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香澄
目を覚ますと知らない場所にいた。
いつも通り大学から帰ってきて寝ていたはずなのに、 なぜ私はこんな廃墟にいるのだろう。
よく見るとゲームセンターのようだけど、 照明もなく薄暗い。
ことり
声がしたほうを向くと、 黄色いふりふりのワンピース衣装を着た女の子が立っていた。
テレビで見たことがある、 この子はアイドルグループ、 『カラフルパレット』の片瀬ことりだ。
ことり
首を傾げながら可愛く話すその仕草は、 まさにアイドルだった。
香澄
ことり
そういえば、 片瀬ことりの活動名は『きい』だった。
メンバーそれぞれが色彩にちなんだ活動名らしいけど、 黄色だから『きい』というわけか。
香澄
きい
きいちゃんも私と同じ状況のようだ。
私は改めて辺りを見回し、 純粋な疑問を呟いた。
香澄
???
突然話しかけてきたのは、 少しぽっちゃりとしたスーツ姿の男だった。
???
男の隣には同じくスーツを着た、 気の強そうな女が不満を吐きながら立っていた。
香澄
増雄
英グループ、 おもちゃ会社として有名なのは知っているけど、 まさかゲームセンターまで運営していたとは。
この二人もどうしてここにいるかはわからないようだった。
???
???
現れた男女二人はお揃いのネックレスをつけていて、 見るからにカップルのようだった。
香澄
うるさい女を無視して、 私は男に淡々と話しかけた。
幸助
私を含めた男女六人に、 今のところ接点は見つからない。
周りに見えるのは古いゲーム機やユーフォーキャッチャー、 窓は無く正面入り口の自動ドアは微動だにしない。
どうやら閉じ込められてしまったようだ。
増雄
福岡さんが汗を拭きながらみんなに提案した。
その時、使われていないはずのスピーカーから、 じりじりと不気味な音がし始めた。
???
たった一言、 か細い少女の声がフロアに響き渡った。
里恵
私ときいちゃん以外の四人が、 何かを察したようにスピーカーを見つめていた。
???
スピーカーがぷつりと音を立てて切れた。
少女の言葉の意味が、 私ときいちゃんには理解できなかった。
きい
香澄
四人が明らかに動揺しているのを私は見逃さなかった。
四人とも切羽詰まったように黙り込んでいる。
里恵
増雄
今の状況でわかることは、 少女の体を見つけない限り帰れないということだけだ。
香澄
今は詮索している場合じゃない。
ここを出るのが最優先だ。
福岡さんによるとこのゲームセンターは三階建てで、 私たちは三手に分かれてペアで探すことにした。
香澄
携帯は圏外になっていて使えない。
だから一階の中央広場を集合場所として、 一時間経ったら戻ってくるという約束で私たちは解散した。
きい
二階に着くときいちゃんが私の目を見つめて聞いてきた。
香澄
きい
こんな状況じゃなければ、 仲良くなるどころか話すことすらなかっただろう。
きい
香澄
きい
三年前というのが何か引っかかる。
香澄
きい
きいちゃんの目は少しうつろになっていた。
そして突然立ち止まり、 真っ直ぐ前を指差した。
香澄
きい
きいちゃんが指差した方向を見ると、 一つだけ画面の明るいリズムゲームがあった。
異様な光景に吸い込まれるように近づいていった。
香澄
きい
きいちゃんは怖がりもせずゲームのスタートボタンを押し、 無言でプレイし始めた。
画面には大きく『ポンポンタッチ』というタイトルが表示され、 十年前ぐらいに流行ったアイドルの曲が流れだす。
電気も通ってなければお金さえ入れていない、 なのにゲームはスムーズに進んでいく。
三曲やり終えたところで、 景品出口から重たいものが落ちる音がした。
きい
きいちゃんが景品出口を覗く。
きい
きいちゃんはいきなり悲鳴を上げて、 後ろの壁まで後退りした。
私も覗いてみると、 そこには子供サイズの小さい腕が転がっていた。
香澄
私は一瞬ぞっとして叫んだ、 だけどよく見るとこの腕は本物ではなかった。
香澄
きい
本物ではないとわかると力が抜け、 私ときいちゃんはその場に座り込んだ。
すると、またスピーカーから、 じりじりと不気味な音が聞こえてきた。
???
