メモくん
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## 『残高一千万からの地獄』## 1. 拒絶された善意
――冷たいコンクリートの感触で、僕は目を覚ました。
「……ここは、どこだ?」
頭を割るような頭痛に耐えながら、体を起こす。
視界に飛び込んできたのは、無機質な灰色の壁と、天井で不気味に明滅する蛍光灯。窓は一枚もなく、出口らしき鉄格子の扉が一つあるだけだ。誘拐か、あるいはたちの悪い悪戯か。周囲を見渡すと、僕と同じように制服を着たクラスメイトたちが、怯えた表情で次々と立ち上がるところだった。
「目が覚めましたね、親愛なる生徒の皆さん」
天井のスピーカーから、機械加工された嫌な声が響く。
「これより、皆さんの価値を決める『デスゲーム』を開始します。皆さんの手元にあるアタッシュケースには、初期資産として『一千万円』が入っています。ゲームが課されるごとに、クリア条件を満たしてください。ルールはシンプル。――『一回のゲーム終了時に、所持金が一千万円以下の人間は即死』です」
足元を見ると、いつの間にか黒いアタッシュケースが転がっていた。パチリと留め金を外すと、中には不気味なほど綺麗な一万円札の束が詰まっている。これが、僕たちの命の値段だ。
鉄格子の扉が開き、僕たちは最初の会場へと誘導された。そこは、パーテーションで細かく区切られた、血の匂いがかすかに漂う体育館だった。
最初のステージは、五人一組で行う『裏切りじゃんけん』。
ルールは、あいこなら全員生存してプラス五百万円。誰かの一人勝ちなら、一緒にゲームをした人の所持金を総取りできる。あぶれた者は、その時点でゲーム不参加となり死亡する。
僕たちのグループが四人まで決まったとき、どうしてもチームに入れなかった男子生徒が、涙を流して僕に縋りついてきた。
「お願いだ、僕を仲間に入れてくれ! もう一度ゲームをすれば、僕も中に入れるんだろ!?」
優しすぎる僕は、泣き叫ぶ彼の姿に胸が痛み、手を伸ばそうとした。
「分かった、もう一回――」
「止めなさい、陸」
鋭い声と共に、僕の腕が強く引き戻された。クラスでも目立たなかった、頭のいい女生徒である梓が僕の目を冷徹に見見据えている。彼女は僕の耳元に口を寄せ、確信に満ちた声で囁いた。
「怪しいわ。あの人の右手の指、さっきから『グー』の形に固まったまま不自然に震えてる。……確証はないけれど、中に入れた瞬間に裏切って『一人勝ち(総取り)』を狙うつもりかもしれない。こんな場所よ、誰も信じちゃダメ。無駄なリスクを負う必要はないわ」
梓の言葉はまだただの「疑い」に過ぎなかった。しかし、その張り詰めた警告の重さに圧倒され、僕は差し伸べた手を引っ込めた。あぶれた生徒は、チッと舌打ちをして僕たちを睨みつけると、すぐに別の場所へと去っていった。
結局、僕たちのグループは僕、親友の桜、彼女の怜佳、列して梓を含む五人で確定した。
「みんな、信じてるから。全員で『あいこ』を出そう」
桜が穏やかに微笑み、みんなの緊張をほぐす。彼の言葉に従い、僕たちはせーので手を出し合った。
結果は、全員が『あいこ』。ルール通り、僕たちのグループは全員の報酬としてプラス五百万円され、所持金が『一千五百万円』となり、生存が確定した。誰も傷つかない完璧な勝利に、僕は安読の息を漏らした。
――だが、安堵の余韻に浸る時間は、一秒たりとも与えられなかった。
「あはははは! やった! やったぞおおお!!」
静まり返った体育館に、鼓膜を突き刺すような狂った叫び声が響き渡った。
声の主は、さっき僕たちのチームに泣きついてきて、梓に拒絶されたあのモブの男子生徒だった。彼は別のグループに「もう一回ゲームをして、僕を中に入れて」と泣きつき、まんまと受け入れられていたのだ。
パーテーションの向こうで、そのモブの生徒は両手を天に突き上げ、狂ったように踊り狂っていた。
「バーカ! 『全員であいこを出して助かろう』だって!? そんな綺麗事に付き合うわけねぇだろ! お前らがチョキを出すって約束したから、俺はグーを出してやったんだよ! これでこいつら四人の金は全部俺のもんだ!!」
彼の足元には、裏切りによって奪い取った合計四千万円の札束が転がっている。
そして、ゲーム終了の冷酷なブザーが鳴り響いた瞬間、モブの生徒を信じて受け入れた四人のクラスメイトたちは、所持金がゼロになったことで胸を掻きむしり、絶望の悲鳴を上げながらその場に崩れ落ち、即死した。
目の前で起きた生々しい惨劇と、モブの生徒の狂気的な笑い声に、体育館中が凍りつく。
