるといいのかがわからなくて

福沢
もしやと思うが洗濯機のことではないな

太宰
洗濯機? ああ、なるほど。洗濯するための機械だったのですか。確かにそんな感じのつくりですね

福沢
……やはりというかそういうのは他の誰かがやってくれていたのか

太宰
そうですね。そんなことしている時間は勿体ないでしょって。

福沢
あの馬鹿が

思わずなのだろう。舌打ちとともに福沢の手が畳を叩いていた。
福沢
それでは貴君は普段着物はどうしているのだ。洗濯しないのだろう

太宰
数日着回した後に捨てています。外套などは入水したら剥ぎ取られて数日後に洗濯されて戻ってくるのでそれでいいかなと思っています

福沢
よし。分かった。貴君は暫く私の家で暮らせ。生活に必要な知識を1から叩き込む

福沢
どうせ他のことも分かるのだろう

問いかけてくる割には見つめてくる福沢の目は答えなぞ知っている者のものであった。もう一度太宰の脳裏に森の姿が映る。ごめんねなんて全然可愛くないのに可愛いフリして謝っていた
太宰
そうですね……。……そもそも森さんから教わったのは戦術的な知識が殆どで生活に関することは他の誰かにやらせればいいと教えてもらえなかったのもあり、何が足りないかすらわかっていないのですが、恐らくわかっていないと思います
でも、社長にそこまでしていただく必要は

福沢
社員の生活を健康的なものに導くのも私の役目だ。気にするな

太宰
ですが……

福沢
貴君が嫌なら無理強いはせんが、一般的な生活は知っておいたほうがいいだろう

福沢の目が見ていく。それは言葉とは裏腹に嫌だなんて言わせないだけの強さがあった
太宰
そうですね
