マンタ
トシさん、ちょっといいかな?
トシ
マンタ先生? どうしたんですか? こんな時間に?
マンタ
今書いてもらってる修士論文のことなんだ。
トシ
なにかありましたか?
マンタ
ちょっと長い話になるけど、いいかな?
トシ
明日じゃダメですか? 今日もう夜遅いですし。
マンタ
タメだ。そんな悠長なこと言っていられない!
トシ
どうしたんでしょうか?
マンタ
君の修士論文はまったくダメだ!!
トシ
え? ちょっと話聞かせてもらえませんか?
マンタ
当たり前だ。指導のためにメールをしてるんだからな!
トシ
お願いいたします!
マンタ
まず、引用などのルールが全然できていない!
トシ
え? でも先生のご指導に従いましたけど…?
マンタ
私はあんなつもりで言ったんじゃない!
トシ
え、どういうことでしょうか?
マンタ
まぁ、くわしくはまた後日にしよう。
マンタ
1つだけ。私の本を要約していただろう?
トシ
は、はい。
マンタ
あんなひどい要約は初めてだよ。
トシ
そんな…?
マンタ
私が必死に書いた本をあんなひどい要約されて心外だ!
トシ
でも…それも先生のご指導に従いましたけど??
マンタ
私の本だぞ? 言われた以上のことをやりなさい。
トシ
は、はぁ。
マンタ
そして、次だ。これもひどすぎる。
トシ
ど、どうしたんでしょうか?
マンタ
新しい発見が全くない!!
トシ
そんな? 先行研究を批判的にみましたけど?
マンタ
論文はオリジナリティが大事なんだ。
トシ
はい、先生がいつもおっしゃっているように。
マンタ
だったら、どうしてそれができないんだ!?
トシ
けど、それでは、オリジナリティとはなんでしょうか?
マンタ
そんなそもそも論なんか話したくない!
トシ
しかし、納得ができません!
マンタ
どうしてだ? 反抗するのか?!
トシ
違います! 議論をしたいんです!
マンタ
学生のクセにナマイキだぞ!
トシ
…申し訳ありませんでした。
マンタ
私の言ったことが1つもできないなんて、ひどすぎる!
トシ
申し訳ありません…。
マンタ
なんて学生なんだ、君は!?
トシ
はい。未熟で勉強不足でした。申し訳ありません。
マンタ
だから、ダメなんだ。いつまで経っても学問的に成長ができないんだ。
トシ
は、はい。おっしゃる通りでした…。
マンタ
文体もひどい。文章がへたすぎる。
トシ
申し訳ありませんでした…。
マンタ
文体はその人の知性を表現するんだよ?
トシ
はい…。
マンタ
君の知性の低さにがく然とさせられたよ。
トシ
も、申し訳ありませんでした…。
マンタ
文章からやり直しなさい。論文の執筆以前の問題だ!
トシ
具体的にどうすれば…よろしいんでしょうか?
マンタ
そんなもの、自分の頭で考えなさい!
トシ
し、しかし。解決策がわからないのです。
マンタ
だから、君はいつまで経ってもダメなんだ!
トシ
は、はい。おっしゃいます通りです。。
マンタ
自分の頭で考えるのが研究の基本だからな?
トシ
はい。申し訳ありません…。
マンタ
君は結婚しているだろう? それでよく主婦が勤まるねぇ…。
トシ
あのぅ? 学問と主婦は関係ないと思いますが…?
マンタ
そんな悠長なこと言ってるから、いつまで経ってもダメなんだよ!
トシ
そ、そうですか。申し訳ありません。
マンタ
なにごとも俯瞰的に考えなさい!
トシ
具体的には、どうすればよろしいのでしょうか?
トシ
教えて頂けませんでしょうか…?
マンタ
そんなこと言ってるからダメだと言ってるじゃないか!?
マンタ
それに君は反抗的だぞ? もっと従順さを身に付けなさい!
トシ
しかし、学問は権力を批判するものでは…?
マンタ
なんだ? 君はわたしが権力者だと言いたいのか?
トシ
ちがいます!! 一般論として、です!!
マンタ
君の下手くそな哲学思考には飽き飽きしてるよ。
トシ
申し訳ありませんでした…。
マンタ
そんな態度だったら、ゼミから出ていってもらうぞ!?
トシ
え? 困ります…。
トシ
脳の神経科学をやられているのは先生だけなんです…。
マンタ
じゃあ、その態度を改めたまえ!
