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コメント
1件
このお話とてま好きです…!
つむぐ、
音大生shk × 耳が聞こえないsm
突然はじまって突然おわる
3000字 | 70タップ
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日も傾き始めた頃、街の公共図書館は静寂に包まれていた。 広々としたガラス張りの建物は、外から差し込むオレンジ色の春光で柔らかく染まっている。 平日のこの時間、長机に座る数人の学生や棚の間をゆっくり歩く老人がいるくらいで、利用者はまばらだ。 紙をめくる音すら控えめに響く。 ⠀ ⠀ ⠀
俺は大学の課題のためにここを訪れていた。 感受性が足りない、とか何とかの理由で講師から読書レポートを個人的に課されたのだ。 面倒くさいとは思ったが、こういう静かな場所は嫌いじゃない。 指先でピアノの鍵盤を叩く感覚とはまた違う、紙の匂いと沈黙が俺を落ち着かせてくれる…気がした。 ⠀ ⠀ ⠀
適当な小説を棚から数冊ほど見繕い、窓際の席に腰を下ろしてページを開いた。 文字の多さに早くも打ちのめされそうになりながらも少しずつ読み進めていく。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
プルルルルッ
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ――刹那、けたたましい電子音が静寂を切り裂いた。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
shk
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ 思わず顔を上げると、周囲の利用者たちも一斉に視線を巡らせていた。 ⠀ ⠀ ⠀
誰かのスマホだ。 マナーモードにし忘れたらしい。 アラームか着信か、とにかく耳障りな音が鳴り響いている。 その場の大半が困惑した顔を互いに見合わせていた。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
プルルルルッ
プルルルルッ
プルルルルッ
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ 音は止まらない。 むしろ、ループするように繰り返し鳴り続けている。 少しばかり苛立ちつつ音を辿れば、数メートル先に座る一人の男が目に入った。 机に広げたノートにペンを走らせて、周囲の騒ぎには目もくれていない。
⠀ ⠀ ⠀ 流れ続ける電子音はその辺りからだった。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
shk
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ どうやらまさにその男のスマホが鳴っているらしい。 ポケットから大音量が漏れているのに、本人は平然と書き物を続けている。 変な奴だな、と思った。 誰も注意しに行かないのを見て俺はため息をつく。 面倒だけど、このままじゃ集中できやしない。
⠀ ⠀ ⠀ 仕方なく立ち上がって近付くと、そいつの顔がよく見えた。 菫色の瞳が印象的で、おそろしく整った顔立ちはどこか冷たくも感じる。 大学生らしい風体や持ち物からして、歳は俺とそこまで変わらないように見えた。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
shk
sm
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ 声をかけたが反応がない。 もう一度、少し大きめに「なあ」と呼びかけたが、やっぱり無視だ。 いや、無視じゃない――気づいてない? そこでようやくピンときた。 ⠀ ⠀ ⠀
こいつ、もしかして耳が聞こえないのか。
⠀ ⠀ ⠀ スマホの音はまだ鳴り続けている。 周りの奴らは遠巻きにこちらを見て、面倒くさそうに視線を逸らした。 俺は問題を解消したい一心でその肩を軽く叩いた。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
sm
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ようやく顔を上げた男が俺を見た。 驚いたような目つきが一瞬だけ揺れて、すぐに平静に戻る。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
shk
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ そうは言っても通じないだろうと悟り、俺はジェスチャーでポケットを指さした。
⠀ ⠀ ⠀ 彼は一瞬眉を寄せたが、すぐにポケットからスマホを取り出して画面を確認する。 チラリと見えた画面には『母』と表示されていた。 着信だったらしい。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
sm
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ 素早く操作して音を止めると、机の上に広げていたノートにペンを走らせて何か書いた。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
気づかなかった、ありがとう
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ そう書かれたノートを俺に向けて見せる。 小綺麗な見た目から想像していたよりは、ぶっきらぼうで雑な筆跡だった。 俺は少し気まずくなって「別に、大したことじゃない」と返す。 彼はまたノートに書き加えた。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
うるさくして悪かった、 おれ耳が聞こえなくて
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ やはり勘は当たっていたらしい。 ノート越しに申し訳なさそうな表情を見せた彼に向かって、俺は軽く首を横に振った。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
shk
shk
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ どうやら唇を読めるらしい彼は、俺の言葉を理解したのかコクコクと頷いてみせた。
⠀ ⠀ ⠀ 図書館には静寂が戻り、各々が自分の世界へと帰っていた。 俺も席に戻ろうと足を動かしたタイミングで、服の裾をくい、と引かれる。 振り向くと彼はさらさらとペンを動かしていた。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
名前は?
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ 唐突な質問に一瞬戸惑う。 ジッとこちらを見つめる深紫に根負けし、俺は自分の名前を彼のノートに記した。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
シャークん、
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ 俺の筆跡をなぞり満足げに頷く。 声こそ聞こえなかったものの、その口の形は俺の名前を呼んでいた気がした。
⠀ ⠀ ⠀ こちらから聞くまでもなく、すぐに彼は自分のノートに書かれた『スマイル』という文字を指で差す。 どうやら男はスマイルという名前らしい。 スマイル、と呟くように呼ぶと彼は首を縦に動かした。
⠀ ⠀ ⠀ その時、再びスマイルのスマホが着信した。 先ほど音を止めたタイミングでマナーモードにしていたのか、今度はバイブしただけである。 画面を見ると今度は『父』からの着信だ。 スマイルは明らかに面倒そうな顔でそれを切り、またノートに手を伸ばした。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
検診サボったのがバレた 親がうるさい
shk
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ 思わず笑みがこぼれた。 耳が聞こえないのに「うるさい」って表現が妙にハマる。 いたって真面目な発言なのか、それとも彼なりのブラックジョークなのか。 判断しがたいところも絶妙だった。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
sm
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ 俺が笑ったのを見て、スマイルは少しだけ目を細める。 一呼吸おいて、広げていたノートと借りたらしい本を鞄に詰め込み立ち上がった。 帰ることにしたみたいだ。
⠀ ⠀ ⠀ 出口に向いていた足を止めスマイルはこちらを振り返る。 悩んでいるかのような間の末、彼の唇が動いた。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
sm
shk
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ハッキリしない子音に、わずかばかり掠れた声。 お世辞にも聞き取りやすいとはいえない。 それでも彼が紡いだ言葉は確かな歩み寄りに思えた。
⠀ ⠀ ⠀ 俺はなにも考えないままに「おう、また」と声に出して返す。 俺の返事に、スマイルが小さく笑った気がした。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
shk
⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ 夕陽が図書館の床に長く影を落とす。 後ろ姿を見送りながら、ぽつりとその名前を繰り返した。
⠀ ⠀ ⠀ 俺はあのノートに書かれたぶっきらぼうで雑な文字を、なぜかもう一度見たいと思った。 ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀
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耳の聞こえない人がバイブなしの音ありで着信設定してるわけないやろが〜〜!怒怒 とか思いながら書いてましたし今も思ってます。 (そして忘れ去られる音大生設定…) こんな感じの執筆スタイルでまったりと投稿していきたいです。