それを見た梓は、自らの推測が正しかったことに小さく目を見開き、感情の消えた瞳で僕を振り返って、冷たく言い放った。
「……ほらね、言った通りでしょう」
彼女の疑いは、最悪の現実として完全に証明されたのだ。もしあの時、僕が彼をチームに入れていたら、今ここに転がっている死体は僕たちだった。背筋にドッと冷や汗が流れるのを感じながら、僕は震える手でアタッシュケースを握り直した。
直後に、また別のパーテーションの向こうから、今度はクラス一の天才である綉の冷酷な声と、さらなる悲鳴が響き渡る。
綉は圧倒的な弁舌と心理誘導を使い、計算通りに『一人勝ち(総取り)』を達成していた。綉以外の四人の所持金は一瞬でゼロになり、心臓麻痺でその場に崩れ落ちる。
綉は、大量の血が流れる中で冷酷に言い放った。
「全員であいこ? バカバカしい。そんな甘い微増じゃ、この後のゲームを生き残れるわけがないだろう。最初から最大効率で稼ぐのが、この『死のゲーム』における唯一の正解だ」
さらにアナウンスが流れる。別のグループでは『一人負け』が発生し、負けた一人の一千万円が四人に分配されていた。ルール【五百万+負けた人の一千万を四人で分けた額】により、分配された四人の所持金は一千八百七十五万円。しかし、負けた一人は『一千万円以下は死亡』のルールにより即死した。
「ひっ……、いや、嫌ぁあああ!!」
死体、そして生存条件の残酷さを目の当たりにし、怜佳が狂ったように悲鳴を上げた。
その瞬間、彼女は僕の制服を振り払い、隣にいた桜の胸へと飛び込んだ。
「ねえ、お願い……! 私、怖いの……! 陸じゃ頼りないよ……。あなた頭がいいんでしょ? 私を、私だけは絶対に助けて……!」
怜佳は生き残るために、僕を捨てて桜へと乗り換えた。あからさまな寝取り行為。
桜は僕に対する張り裂けそうな表情を一瞬だけ見せたが、すぐに冷徹な笑みを浮かべ、彼女の腰を抱き寄せた。
「分かった。俺が君を守るよ」
一番信じていた二人が、僕を裏切り、見下している。
桜には重い病気の家族がいて、巨額の治療費を稼ぐために悪魔になる決意をしたことを、僕はまだ知らなかった。
僕は、再びあの謎の空間で目覚めた時以上の絶望のどん底へと叩き落とされるのを感じながら、次のステージへと強制的に引き離された。
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## 2. 加速する地獄
第二ステージは、別々の部屋に分かれて一対一で行う『すごろくゲーム』。
数は多かった方が、少なかった方の所持金を総取りする。終了時にゲームをやっていない人は死ぬ。
しかし、この極限状態は人間の本性をさらに剥き出しにしていった。ゲームの途中で挟まれた特殊イベント『命令カードゲーム』が、生存者たちをさらなる狂気へと誘う。カードをめくり、書かれたお題をクリアしなければ所持金がゼロになり即死する。
クラスでいつもいじられ、バカにされていた大人しい女の子が、このステージで完全に覚醒した。
彼女が引いたカードは『所持金をゼロにする人物を指名せよ』というものだった。
「ねえ、生き残りたい? ……じゃあ、どっちが優秀か私に示して? 私を一番楽しませてくれた人を、助けてあげてもいいよ?」
怯えていたはずの女の子の瞳から光が消え、口元には狂気の笑みが浮かぶ。
かつて彼女をいじめていたカースト上位の三人(モブ)は、プライドを捨てて必死に醜い擦り付け合いを始めた。
「こいつがお前の悪口を言っていた」「あいつが真っ先に死ねばいいと言った」。
女の子は「あはは、おもしろい!」と手を叩いて爆笑し、制限時間の間際に最も見苦しかった一人を指名した。指名された者は即死。生き残った二人も、自らの醜態と恐怖により、その場で精神が崩壊し廃人と化した。
一方、僕の元カノである怜佳は、奇跡的に『誰か一人の所持金を三千万円増やす』というカードを引いていた(※自分は選べない)。
彼女は満面の笑みで、隣にいる桜の腕にしがみついた。
「桜くんを指名します! これで三千万だよ! 私、あなたのために役に立ったでしょ? だから……絶対に最後まで私を守ってね!」
彼女は僕には一瞥もくれず、桜に大金を貢いだ。
主人公補正のような土壇場の運と、梓の最低限のリスクだけを計算した堅実な助言だけでギリギリ生き残っていた僕は、元カノの徹底的な裏切りに胸を締め付けられた。
しかし、桜の目の奥には、彼女を次のすごろくで確実に『生贄』として使い捨てるための冷徹な計算が光っていた。
