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色々とあったけれど、私たちは無事に飛行船へと戻ってきた。
帰りの道中、誰も何も話さなかったのがちょっと怖かったけど……それだけソルさんの持ち出した『勝負』で頭がいっぱいだったのだろう。
クロト
ユリちゃんやラン君を寝かしつけた後、クロトが開口一番そう言ったのがいい証拠だ。
……珍しく勝負にノリノリなご様子で。
私の時はあんなに渋ってたのに。
ソル
ソル
リュンナ
クロトは目を細め、彼にしては珍しく、どこか感傷的とも見て取れる様子で告げる。
クロト
とある絵画って……どれのことだろう。絵画なんて、世界中に沢山あるのに。
私は分からなかったけど、他二人は思い当たる物があるのか、「あぁ」と頷いている。
私はこっそりとソルさんとリュンナさんに問うた。
レミ
ソル
リュンナ
う~ん、これは師匠と弟子の絆かなぁ。
私にはまるで見当もつかないし、そもそもあの子って誰の──あ、誰の事絡みなのかは私にも分かったかも。
クロトが咳払いをして続けた。
クロト
クロト
ソルさんとリュンナさんは、互いに顔を見合わせて押し黙る。
リュンナ
ソル
クロト
ソル
ソルさんの纏う空気の質が、変化した。
朗らかで柔和だったものから、周囲を圧するものへと、一瞬にして。
……殺気? いや、これは……。
ソル
クロト
ソル
ソル
ソル
ソル
クロトは徐に口を開いた。
クロト
クロト
クロト
二人が部屋を移動したことを確認してから、俺はソル師匠へと向き直る。
──思えばこの船へと無理矢理乗り込んで来た当初から、師匠達の様子はおかしかった。
あの街へと俺たちを強引に連れ出したことも、今こうして強引に勝負を持ち掛けていることも。
はじめは六百年ぶりに再開した弟子を連れ回して面白がっているのかとも思ったが……クソ、あの若作り、師匠達に何を吹き込んだんだよ。
ソル師匠は変わらず笑みを浮かべたままだが、その胸中が穏やかではないことくらいすぐに分かる。
……とりあえず、まずは。
クロト
クロト
クロト
ソル
ソル
昔から何故怪盗であるのか、怪盗でなければならないのか、ということに拘っていた人だ。
俺の進む道を真剣に案じていた一人だ。
大方、生まれ変わった俺が本当に俺と同一人物であるのか、おかしな方へと変質してはいないかを心配していたのだろう。
師匠の表情が少しだけ和らぐ。
けれどすぐに師匠は緩んだ口を引き締めて、固い声で俺に問うた。
ソル
クロト
俺がそう答えると、ソル師匠は苦々しそうに眉を歪ませる。
……何だ、この違和感は。
ソル
ソル
クロト
クロト
恋情が理由ではない。
レミの中に彼女の面影を見ることはあっても、ただそれだけだ。
そう伝えようとして、しかし俺は口を噤んだ。
……ソル師匠はこんなにも彼女を敵視していただろうか?