その言葉と同時に激しい頭痛に襲われた。
意識が遠くなり、 砂嵐の混ざった映像が頭の中に流れ込んできた。
きい
琳
きい
琳
きいちゃんと少女が楽しく話をしている。
『カラフルパレット』のライブ終わりの握手会で、 きいちゃんと同じような見た目の『琳ちゃん』と名乗るその少女は、 どこか見覚えのある顔だった。
きい
相変わらず大きい動作で、 右手を差し出し握手するきいちゃん。
琳
少女は少しぽっちゃりした男に連れられて、 会場を後にした。
気がつくと私は、 ゲームセンターの中央広場で倒れていた。
その近くにはさっき見つけた人形の右腕が転がっていて、 隣を見るときいちゃんが涙を流してその場に座り込んでいた。
香澄
きい
きいちゃんは無表情のまま、 ただ涙だけが流れていた。
私の問いかけも聞こえていないようで、 私はしばらくきいちゃんの背中をさすっていた。
あの映像はきいちゃんと少女の最後の思い出で、 きいちゃんも同時に見ていたようだ。
この日から来なくなったということはこれは三年前の出来事、 そういえばこのゲームセンターが潰れたのも三年前と言っていた。
他の体の部分を見つければ何かわかるかもしれない。
きいちゃんも少し落ち着いて笑顔が戻り始めた。
その時、レトロゲームのほうから男の叫び声が聞こえた。
きい
香澄
私たちは駆け足でレトロゲームのほうへ向かった。
薄暗い中で一つだけ、 画面のついたレトロゲームがある。
周りには誰もいない。
香澄
名前を呼んでも返事がない。
本当にどこへ行ってしまったのだろう。
増雄
どこからか声がする。
間違いなく福岡さんの声だけど姿が見えない。
きい
香澄
きいちゃんがまた訳のわからないことを言い始めた。
その直後、レトロゲームに画面にタイトルが表示され、 実写の映像に切り替わった。
増雄
今、目の前であり得ないことが起こっている。
だけど心は静かで不思議と恐怖は感じなかった。
静寂の中、 またじりじりとスピーカーが鳴っている。
???
その一言だけで音は切れてしまった。
どうやら助けるには、 ゲームをクリアするしか方法がないようだ。
香澄
きい
福岡さんが映っていた実写の画面がドット絵に切り替わり、 再びタイトル画面に戻ってきた。
このゲームは、 街にいる殺人鬼から逃げるというシンプルなもので、 そこまで難しくはないときいちゃんは言っていた。
スタートボタンを押してゲームを開始した。
最初はキラーの速度も遅いため、 簡単に逃げ続けることができていた。
だけど段々と速度が上がり、 難しくなっていく。
しばらく逃げ続けて、 きいちゃんが口を開いた。
きい
何かに気づいたように声を震わせている。
きい
きいちゃんの言葉にぞっとした。
このゲームの中に入った時点で、 福岡さんの死は確定していたのだ。
そうしている間にキラーに捕まり、 画面がぷつりと切れた。
どのボタンを押しても反応しない。
そしてぼんやりと画面に浮かび上がったのは、 『ゲームオーバー』の文字だった。
香澄
名前を呼び画面やボタンを叩きまくるが返答がない。
ゲーム画面が真っ赤に染まり、 後退りしようと足を動かした時、 ぴちゃぴちゃという音と足に何かが当たる感覚がした。
香澄
下を見るとゲーム機から赤い液体がどくどくと流れ出し、 床一面に広がっていた。
その近くに転がっていたのは、 傷の付いた子供サイズの小さい脚だった。
香澄
その瞬間、またあの激しい頭痛が襲う。
荒い砂嵐に、私の意識はかき消された。
増雄
琳
少女と福岡さんが話しているのが見える。
福岡さんが運転する車の助手席で、 少女は擦りむいた右脚を見つめていた。
増雄
琳
増雄
琳
二人はそれきり何も話さず、 長い沈黙を経て到着したのは、 小さな古びた一軒家だった。
そこから出てきたのはお揃いのネックレスをした若い男女で、 福岡さんはその男女に少女を任せると、 すぐに車でその場から走り去ってしまった。
