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あれから晴翔さんらしきGPSの軌道を辿って全力で車を飛ばした。
正直言うと車を運転するのはなかなか嫌いなのだが、この状況ではそんなことは言ってられない。
出雲 治
彼のGPSのスピードが緩まったためこの住宅街に入ったが、そもそもS区周辺の地図すらほとんど頭に入っておらず、そこから離れた地区は全く分からないと言っても過言ではない。
そのため、追ってきたはいいもののここがどこかすら分からないのだ。
地図を確認しようとスマホを開き、表示された地名は「裏S区」。
"裏"が付く地名なんてあるのかなんて妙に冷静に考えてしまった。
出雲 治
位置情報アプリの表示する位置は、少しおかしくなっているのか分からないがさっきっからふたつの場所を転々としている。
兎にも角にも、その2箇所をくまなく探すしかない。
車を停めた場所から近かった一方は普通の民家らしかったが、どうやら今日は葬式をしているらしい。
タイミングが悪いな、なんて思ったが背に腹はかえられない。
晴翔さんがいる可能性があるならば少々不躾でも他人の葬式場に足を踏み入れるほかない。
幸いなことに外には受付というのか、そういった人がいなかったため難なく入ることができた。
既に式は始まっているようで、そろりそろりと足音を殺して廊下を歩く。
出雲 治
一歩、また一歩と歩みを進めていくうちに段々と大きくなるひそひそと聞こえる声。
喋ったいるのか、お経なのか、なんて首を捻っていると後ろから女の声がした。
女性
出雲 治
声__というよりも笑い声がすぐ背後から聞こえてくるものだから、音を立てぬように行動していたにも関わらず声を上げてしまった。
女性
おそらくこちらに気付いてはいただろうが、笑うことを辞めずそのまま他の人たちのいる方へと歩いていった。
心底不気味に思いながらも、晴翔さんのためだと勇気を振り絞って女の後をついて行く。
すると直ぐに、開けた部屋に出る。
途端、ぼそぼそと聞こえていた声が全て笑い声だったことに気が付いた。
お坊さんはいるくせ経は読んでいないし、遺影というか、そもそも写真もない、棺桶だって何か文字の書かれた札か何かで表面は埋め尽くされている。
一言で言うと異常だった。
確かに地域によっては葬式で泣くのは良くないだとか、笑って送り出すのがいいだとかはある話だ。
でも、それにしたって。
男性
女性
そういう次元ではない。
皆貼り付けたような笑顔で声を上げて笑っている。
__こんな場所に彼はいない。
全く脈絡もないかもしれないが、そう感じた。
恐怖で動かなかった身体は突如動き出して、ぐるりと踵を返して式場を後にした。
後ろから誰かが追ってくる気配はなかったものの、じっとこちらを見つめる痛いほどの視線と不気味な笑い声が、その場を離れて暫くするまでずっと感覚として残っていた。
月見 晴翔
先日曰くの村で倉庫に閉じ込められた時と同じ感覚だ。
冷たくて、暗くて湿っている。
残念ながら今回は手を後ろで縛るだけでなく目隠しもされているため、視覚からの情報は得られない。
それでもまだ聴覚と嗅覚、触覚からは情報は得られるため、特にこの場所にガスが充満しているだとか、血の匂いがするだとかはないことが分かる。
失敗した、とはつくづく思う。
はぐれたのは不可抗力だとしても、先日の件があってから出雲は結構僕に対して過保護だ。
正直、無事に逃げられたとて彼に何を言われるかは分からない。
月見 晴翔
こんな状況下で、何度目か分からない溜息をついた。
既に春を迎えて段々暖かくなってきたこの時期のため、体温は徐々に床に奪われるもののそこまで辛くはない。
頼むから、早く助けに来てくれ__と内心思っていたところ、重たい扉が開く音がした。
男性
男性
男性
酷く小さな声で喋っているのか、なかなか何を言っているか聞き取れない。
月見 晴翔
攫ったくせしてこちらに見向きもしないことに痺れを切らして声を上げると、腹部に鈍い痛みが走った。
月見 晴翔
