『運命の番。』

初夏にしては涼しげな風がさわさわと吹き、木の葉が少し揺れる。

そんな珍しく爽やかな日に、僕は少し油断していたのかもしれない。

緩やかな心音が、突然速まって煩くなる。

何かを追いかけなきゃいけないような、とにかくこのままではいけないという焦燥感に駆られる。

20人近くいる大きな公園で。

ただひとり、目立って見えた。

あの時、さとみくんは何と言ったか。

この世に一人だけの運命の相手だなんてふわふわした話を、信じるような人だったろうか。

きっと違う。

この世に運命の番などいないと、きっと、彼は言っていた。

気がつけば、目の前には一人の男が立っていた。

知らない人のはずなのに、何故だか昔からの知り合いのような気分になる。

そして、不思議と目が離せない。

胸のざわつきは止まなくて、でも頭のどこかで警報が鳴り響いている。

引き返せ、と自分が言っている。

そう分かっていても、僕はその場を離れることが出来なかった。

少し、声を聞いただけで。

目が合っただけで。

それだけで、僕の心はその人に支配された。

駄目だ。引き返せ。

やめろ。

早く、引き返せ。早く、早く。

取り返しのつかなくなる前に。

今ならまだ間に合う。

早く、逃げるんだ。

この人から、早く…

頭ではそう思っても、足はその人について行く。

頭の片隅に、さとみくんがいる。

それでも、僕の足は迷うことなくその人を追いかける。

さとみくん。

礼央、さん。

…礼央。

ちがう、さとみくん。

礼央。礼央、礼央。

僕の運命のひと。

違う、そうじゃない、僕が愛してるのは、

愛し、てるのは、

礼央、？

違う、やめろ。

さとみくん。

礼央に愛されてる。

礼央だけが、僕の味方。

僕には、礼央だけ。

「ころ〜んw」

「ナイス！！ころん！！」

「ころちゃん飲んでなくない？うぉううぉうw」

「どしたのw」

「愛してる。」

あの人は、誰だったかな。

礼央。

礼央、僕の運命の人。離れたくない。

あの人の名前は、？

そんなことどうでもいい。礼央。

礼央、礼央。

さとみくんだ。

あの人が帰ったことによる、不安と喪失感。

さとみくん。

さとみくん、さとみくん。

大好きな人。僕の唯一。

でも、あの人は、本当の意味で唯一なんだ。

さとみくんは何に対して謝ったのか。

それが分からなくて、申し訳なくて、大好きで、ただ泣く事しか出来なかった。

ー数日後ー

待って、

まって、まって、お願い。

やめて、いやだ、

ちがう。

僕は、さとみくんとずっと一緒にいたくて、ずっとアホみたいに笑っていたい。

たしかに、今は変なこと考えちゃって楽しくは居られないかもしれないけど。

一緒にゲームして、失敗して、アホだなって笑うのもさとみくんがいいし。

酔ってだる絡みする相手は、僕じゃなきゃ嫌だし。

寝るときに隣にいて、頭撫でてくれるのも。

可愛いって言うのも。

全部、僕相手じゃなきゃいやだ。

ただ静かに隣にいてくれる、あの時間も好き。

僕が不機嫌でも、お構いなしに魔王みたいに笑うところも、好き。

ただ馬鹿にして笑ってると思ったら、ちゃんと優しくしてくれるところ、ずるくて大好き。

さとみくん。

ピーンポーン…

神様は、いじわるだ。

でも、

さとみくんは、もっといじわるだ。

ガチャっ

やだ、

僕は、さとみくんがいい。

礼央、礼央。

迎えに来てくれて嬉しい。

礼央。

ちがう、

礼央。ずっと一緒にいる。

今度こそ離れない。

礼央、

ガチャっ

あの日、あの時、さとみくんが言った通りだ。

この世には唯一の運命の相手が居る。

どうしても本能で惹かれ合ってしまう相手が。

でも、それに僅かに抵抗した、僕の本心。

「僕」の、本当の気持ち。

それが運命に勝ったなんて、まるで、僕たちの方が運命みたい。

少し固まって、ゆっくりこちらを振り返った。

その顔は無表情で、もしかして不機嫌にさせてしまっただろうかと一瞬焦ったけれど、

なんて、君が何てこと無いように笑い飛ばすから。

なんて、僕と同じようなことを馬鹿みたいに笑って言うから。

いま、こんなにも、さとみくんが愛しい。

Fin