きい
きいちゃんの声で目が覚めた。
辺りを見回すとまた中央広場に戻っていた。
近くには人形の右腕と右脚が転がっている。
香澄
きい
きいちゃんはじっと人形の腕と脚を見つめていた。
私は頭の中で流れていた映像を思い出す。
少女の父親は福岡さんが勤めていた会社の社長、 つまり英社長だ。
あの少女の名前は『英琳』、 どこかで聞いたことがある。
それよりも福岡さんの行動の意図が掴めない。
もう少し体を集めれば、 真実が見えてくるかもしれない。
香澄
きいちゃんのほうを向くと、 きいちゃんはまた遠くを見つめてぼーっとしていた。
香澄
きい
香澄
私たちは三階の休憩スペースに足を運んだ。
三階に着いた時、 人の気配は全くなかった。
私たちはソファーで横になり、 少し仮眠をとることにした。
よほど疲れていたのかすぐ眠りに落ちた。
香澄
私は不安そうにしていた少女に話しかけた。
首から下げているネームプレートには、 ひらがなで『はなぶさりん』と書かれてあった。
香澄
琳
そう言って見せてくれたのは、 可愛いトイプードルの写真だった。
香澄
私たちは写真を見ながら鉛筆で絵を描き始めた。
そして描き終わった絵を見せあう。
香澄
琳
香澄
りんちゃんは緊張が少し解けたようで、 目を輝かせていた。
琳
香澄
私は絵が汚れないように、 軽い素材でできた小さな額縁に絵を入れて、 りんちゃんに渡した。
琳
その時の笑顔は嘘偽りのない、 純粋なものだった。
香澄
自然と目が覚めた。
きいちゃんはまだ寝ているようだ。
さっき見た夢は、 三年前の懐かしい記憶だった。
私がまだ高校生で絵画教室でアルバイトをしていた時、 生徒として『英琳』は来ていたのだ。
なぜ忘れていたのだろう、 とても大切な楽しい記憶を。
私はきいちゃんを起こさないように、 そっとその場を後にした。
近くに展示物があり、 それを何気なく眺めていた。
すると一枚だけ見覚えのある絵が飾ってあった。
香澄
私が琳ちゃんにあげた、 トイプードルのふーちゃんの絵。
私は意味もなく掛けてあった絵を取り外した。
絵の裏を見てみると、 そこには赤い絵の具のついた子供サイズの小さな腕が、 テープで貼り付けてあった。
香澄
私はそれを絵から外し、 ソファーのところまで戻ることにした。
戻ってくるときいちゃんはすでに起きていた。
きい
きいちゃんは眠たそうに目を擦り、 大きなあくびをした後に私をまじまじと見つめた。
香澄
私は机の上に人形の左腕を置いた。
きい
きいちゃんは気味悪そうに、 残りの腕と脚も一緒に並べた。
里恵
声に驚いて後ろを振り返った。
そこには満島さんが腕を組んで立っていた。
香澄
里恵
福岡さんのことは今言わないほうがいいだろう。
私が今まで見てきた映像も、 満島さんのことが信用できるまでは話さないでおくことにした。
香澄
私たちは一階まで降りて、 ユーフォーキャッチャーのほうへ向かった。
ユーフォーキャッチャーのエリアに来ると、 満島さんが別行動を提案してきた。
里恵
相変わらずぶっきらぼうな言い方で、 そそくさと奥に行ってしまった。
きい
香澄
そこからしばらく探索しても何も見つからなかった。
私たちは諦めて奥のエリアに行き、 満島さんを探した。
だけど満島さんがどこにも見当たらない。
きい
きいちゃんが指をさした先には、 また同じように一つだけ、 明かりのついたユーフォーキャッチャーがあった。
嫌な予感と寒気がする。
香澄
明かりのついたユーフォーキャッチャーには、 ぬいぐるみが一つだけ置いてあった。
スーツ姿でハーフアップ、 可愛くデフォルメされた二頭身のぬいぐるみが、 ちょこんと座らせられていた。
その表情は妙に笑顔で気味悪さを感じる。
きい
きいちゃんが口を開いた時、 スピーカーからじりじりと音が鳴り始めた。
???