クロト
クロト
クロト
ソル
ソル
クロト
クロト
クロト
クロト
クロト
ソル師匠が唇を噛む。
ソル
ソル
ソル
ソル師匠はそこではたと止まり、愕然と目を見開いた。
ソル
ソル
ソル
クロト
クロト
まるで他にも、何かを忘れた者がいるかのような物言いだ。
師匠は逡巡して、その瞳に警戒心を滲ませて口を開く。
ソル
ソル
クロト
ソル
言われてみれば確かに前世の記憶の所々は、靄にかかったように思い出せない。
そもそも記憶とは歳月を経るごとに失われていくものだ。
生まれた場所、子供時代のこと──事実としては憶えていても、その時交わした言葉を、声を、匂いを、温度を、正確に思い起こせるかと言われれば、きっとそうではない。
だが…………。
クロト
前世の記憶として最も新しいものであるはずの、死に際の記憶が一切思い出せないというのは変だ。
今の今まで、ソル師匠から──他人から指摘されるまで、そのことに気づかなかったことも、またおかしい。
まるで、意図的に記憶に蓋をされたような────。
──そう思い至った瞬間、背筋に冷たいものが走る。
ソル
ソル
淡々とそう述べるソル師匠は、全てを憶えているのだろうか。
俺とアロミネルの間で起こった、その何かも。
クロト
ソル
俺の言葉を遮るようにして、師匠は言う。
ソル
ソル
ソル
ソル
師匠は自嘲するかのようにふっと笑い、眉を下げて俺を見据えた。
ソル
ソル
クロト
クロト
ソル
ソル
師匠はぴしゃりと言い放つ。
これ以上何か有益な話は引き出せなさそうだ。
……相変わらずお厳しいことで。
話も終わったことだしと、リュンナ師匠とレミを呼ぶために部屋を出て行こうとした俺の背から言葉が投げかけられる。
ソル
喪われた時間を懐かしむその言葉に、俺は何も返せなかった。
ソル
ソル
クロトに呼び戻された頃には、先程までのように空気が張り詰めている、ということはなく、ソルさんの声色も柔らかくなっていた。
二人の話、ちゃんと決着がついたみたいで良かった。
リュンナさんが首を傾げてクロトに訊ねる。
リュンナ
クロトは片目を瞑り、指を一本立てて答えた。
──ビュイック美術館、と。
レミ
クロト
──ビュイック美術館。
そこは美術品の保全や研究ではなく、取引を主とする美術館だ。
館長自らが世界各地を飛び回り集めた美術品を展示し、その『物』に相応わしい引き取り手を探しているのだとか、何とか。
つまりどれだけお金を積もうとも、その館長、カサエルに認められなければ、欲しい美術品を手に入れることはできないということだ。
下手をすればその辺に転がっているぼったくり商人よりもタチが悪い。
何をもってしてその『物』に相応わしいと断ずるのか、その基準は不透明なのだから……と、著名なコレクターが嘆いている記事が印象的だったから、憶えている。
確か警備は万全で、ビュイック美術館で展示されているものを盗み出した者は未だ現れていないんだっけ。
それは選りすぐりの警備員達を揃えているのも勿論理由の一つだろうが、館長自身が相当に強い闇魔法の使い手であるというのが、最も大きな理由だった、はず。
この怪盗仕事、成功率は限りなく低い。
──そう、『限りなく低い』だけだ。
だって、そうだろう。
こちらにはクロトという闇魔法の化身がいる。前世、そのクロトを育てたお師匠さん達がいる。
勝負はつく。可能性が一つでも残っていたら、それを見逃さずに拾い上げることができる人達だから。
それを知らない、私じゃないから。
弱気になりそうな自分を追い払うように、パンパンと頬を叩く。
リュンナ
リュンナ
ここまで黙っていたリュンナさんが、至極もっともなことを提案した。
それは捕まってしまうリスクと限りなく低い盗みの成功率を考えれば、至って当然の考えだ。
一度館長と顔を合わせ、その絵画に相応わしい者かどうか、確かめてもらってからでも盗みに入るのは遅くないと私も思う。
及び腰になっているわけじゃなくて、一つの戦略として、そう思う。
ただ……彼らがそれを許せるはずもなく。
ソルさんが首を傾げて、心底不思議そうに頬に手を当てた。
ソル
ソル
クロト
ソルさんとクロトが口を揃えて反対した。
……たまに出てくるクロトの物騒な言動って、ソルさんに似たんだろうなぁ。
怪盗過激派の二人に掛ける言葉を私が持ち合わせているはずもなく、同じく押し黙ってしまったリュンナさんと顔を見合わせた。
ソルさんは赤橙の髪をさっと掻き上げ、どこからか手のひらサイズの紙片を取り出した。
ソル
ソル
クロト
今すぐにでも予告状を書きたいとでも言わんばかりにそわそわとした様子のソルさんに、ペンとインク壺を手渡しながらクロトがぽつりと零す。
クロト
クロト
ソル
ソル
ソル
クロト
クロト
……怪盗と泥棒の違いなんて、微々たるものだと思うんだけどな、なんてことばは胸の内に仕舞っておく。
怪盗としての様式美にこだわるクロトとソルさんの前でそんなことを言い出したら、一体どうなることやら。
ガタガタと体を震わせた私はしかし、先ほどの彼の言葉に引っ掛かりを覚えて、ものの数秒で予告状を書き終えたクロトの腕をつつく。
レミ
レミ
もしそうなのだとすれば、こちらの動向が筒抜けということになる。
盗聴器か何かでも仕掛けられたりしていた──もしくは、仕掛けられているのだろうか。
一体、いつからだ……?