トシ
申し訳ありませんでした…。
マンタ
ゼミに残れるかどうかは、わたしの判断次第だからな!
トシ
そんな…ひどいですよ。
マンタ
いや、それが弱肉強食の学問の世界だ!
マンタ
ラットレースみたいなものだからな!
トシ
しかし、学問は本来、好奇心の追求のためにあるのでは…?!
マンタ
また、反抗か!!?
トシ
い、いや、ちがいます!
マンタ
なにが違うんだ? もっと素直になりなさい!
トシ
は、はい…。
マンタ
素直さは学問の世界で成功するカギだからな!
トシ
は、はい。
トシ
申し訳ありません。どうかゼミにとどめてください。
マンタ
だったら、やるべきことを言う!
トシ
な、なんでしょうか?
マンタ
修士論文の案をすべて書き直しなさい!
トシ
そんな、あれだけ苦労したんですよ!?
マンタ
君の苦労なんか知ったことではない。成果がすべてだからな!
トシ
しかし…。
マンタ
ファイルごと、すべて消しなさい!!
マンタ
そうしないと、ゼミには残せないぞ!
トシ
ファイルくらいはいいじゃないですか?!
マンタ
ダメだ! 変な思考が残ったままになる!
トシ
そんな……。
マンタ
ファイルをパソコンから消した証拠をLINEで送りなさい!
マンタ
そうしないと、ゼミにはいさせないからな!?
トシ
わかりました…。
トシ
少々お待ちください。
マンタ
早くしなさい! 待ってるからな。
トシ
はい、こちらファイルをごみ箱に移した写真です。。
マンタ
ごみ箱からも消しなさい!
トシ
は、はい。少々お待ちください。
トシ
消しました…。
マンタ
よくやった。素直になれる第一歩だ!
マンタ
どうした?
マンタ
なにか送ってこないか?!
トシ
ごめんなさい…。涙が溢れてしまって。。
マンタ
どうした? なにも泣くことはないだろう?
トシ
申し訳ありません…。
トシ
不甲斐ないゼミ生でした。。
トシ
ごめんなさい。。。
マンタ
まぁ、わかればいいんだ。泣くなよ、もう。
マンタ
昔の学生にはもっと厳しかったんだぞ?
トシ
はい。。ごめんなさい。。
マンタ
泣くな! 昔の学生はよかった。みんな素直で従順だった。
トシ
は、はい。
マンタ
もっと心を強くしないとダメだ!
マンタ
どこにでも負けない強さを持つんだよ!
トシ
はい。。ありがとうございます。。
マンタ
いいか? 昔の学生は本当にすごかったんだ。
マンタ
今の修士論文は昔の卒業論文と同じレベルだよ!!
トシ
ごめんなさい。。ごめんなさい。。
マンタ
いいから、泣くな! わたしがこの大学に赴任するまえの卒業論文はどれも素晴らしかった。
マンタ
それをみて、わたしはこの大学に赴任することを決めたんだよ?
トシ
は、はい。。
マンタ
君の先輩たちは本当にすごかったんだよ。
マンタ
なかでも私のイチオシの論文がある。
マンタ
それを今からデータで送るよ?!
トシ
はい。。勉強します。。
マンタ
そうだ! がんばれば、君も先輩たちみたいになれるから!
トシ
はい。。がんばります。。努力します。。
マンタ
ほら、送ったよ! 見てみなさい。この素晴らしい卒業論文を!!
トシ
え? これって?!
マンタ
すばらしいだろう? 学会にも出せるクオリティの高さだよ!
マンタ
どこに出しても恥ずかしくない論文だよ! 君たちもがんばりたまえ!
トシ
私が書いた論文ですけど?!
マンタ
は?
トシ
これ、紛れもなく私が書いた論文です。
マンタ
う、うそはやめなさい!
トシ
本当にですよ! 私の旧姓です!
トシ
学部生時代だから、結婚するより前の話です!
マンタ
い、いや、その。。
トシ
これが先生のイチオシの論文なんですか?
マンタ
い、いや、まぁいいかなぁと思っただけで。。
トシ
ちゃんと、文字で記録は残ってますよ!
マンタ
い、いや、なんというか。。
トシ
先生、私の修士論文大したことないって言いましたよね?
トシ
ひどいって言いましたし。
マンタ
いや、違う! たぶん卒業論文よりはレベルが下がってて。。
トシ
大学を卒業してから、ずっと在野で研究してきたんですよ!
トシ
そんなことあるわけないじゃないんでしょうか?!