何が起こったか理解するのに少々時間がかかって、腹部を守るように蹲っていると頭を掴まれて上を向かされる。
すると途端に、目の前が先より明るくなった。
はらりと取られた目隠しが床に落ちた。
明るくなった視界には、気味悪くにたにたと笑う男の顔があった。
ぎょっとしてなんとか後ろに下がり、ぐるりと部屋を見回すとそこには4、5人の男が。
さらに不思議なことには、男は皆貼り付けたような同じ笑顔をしていたのだ。
常人ではない。
そう思った。
男性
男性
男性
さっきから表情は変えないまま喋る彼奴らが不気味で仕方がない。
それでもさっきから仲間内で会話をしているから、どうにかして出口に近付こうと気配を消しながら這っていると、次は背中に痛みが走る。
男性
男性
ガシガシと背中を踏みつけられて、段々息も苦しくなってくる。
流石の事態にいつもならよく回る頭も今は働かない。
ただ今は、彼が来るはずだという希望を捨てないということだけを考えるしかできなかった。
男性
男性
男性
「あはははは!」
なんて不気味な笑い声と、自分のものと思わしき小さな呻き声が部屋に響く。
月見 晴翔
未だに両手は縛られていて使えないし、部屋の外から音も聞こえてこない。
もういっその事、意識を飛ばした方が__と思っていると、ふと男達が僕を蹴る足を止めた。
月見 晴翔
これを好機としてなんとか逃げようとするも、やはり頭を掴まれて床に仰向けで押さえつけられてしまう。
しかし先程までと違う点は、男がただ僕を見ているだけであるという点。
頭にクエスチョンマークを浮かべていると、男は突然僕の首__というか、ネクタイに手を伸ばした。
男はスルスルと慣れた手付きで僕のネクタイを解き、ベストのボタンを外し___
ゾッとした。
月見 晴翔
男性
男性
男性
手は縛られていて使えない、体格差があるため僕の力じゃ何ともならない、手持ちに使えそうなものはない、外に人がいる気配もない。
こんな地獄みたいな状況でどうしろと言うんだ。
月見 晴翔
男がワイシャツのボタンを外そうと手を掛けた__刹那。
バン、と大きな音を立てて扉が開かれた。
扉の向こうには、よく見知った顔があった。
その人物__出雲は、どうやら手に消火器を持っているようだった。
月見 晴翔
出雲 治
焦った表情でこちらへ駆けてこようとした出雲の顔がみるみるうちに怒りに変わっていく。
ズカズカと部屋に入ってきたと思えば、出雲は僕の目の前にいた男を消火器で殴り倒した。
ガンッ、という鈍い音がして男が倒れ込む。
不思議なことに他の男は逃げようとも抵抗しようともせず、ただにたにたと笑うだけであった。
出雲は無言のまま男達を殴り倒していくし、男達もまた無言のままぶっ倒れていく。
最後のひとりを殴り倒した後、彼はくるりとこちらを振り返って、笑顔を向けてきた。
出雲 治
月見 晴翔
月見 晴翔
彼の笑顔の奥に隠しきれない怒りがあることは分かりきったことで、意味はないと知っていてもどうしてか弁明しようとしてしまう。
出雲 治
出雲 治
有無を言わさぬ顔でそう言った彼に、僕は頷くしかなかった。
この冷たい部屋から早く出ようと立ち上がろうとした時、またもや身体に鈍い痛みが走った。
月見 晴翔
月見 晴翔
出雲 治
縄を解いて、はだけた僕の服を直す手は止まらないのに、どうやら彼の口は言葉を発することを止めてしまったらしかった。
結局、車に乗り込むまで彼は一言も口にしなかった。
出雲 治
独り言のように呟いたその言葉は、静かなふたりだけの車内では彼に聞こえてしまったようだった。
月見 晴翔
月見 晴翔
どうやら彼は、この言葉が自分自身に問われたと思ったらしいが、俺にとっては俺自身に問いかけた言葉でもあった。
どうしてあそこで彼を一人にしたのか__それは、彼も俺も探偵だからだ。
それ以上の理由なんて要らないんだろう。
それでも、俺は分からなかった。
あの時とった行動が、本当に正しい行動だったのか。
月見 晴翔
出雲 治
吃驚したのか彼が目を見開く。
それでも俺は淡々と言葉を紡いでいく。
出雲 治
出雲 治
出雲 治
出雲 治