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## 3. 血の精算
「おめでとうございます。生存者は四名。これより、獲得賞金の贈与手続きに移ります」
無機質なアナウンスが響く中、薄暗い部屋のモニターに、生き血で購った莫大な金額が表示された。
* 綉:三億七千五百万円
* 梓:一億三千万円
* 陸:三千万円
* 桜:四億二千五百万円
桜の額はダントツのトップだった。他グループを冷酷に間引き、そしてあの後、憐れな怜佳すらも冷酷にハメて殺し、大金を独占した悪魔。僕は彼への激しい憎悪で体を震わせた。
「……満足かよ。みんなを殺して、あいつまで使い捨てて、そんな大金を手に入れて……! お前は、最初からそういう最低な奴だったんだな、桜!」
桜は疲れ切った笑みを浮かべ、何も言い返さない。
その時、静かに現金を数えていた梓が、僕の前に進み出た。
「いいえ、違うわ陸。……あなた、気づいていなかったの? なぜこのゲームで、誰もが真っ先に狙うはずの『甘いあなた』が、たった三千万円の所持金で最後まで無傷で生き残れたのか」
梓の言葉に、綉が退屈そうに鼻で嗤いながら、一枚の書面をテーブルに叩きつけた。それは、このデスゲームの特殊ルール――現時点での金銭譲渡は不可能だが、全ゲーム終了時に譲渡するという契約は可能――を利用して、事前に交わされた『金銭譲渡契約書』だった。
「そこのサイコパスに頼まれてね」と綉は言った。「僕の頭脳で、彼がルールを利用して他グループを効率よく間引き、金を稼ぐ『手助け』をしてやったのさ。もちろん、莫大な手数料と引き換えにね。彼の契約条件は一つだけ。『ゲーム終了時、稼いだ金の【三億五千万円】を陸に、残りの【七千五百万円】を自分の家族の口座に強制譲渡する』。……最初からそういう契約だったんだよ」
その瞬間、モニターの数字が書き換えられていく。
* 桜:四億二千五百万 ⇒ 〇円
* 陸:三千万 ⇒ 三億八千万円
「あのじゃんけんの時、怜佳が桜にすがりついたのを見て、彼は気づいたのよ」と梓が静かに続ける。「あの女は極限状態になれば、いつかあなたを後ろから刺すって。だからあえて悪者になって彼女を引き離し、あなたに人殺しの手を汚させないために、自分が代わりに悪魔になって他の生徒をハメ続けた……。彼の家族が重い病気なのは本当よ。でも、家族に必要な治療費は七千五百万で足りる。……残りの三億五千万は、あなたのこれからの人生のために、彼が地獄に落ちて稼いだお金よ」
全てを理解した僕は、愕然として桜を見つめた。
桜の身体は、他者を殺し続けた精神的負荷で、すでに限界を迎えてボロボロだった。
「なんで……なんで何も言ってくれなかったんだよ、桜……!」
涙を流し、歩み寄ろうとする僕から、桜は拒むように一歩後ろへ下がった。
桜は、最後まで僕の顔を見ようとはしなかった。
「……ごめん。君を裏切って、彼女を奪って、みんなを殺して……。僕はもう、まともな人間の目で君を見ることなんてできないんだ。理由は、家族のため。そして、君に生きてほしかったから。それだけだよ」
桜は震える声でそう言い残すと、僕の視線を避けたまま、一人で静かに部屋の出口へと消えていった。
次に動いたのは、クラス一の天才である綉だった。彼はドラマチックな空気など微塵も気にする様子はなく、淡々と手に入れた大金の精算手続きを済ませる。
「ふん、くだらないな。愛だの犠牲だの、僕の合理的な頭脳の前ではすべてノイズに過ぎない。……じゃあね。これだけの資金があれば、僕の未来は確約されたも同然だ」
綉はスマートフォンをポケットに仕舞うと、大金を受け取り、早々とその場を去っていった。
最後に残った梓が、静かにバッグを肩にかける。彼女は、桜の消えた扉と、泣き崩れる僕を交互に見つめ、最後にため息混じりの、しかし確かな警告を告げた。
「……私、行くわ。最後に一つだけ、忠告しておいてあげる。陸。あなた、次はもう少し人を疑った方がいいと思うわ。……今回の地獄は彼が身代わりになってくれたからいいけれど、そんな甘さじゃ、この先の社会でもすぐに誰かに喰い殺されるわよ」
梓はそれだけを言い残し、一度も振り返ることなく凛とした足取りで去っていった。
静まり返った部屋。
モニターには、生き残った四人のうち、三人が去ったことを告げるエラー表示。
僕の手元には、桜の血と涙、そして人生そのものと引き換えに用意された「三億八千万円」という莫大な数字だけが、静かに光り続けていた。
(幕)
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