また一言だけで音は切れてしまった。
このユーフォーキャッチャーはボタン式で、 点滅しているボタンを押すとアームが動く仕組みのようだ。
私はいろんな方向から確認しボタンを押す。
だけどこのぬいぐるみ、何かがおかしい。
きい
きいちゃんの言葉が気になり、 ぬいぐるみの顔を見つめてみた。
確かに無表情になっているような気がする。
五回目、最終確認を念入りにして、 最後のボタンを押す。
するとアームはうまく開かず、 そのままぬいぐるみに突き刺さり、 ぐちゃ、と変な音とともに、 ぬいぐるみの中にめり込んでいった。
ぬいぐるみがどんどん赤く染まり、 表情は青白く冷めていく。
きい
きいちゃんは頭を抱えてうずくまっていた。
私は恐怖のあまりその場から動けなくなっていた。
これはただのぬいぐるみではなく、 満島さんがぬいぐるみになった姿だった。
肉体は人間のまま、 だからアームでは重すぎて持ち上がらなかった。
この中に入った時点で、 満島さんの死は確定だったのだろう。
やがてボックス内全てが赤く染まり、 明かりも消えて中は見えなくなった。
ユーフォーキャッチャーの商品取り出し口から、 何かが落ちた音がした。
暗くてよく見えず、 そのまま手で掴んで取り出した。
香澄
また激しい頭痛に襲われる。
何も考えられないまますぐに意識が飛んでいった。
里恵
満島さんが携帯電話を持ちながら、 慌てた様子で部屋に入ってきた。
里恵
社長は青ざめてうろたている。
その時、社長室の電話が鳴り響き、 満島さんが受話器をとった。
里恵
どうやら電話は切られてしまったらしい。
誘拐、という言葉に社長は敏感に反応した。
満島さんは社長に電話の内容を丁寧に説明した。
社長は犯人の言うとおりに、 警察には通報せず社長室の金庫から五千万を出し始めた。
里恵
満島さんはアタッシュケースに入った五千万を持って、 社長室を後にした。
香澄
また中央広場で倒れていた。
辺りを確認すると、 きいちゃんは遠くを見つめてぼーっとしていて、 その近くには人形の両腕と両足が転がっていた。
香澄
声をかけても返事がない。
私もそろそろ限界だった。
香澄
反応がないきいちゃんを置いて、 私はエスカレーターのほうへ向かった。
するとその付近に人影が見えた。
百合香
必死に花山さんの名前を叫んでいたのは海道さんだった。
どうやらはぐれてしまったらしい。
泣きべそをかきながら探す姿は、 最初に見た光景と同じだった。
百合香
私の姿を見るや否や喚き散らし、 二言目には幸助と、 花山さんの名前を呼ぶばかり。
香澄
ふと海道さんの後ろの二階が視界に入った。
花山さんが誰かと話しているように見える。
その瞬間、花山さんは何かに吹き飛ばされたように、 柵を越えて背中から空中に飛び出した。
百合香
香澄
咄嗟に叫んだが体が動かない。
頭から落ちて床に叩きつけられた花山さんは、 首が変な方向に曲がり、 閉じない目でこちらをじっと見つめていた。
百合香
私の言葉で後ろを振り返った海道さんは、 悲鳴をあげて花山さんに駆け寄った。
百合香
名前を呼びながら花山さんを揺さぶり続ける海道さん。
私は花山さんの異様な姿から目を逸らし、 再び二階を見た。
香澄
声をかけた時にはもう手遅れだった。
二階から落とされた重たい物体は海道さんの頭に直撃し、 海道さんは花山さんの上に覆いかぶさるように倒れた。
私はその光景に唖然としていた。
もう私ときいちゃんしかいなくなってしまった。
すると後ろから足音が聞こえ振り返ると、 きいちゃんがとぼとぼとこちらに歩いてくるのが見えた。
香澄
私の言葉を無視して、 そのまま花山さんたちのところへ、 歩み寄るきいちゃん。
そして近くに落ちていた人形の胴体を、 今まで集めた人形の体と組み合わせた。
きい
そう言ってきいちゃんは私に人形を見せた。
その時、今までで一番激しい頭痛に襲われた。
砂嵐とノイズが混じった映像が、 私の頭の中に流れ込んできた。
琳
琳ちゃんが泣きながら、 海道さんにしがみつき懇願していた。
海道さんは無視を続けていたけど、 我慢できなくなったのか、 琳ちゃんを思い切り突き飛ばした。
琳ちゃんは後ろのタンスの角に頭をぶつけ、 鈍い音がしてその場に倒れ込んだ。
花山さんと福岡さん、 そしてアタッシュケースを持った満島さんが、 丁度部屋に入ってきた。
四人は、取り返しのつかないことになったと、 理解したようだった。
里恵
満島さんがそう言った後、 事はすぐに実行された。
そして映像が切り替わる。
あるニュースが映し出された。
誰かが匿名で英社長の横領の証拠を警察に流し、 社長は逮捕され英グループは倒産となり、 同時に娘が行方不明となった。
その画面には今から三年前の日付が表示されていた。
朝、眩しさで目が覚めた。
何か悪い夢を見ていたような気がするけど思い出せない。
ベッドから起き上がり、 テレビをつけるとニュースが流れていた。
英グループのゲームセンター跡地で、 若い男女の遺体が発見された。
身元が判明し家宅捜索すると、 三年前に起きた英社長の娘、 英琳ちゃんの誘拐および殺害の証拠を発見。
実行犯は遺体で発見された男女だけど、 英グループの元社員が関与している、 とのことで捜査を進めている。
元社員二名は未だ行方不明だ。
英社長はこのことに関して、 ノーコメントを貫いている。
香澄
アイドル特集が始まる前に、 テレビを切り支度をして家を出る。
何か忘れているような、 なんだろう思い出せないな。