ぬし
ぬし
ぬし
ぬし
ぬし
亮は六年生の春、支店長になって大張りきりで転勤するお母さんと一緒に、広島に来た。
亮にとって転校は、生まれて初めての大冒険だった。
降りたことの無い駅。
見た事ない景色。
新しい学校、知らない顔のクラスメイトと先生…
ここは、河口にひらけたデルタのまちだ。
市内を流れる六本の川には、潮が満ちると海の魚もやってくる。
晴れた日、川の上の広々とした青空は、まちを明るく見せながら、雲の切れはしをただよわせ、海へと広がっていった。
風通しが良くて、たしかに綺麗。
でも、
亮
それが亮の受けた、まちの第一印象だった。
母さんにそのことを言うと、
お母さん
と、わかったような、よく分からない答えが返ってきた。
このまちは、八十年くらい前、原子爆弾で何もかも焼き尽くされた。
今のまちに、当時を物語るものはほとんど残っていない。
世界遺産の原爆ドームぐらいは、さすがに亮でも知っていたが、それも自分には関係のない、壊れかけた昔の建物に過ぎなかった。
どんなまちだろうと、転校生にとっては全てが一からだ。
昔の出来事より、新しい学校生活。
亮の頭の中はそれでいっぱいだったから、原爆ドームを見たときも、
亮
で終わり。
ドームの周辺にはさくがめぐらされ、そこだけ時間が止まったようで、奇妙な感じ。
それでも、鉄骨がむき出しになった丸い屋根や崩れたレンガの壁を見ていると、亮の胸は、少しだけ、ざわざわした。
亮が通い始めた学校は、原爆ドームの対岸にあった。
教室の窓からは、橋の上を行きかう路面電車が見える。
その日も亮は、授業が終わると、川の三角州にある広い公園を歩いていた。
家に帰る近道。
都会の真ん中なのに、ここはまるで森だ。
踏めば靴が沈むような柔らかい土の匂い、頭上を覆う緑の濃い匂い。鳥の声。
ときどき、誰かが鳴らす鐘の音も、風に乗って流れてくる。
亮
と亮は思う。
真由
亮
後ろから声がかかって、亮は飛び上がった。
亮
隣の席の子だ。
親切、別名、おせっかい。
でも、まあいい感じだ、と亮は思っていた。
戸惑っている転校生の亮に、あれこれ教えてくれたのも真由。
お礼を言ったら、
真由
と笑った。
亮
亮
真由は、亮に歩調を合わせる。
亮は、
亮
と少し焦る
亮
亮
亮
亮は、心の中でつぶやく。
並んで歩いていた真由の足が、突然止まった。
真由
真由は、目を見開き、本当に驚いたという顔で亮を見た。
次の瞬間、
真由
真由は盛大にため息をつき、亮にくるりと背を向けて歩き出した。
あっけにとられた亮の耳に、小さく真由の声が聞こえた。
真由
何がなあんにもだか分からないままに、亮は少しずつ、新しい学校に慣れた。
一緒に帰る友達も増えたし、真由とも、焦らずに、普通に話せる。
真由は、相変わらず、おせっかい。
直ぐに亮を誘いたがる。
真由
真由
真由
亮は、真由の強引さに呆れながら、
亮
と言った。
それが始まりだった。