昇降口で靴を履き替え、私達は校門を出る。 鈴木さん・清水さん・吉沢さんとは、ここでお別れ。
3人は学校前のバス停に行き、私と部長は徒歩で最寄り駅へと向かう。電車通学の私達は、県外から清嶺女学園に通ってきている、校内でも数少ない『越境受験組』なのだ。
学校の塀沿いに歩道を歩くと、交差点を左に折れたところで、急に景色が変わった。 正門から見えない旧校舎が、この路地からだと視界の隅に入り込む。
伽々里 美里
私は首を内側に向け、夕焼けに赤く染った旧校舎に、そっと溜息をつく。 白い古城のような旧校舎。その脇には、赤い薔薇が咲いていた。それは真冬をのぞき花をつける四季咲きの薔薇で、私が入学してからずっと絶えることなく花をつけている。
部長によると、うちの学校の旧校舎は、正式には『擬洋風建築』というらしい。明治時代、欧米の文化が入ってきた時に、日本の大工さんが見よう見まねで西洋風のデザインを取り入れて造った建物で、いわゆる『洋風建築』とは違う建物に分類されるのだそうだ。
日本家屋の建築工法に西洋の装飾美が合わさった旧校舎は、独特の雰囲気を醸し出していた。保全のためということで、現在は無骨な網目状のフェンスで包囲されているが、それを差し引いても、私にはとても神秘的に見えた。
伽々里 美里
伽々里 梨沙
部長の返事にハッとする。 慌てて私は
伽々里 美里
と言い直す。
私と部長────梨沙ちゃんは、実は母親同士が姉妹の従姉妹という間柄だ。子供の頃からずっと一緒で、私が清嶺女学園を越境受験したのも、先に入学した梨沙ちゃんを追いかけてきたからだ。
文芸部に入ったのも同じ理由。梨沙ちゃんは喜んでくれた。と同時に、少しだけ厳しいことを言った。
伽々里 梨沙
そういう訳で、私は部活の間だけ、梨沙ちゃんを『部長』と呼ぶことにしている。
クラスの友人に言わせると、それはあまりにも甘い『ケジメ』なのだそうだが、当の私にとっては、今まで使ってきた呼び方を使えないということはなかなかに大変なことなのだ。
伽々里 美里
伽々里 梨沙
私の問いに、梨沙ちゃんは言い淀むこともなくあっさりと答えた。
伽々里 美里
伽々里 梨沙
伽々里 美里
伽々里 梨沙
伽々里 美里
すると、梨沙ちゃんは急に口を噤んだ。 ────ああ、アレだな、と私は思う。納得すると同時に、梨沙ちゃんが
伽々里 梨沙
とキツイ口調で言う。
伽々里 美里
伽々里 梨沙
伽々里 美里
そう、私は梨沙ちゃんとは違う。────というか、梨沙ちゃんは、私だけでなく、ほかの誰とも違う。
実は、梨沙ちゃんには『誰にも見えない人』が見えるのだ。身内しか知らないことだが、俗に言う『霊感』と呼ばれている感覚が、梨沙ちゃんには備わっているらしい。
子供の頃からずっとそうだ。梨沙ちゃんが『あそこで悪いことが起きるよ』と言うと、絶対にその通りになる。厄介なのは、その感覚が漠然としていること。梨沙ちゃん曰く、その場所にいる『誰にも見えない人』が見えても、その人の感情まではハッキリと分からないらしい。だから、生死にかかわるまでの惨事になるのか、それとも、ちょっと驚くくらいの出来事で終わるのかまでは判断できない。
梨沙ちゃんはとても責任感が強い。何科が起こった時、それを止めることが出来なかった自分を必要以上に責めてしまう。だからなにか感じた時に、好奇心で進むよりも、安全の為に踏み止まることを選んでしまう。
けれど、私の記憶にある限り、警戒が必要なほどの大惨事になったことなんてほとんどない。だから今回も、きっと今までと同じ結果になると思うのだ。
伽々里 美里
私は言ったが、それでも梨沙ちゃんは、
伽々里 梨沙
と首を横に大きく振った。
伽々里 梨沙
伽々里 美里
伽々里 梨沙
梨沙ちゃんはまた口を噤む。 私は、じっと梨沙ちゃんの顔を見つめる。 漠然とした感覚だから口に出来ないのか、それともハッキリと分かっているけど言葉にすることが躊躇われることなのか。
伽々里 梨沙
────言えないんだ、と私は思った。
でも、それなら尚更気になる。あの神秘的な場所に何があるのか、私は知りたい。
1度目覚めてしまった好奇心は、簡単に眠りに就くことなんて出来ない。その好奇心を満たすチャンスがあるのなら、それを逃すなんてもったいない。 もう1度、私は旧校舎に目を向ける。
伽々里 美里
言葉にした途端、胸がトクンと音を立てた。
どうしてここまであの旧校舎に惹き付けられるのか、私にもよくわからない。でも、行きたい。あの旧校舎に、何があるのか見たい。
そう、私は、あの場所に行かなくてはいけないのだ。
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