なぴ
なぴ
なぴ
なぴ
何もなかったみたいにふるまえば、何もなかったことになる。
そんな甘い考えを捨てたのは、校門を出てから数分後、最初の角を曲がった辺りだった。どんなに必死で話をふっても、いむくんはうんともすんとも言わない。
背中に感じる気配は冷たくなるばかり。
やっぱり、いむくんは怒ってるんだ。
初兎
昼休み、みんなで話をしているとき、はっきりしないいむくんにじりじりしてつい、言わなくてもいい事をいった。
初兎
軽く突っこんだつもりがいむくんの顔を見て重く響いてしまったのが分かった
ほとけ
初兎
まずい…、と思うともう遅い。
以降、絶対に僕の顔を見ようとしないいむくんのことが気になって、野球の練習を休んでまで玄関口で待ち伏せしたのに、いざ並んで歩き出すと、気まずい沈黙に耐えられず、また、ペラペラと余計な事を喋っている僕がいた。
初兎
初兎
初兎
何を言っても背中越しに聞こえてくるのは、さえない足音だけ。僕が喋れば喋るほどその音は遠のいていくような気がする。
ふいにお母さんの小言が頭をかすめたのは下校中の人影があっちこっちへ枝分かれして道がすいてきたころだった
お母さん
初兎
お母さん
お母さん
お母さん
初兎
ピンポン。なんじゃそりゃ。
そん時は思ったけど、今、こうして壁みたいに黙りこくっているいむくんを相手にしていると、その意味が分かるような気がしてくる。
たしかに、僕の言葉は軽すぎる。ぽんぽん無駄に打ちすぎる。もっと、じっくり狙いを定めていい球を投げられたなら、いむくんだって何か返してくれるんじゃないか…?
でも、”いい球”ってどんなのだろう…?
考えたとたんに、舌が止まった。何も言えない。言葉がでない。
どうしよう。慌てるほどに、僕の口は動かなくなって、逆に足はいむくんから逃げるようにスピードを増していく。
無言のまま歩道橋を渡った先にはしかも、市立公園が待ち受けていた。
道の両側から木々のこずえがたれこめた通り道。 人声も、車の音も、工事の騒音も聞こえない緑のトンネル。
僕はこの静けさが大の苦手だった。
正確にいうとだれかといる時の沈黙が苦手だ。たちまちそわそわと落ち着きをなくす。
何か、言わなきゃってあせる。野球チームに入る前、いむくんとよく一緒に帰っていたころも、僕はこの公園を通りかかるたび、しんとした空気をかきまぜるみたいに、ピンポン球を乱打せずにいられなかった。
いむくんの方は、沈黙なんてちっとも気にせず、いつだってマイペースなものだったけど。
そっと後ろを振り返るとやっぱり、今日もいむくんはおっとりと一歩一歩をきざんでいる。
眩しげに目を細め、木もれ日を振り仰ぐしぐさにも、余裕が見て取れる。
僕にはない落ち着きっぷりに見入ってると、突然いむくんの両目が大きく見開かれた。
なんだ、と思う間もなく僕のほおに最初の一滴が当たった。
大粒の水玉がみるみる地面を覆っていく。
初兎
頭で分かっていながらもピンポン球のことばっかり考えていたせいか、空からじゃんじゃん降ってくるそれが、僕の目には一瞬無数の白い玉みたいに映ったんだ。
僕が無駄に放ってきた球の逆襲。
初兎
と思わずとび上がったら、後ろからも、
ほとけ
といむくんの声がして、僕たちは全身に雨を浴びながらしばらくの間、じたばたと暴れまくった。
はね上がる水しぶき。びしょ濡れの靴。互いの慌てっぷり。
何もかもがむしょうにおかしくて、雨が通り過ぎるなり笑いがあふれだした。
いむくんも一緒に笑ってくれたのが嬉しくて僕はことさらに大声を張り上げた。
はっとしたのは爆発的な笑いが去った後、いむくんが急にひとみをけわしくしてつぶやいたときだ。
ほとけ
ほとけ
たしかにそうだ。
晴れが良いけど、こんな雨なら大歓迎。
どっちも好きってのもある。
心で賛成しながらも僕はとっさにそれを言葉に出来なかった。
こんな時に限って口が動かず、出来たのは黙ってうなずくだけ。
なのに、なぜだかいむくんは雨上がりみたいな笑顔に戻って僕にうなずき返したんだ。
ほとけ
初兎
初兎
しめった土のにおいがただようトンネルをいむくんと並んで再び歩き出しながら、
初兎
と、僕は思った。
投げそこなった。でも僕は初めていむくんの言葉をちゃんと受け止められたのかもしれない。
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