出雲 治
俺がそう言い終わると、彼はふっと下を向いてしまった。
ただ俯いただけで、彼は何も言おうとはしなかったが。
暫くの沈黙が流れた後、彼が口火を切った。
月見 晴翔
出雲 治
月見 晴翔
彼は照れくさそうにそう言った。
尤も、得意でもない運転をしていたので彼の表情は伺えなかったが。
月見 晴翔
月見 晴翔
出雲 治
出雲 治
月見 晴翔
そんなバカみたいな質問をされて、俺は開いた口が塞がらなかった。
ひとつ瞬きをした後、溜息をついた。
出雲 治
出雲 治
俺はあの時、彼の身体の傷の有様を見た。
あれを見た時、一度治まりかけた怒りがまたふつふつと湧いてきた。
それ程に、彼の身体は痣だらけで傷付けられていた。
月見 晴翔
出雲 治
月見 晴翔
月見 晴翔
彼が懸念しているのは痣ができた経緯を聞かれることだろう。
確かにこんな痣をつけられていては医者も困惑する。
何故、と聞かれはするだろうが__
出雲 治
出雲 治
月見 晴翔
月見 晴翔
溜息をついた晴翔さんは、心底嫌そうな顔をしていた__ような気がした。
そうこう話しているうちに、病院が見えてきた。
月見 晴翔
出雲 治
月見 晴翔
出雲 治
月見 晴翔
ふふ、と笑う晴翔さんに、俺は何度目か分からない溜息をついた。
結局僕の身体にそれといった大きな怪我もなかったため、一応あの事件から一日置いた今日、出雲雅のもとを訪れていた。
出雲 雅
月見 晴翔
出雲 雅
出雲 雅
出雲 治
出雲 治
出雲 雅
月見 晴翔
出雲 雅
出雲 治
雅は一度目を見開いた後、溜息をつきながら目を伏せた。
少しの沈黙の後、雅は漸く口を開いた。
出雲 雅
月見 晴翔
出雲 治
出雲 雅
月見 晴翔
月見 晴翔
出雲 雅
出雲 雅
雅の顔色がみるみるうちに青ざめていくのが分かる。
突拍子もなくこんな発言をしてしまったことに僕は多少申し訳なく思ったが、心を落ち着かせて事の顛末を話し始めた。
普段はあまり変わらない雅の表情がくるくると変わっていくその様に、こちらも事の重大さを理解し始める。
一通り話し終わると、雅が重たそうに口を開いた。
出雲 雅
月見 晴翔
雅の意味深な言葉に首を傾げるも、そんな僕の様子に気が付いているのかいないのか、矢継ぎ早に彼は言葉を紡ぐ。
出雲 雅
出雲 治
出雲 雅
出雲 雅
出雲 治
出雲 治
訳が分からない、とでも言いたげな顔で物申した治に、雅はガバッと顔を上げて声を荒らげ__ようとしたらしかったが、理性が勝ったかキツい言葉を吐きかけた口を徐々に閉じていく。
月見 晴翔
月見 晴翔
暫しの沈黙が流れた後、漸く彼は口を開いた。
出雲 雅
出雲 治
出雲 雅
月見 晴翔
出雲 雅
月見 晴翔
出雲 雅
月見 晴翔
出雲 治
出雲 治
出雲 雅
出雲 雅
月見 晴翔
月見 晴翔
月見 晴翔
この話題について些かつっこみたい所があるのか、雅はどこかげんなりした顔だ。
それでも彼は僕がこれ以上話す気がないのを読み取り、なんとか話を続けた。
出雲 雅
出雲 治
月見 晴翔
出雲 雅
出雲 雅
出雲 治
月見 晴翔
月見 晴翔
ぱちりと雅は瞬きをした後、言いにくそうに目を泳がした。
出雲 雅
治がハッと息を飲んだ音が聞こえた。
ぱち、ぱちと自分の中でパズルのピースが嵌っていく感覚がする。
僕を拐かしたのも、ニタニタと気味悪い笑みを浮かべていたのも、暴行してきたのも、
__そして、犯そうとしてきたのも。
全ては彼ら裏S区の住民の奇妙な慣習に基づいたものだったらしい。
月見 晴翔
月見 晴翔
出雲 治
月見 晴翔
月見 晴翔
出雲 雅
まだまだ納得のいかない様子の雅だったが、なんとか全ての言葉を飲み込んで僕らを見送るため席を立つ。
そこで、ああそういえばと車での出来事を思い出した。
月見 晴翔
出雲 雅
出雲 雅
出雲 治
月見 晴翔
去り際にそう伝えると彼は驚愕の声を漏らした。
待て、と言われても特に話すことはないし、別にいいかと思ってそのまま図書館を後にする。
出雲 雅
なんて、そんなぼやきが聞こえてきた。
__to be continued