私が眉を顰めていると、クロトが書き終えた予告状をソルさんに手渡しながら苦笑して答えた。
クロト
クロト
レミ
クロト
クロト
『世界警察』、『つい数時間前』……ああ、なるほど。
私があのお祭りの最中にぶつかってしまった人がやはり世界警察のお偉いさんで、あの時に仕掛けられたのだとすれば納得だ。
散々怪しい動きしてたしな……私。
クロトの言葉から推測するに、どうせ私の体のどこかにこちらの情報が筒抜けになる何かが仕掛けられてるのだろう。
そう考えた私は頭を振ったり、くるくるとその場で回ったりしてみたけれど……体に違和感は無いし、服から何かが落ちるといったこともない。
えぇ……一体どこに仕掛けられた……?
困った様子でせわしなく動き回る私を見かねてか、リュンナさんが己の耳を指し示す。
リュンナ
レミ
レミ
レミ
私の耳の裏側には、小指の爪くらいの大きさの、黒く丸い機械が付いていたようだった。
手のひらにのせて、まじまじと眺める。
……これは盗聴器、かな。
見たことはない形だけど、この世界に遠く離れた景色を投影する機械なんて無いから間違いないはずだ。
──それはそうと。
レミ
恐る恐るクロトに問うと、彼はじとっとした目をこちらに向ける。
クロト
クロト
クロト
レミ
とんでもないことになってるのかもしれないって怖くなったんだから。
……まあ、そうは言っても、本当に私が対処できない程の危険な何かだったとしたら、きちんとクロトが対処してくれていたとは思うから、私が油断してたのが悪いのだけれど。
反省点を列挙していけばきりがない。それさえしないのは怠慢だ。
だから──。
レミ
……うん。これから気をつけよう。今回はもう起きてしまったことだし、仕方ない。
そうして一つ一つ、できなかったことを解決していけば、きっと何か変わるはずだ。分かるはずだ。
きっときっときっときっときっときっと────。
クロト
レミ
クロトの方へと盗聴器を載せた手を差し出す。
彼は私の手のひらからひょいと盗聴器を摘み上げると、不適な笑みを浮かべて徐に口を開いた。
クロト
クロト
クロト
彼は盗聴器を無造作に足元へ落として、そのままぐりぐりと文字通り踏み躙る。
そうしてただの金属の破片となったそれを、飛行船の窓から外へと捨てた。
一連の流れを静かに眺めていたソルさんが肩を竦める。
ソル
ソル
ソル
リュンナ
辿々しかったリュンナさんの口調が、滑らかになった。
あ、と思う間もなく、彼らの背後に大きな門が出現する。
音もなく開いた門の先には、宇宙の色にも似た黒が広がっていた。
……ぼうっとしていれば、すぐに呑まれてしまいそうだ。
クロト
クロト
ソル
リュンナ
リュンナ
煽るクロトと受け流すソルさんに、平然と挨拶を口にするリュンナさん。
──それから、私は。
レミ
こうして、怪盗による怪盗の為の勝負。
その火蓋が、ここに切って落とされた。
???
???
???
ザーザーと耳障りな音ばかりが伝わってくるのを煩わしく思いながら、ボクは大きなため息を吐く。
その途端、周りの同僚が穏やかではない目をこちらに向けてくる。
私語は慎めと、つまりそういうことだろう。失敬失敬。
それにしてもと、ボクはマグカップの持ち手を指でなぞった。
???
つい先月開発されたばかりの盗聴器の呆気ない末路に思いを馳せる。
見つかれば壊されるとは分かっていたけれど、もう少し役に立ってくれると思っていたのに、予想外も良いところだ。
せーっかく、怪しそうな集団の中でポンコツそうな子を狙って付けたのになぁ。
失敗失敗。次……は、もう警戒されて仕掛けられないだろうけど。
???
大きく伸びをして、ボクは既に書き終えていた出張表を手にして立ち上がる。
いくらボクの耳が少しばかり優れているといっても、一人であの怪盗集団を相手にはできない。
かといって役に立たないのが大勢いても、それこそ彼らの『勝負』の観客にしかならないだろう。
???
一抹どころではない不安を抱えながら、ボクは卓上に放置していた通信機のボタンを押した。