マンタ
いや、在野で、なんて。。
マンタ
そもそも在野で研究したからって、レベルを維持できるのかい??
トシ
そもそも論はやめなさいっておっしゃいましたよね?!
マンタ
い、いや、違う。。
トシ
まぁいいでしょう。その間、学会にも発表しましたが!?
マンタ
う、うそだろう。。
トシ
いえ、真実ですが…。
トシ
それに、わたしの修士論文は前の研究から続いてるものですけど?!
マンタ
へっ!?
トシ
そんなことにもお気づきじゃなかったんですか!?
トシ
卒業論文からもつながっています!!
マンタ
そ、それは。。
トシ
先生、きちんとわたしの修士論文を読んだんですか?
マンタ
読んだよ!!
トシ
じゃあ、科学と哲学の関係について、どのように論じていましたか?
マンタ
そ、そんなこと、今話すことじゃない!!
トシ
どうしてでしょうか? 具体的に説明してみてください。
マンタ
いや、それは。。
トシ
先生がきちんと細部まで、私の修士論文をお読みじゃないからではないでしょうか?!
マンタ
まだ言うか!!
トシ
先生のお話はいつも抽象的、というよりあいまいですよ。
マンタ
君、失敬だぞ!!
トシ
先生こそ失礼ですよ! 人の修士論文をきちんと読まないで。
トシ
しかも、表面的にだけ印象で酷評して…。
マンタ
いや、だから読んだよ!
トシ
そうですか。では、先生の本について、ですが?
マンタ
ひっ、なんだ!?
トシ
あの本、ほとんどさっき出された私の卒業論文を参照していますよね?!
マンタ
いや、それは。。。
トシ
だから、自分で書いた論文を参考にした本の要約がおかしいなんて、普通ありえませんけど?!
マンタ
いや、だから。。。
トシ
だから、なんでしょうか?!
マンタ
いや、文体とかはちょっと問題かなって。。
トシ
あぁ、文体につきましては大学院に入るまえに、先生の論文を書写しました。
マンタ
へ、へっ?!
トシ
だから、先生の文体を参考にしています。
トシ
けど、おかしかったんですよね。。
マンタ
な、なにが?!
トシ
出てくる出てくる新発見とやらが、わたしがすでに卒業論文で発見してたことばっかりで。
マンタ
え? え?!
トシ
まさか、先生?!
トシ
わたしの卒業論文を盗用しませんでしたか?
マンタ
そんな訳ないだろう! わたしは研究者だぞ!!
トシ
卒業論文で学会にも出してなかったら、世にはでていませんもんね!
マンタ
いや、だから自分で。書いたけど。。
トシ
後日、見比べてみますか? どれだけ私たちの研究が似ているか?!
マンタ
いや、そんなことは。。
トシ
自分の頭で考えるのが研究の基本なんですよね!?
マンタ
あ、あぁ。。。
トシ
だったら、学生ときちんと議論できないとおかしいですけど?!
マンタ
い、いや、その。。。
トシ
それに、もしかして!!
マンタ
な、なんだよ?!
トシ
修士論文も盗用するおつもりですか?
マンタ
人聞きの悪いこと、言うな!!
トシ
先生がファイルを消せって言ったのがひっかかるんです。
マンタ
いや、だから。。
トシ
なんでしょうか??
マンタ
前の思考はジャマになるから。。
トシ
え!? 卒業論文のときの考えもですか?
マンタ
い、いや、ちがう。
トシ
卒業論文よりレベルが下がっていると言ったのと矛盾しますが…?!
マンタ
く、勘弁してくれ!!
トシ
修士論文の盗用をお認めでしょうか?
マンタ
す、すまない。ここだけの話にしてくれないか?
マンタ
共同研究として、論文にしようじゃないか?!
トシ
嫌です!
マンタ
ひぃ、そこをなんとか!
トシ
盗用する研究者なんかにご指導されたくありません。
マンタ
ま、待ってくれ! 頼むから!!
トシ
では、お世話になりました。
マンタ
待ってくれ!!
~後日談~
トシ
翌日、大学の学生課に調査を依頼しました。
トシ
やはり、マンタ先生は私の修士論文をそのまま引用した研究をするつもりだったと分かりました。
トシ
先生は会議にかけられ、大学を去りました。
トシ
研究の世界も、他の世界も、自分の頭で考えることが必要だと学びました。
トシ
他の人のアイデアを盗んでも、オリジナリティなんかない。私はそう切に感じています。






