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いや、最高すぎる…!!!
まじさいこう
ブクマ失礼します!
…仕事行きたくないな
目が覚めてまず思ったのがそれだった。
こんなこと普段は思うことないのに。
朝6時、きっと今日休みのいふ兄は寝てるだろうと思って静かにリビングまで降りる。
目を覚ますためにコーヒーを淹れてソファーに座った。
ここ最近は食欲も湧かず朝はコーヒーだけで済ませている。
今日は休みだから一日中寝ると宣言していたはずのいふ兄がリビングで僕と同じようにコーヒーを一杯淹れる。
いふ兄はカフェイン依存らしい。
常に片手にコーヒーを持ってる。
自分で聞いたくせに興味がなさそうなのはいつものことだ。
これから一日中働くと思うと頭が痛くなる。
つい顔を膝に埋めた。
僕は仕事に鬱だっていうのに、これから寝るなんてわざわざ報告してくる兄の顔にシュークリームをなげてやりたくなった。
そんな気力も湧かないけど。
悠長なことをやっている暇もない。
ここを6時半には出なければ仕事には間に合わない。
両足に力を入れてソファーに沈み込んだ体をゆっくり起こす。
いふ兄のツッコミにむかっとしながら立ち上がった瞬間、視界が黒いザワザワとしたもので覆われる感じがした。
お風呂にのぼせた時のような感覚がして耳の奥でキーンとハウリングするみたいな音が響く。
うわ、やば。気持ち悪、
つい立っていられず床に座り込んだ。
眩暈する、に対して仮にも医者がそんな反応でいいのか、とグラグラする頭の中でうっすらと思う。
目の奥がぐるぐる回って右も左もよくわからないままいふ兄に脇の下を支えられてソファーに横にされる。
足の下にはクッションが2つ置かれた。
勝手に下瞼を捲るとそう呟いたいふ兄。
横になっていても頭がクラクラするような体の芯が冷えるような気持ち悪さが消えなくて 目をぎゅっと瞑った。
そう言われた時、妙にホッとした自分がいた。
…何、僕仕事休みたかったの?
自分の情けなさに胸がキリッと痛む。
仕事を休むのも人から言われないとできないわけ?
休みたい。
でも今日休んだら明日も行けない気がする。
対して熱もないくせにこんなことで休むなんて社会人としていいんだろうか。
心の中で行きたくないと行かなきゃいけないが拮抗してイライラする。
相変わらずあっさりとしすぎているいふ兄。
なんだよ、冷たいな。
もう一回ぐらい言ってくれたら、僕も休もうと思ったのに。
自分でも女々しいと思った。
兄の言葉がないと仕事を休めないなんてところからおかしいし、こんなこと考えるような自分も気持ち悪い。
最後の声は込み上げてくる涙のせいなのかちょっと湿っぽくなってしまった。
でもきっといふ兄はこんな小さな変化にはきっと気づかないだろう。
横になって30分すると大分眩暈もおさまってくる。
ゆっくり立ち上がってみると少しいつもと違うような感じがしたけど普通に立てた。
もう本当は既に家を出なきゃいけない時間だ。
自分の部屋に戻ってとりあえず服を着替えていつもの通勤バッグを手に取った。
貧血の余韻か体が怠い。
なんとなく靄がかかったような頭の痛さがある。
下に降りるとまだソファーでスマホをいじるいふ兄がいた。
珍しく僕の出発をわざわざ待ってくれるあたり、いふ兄なりに心配してくれてるのかもしれない。
靴を履いてドアの取手を掴む。
行きたくないっ、
胸がザワザワする感じがして、落ち着かない感じがする。
頭の芯が冷えるように気持ちが悪い。
今までこんなことなかったのに。
2人の間に訪れる沈黙。
いき、たくない。
お腹の底からムズムズして、脳が本当にいくのかって自分に問いかけてる。
平気、って言ったんだから早く行かないとなのに。
いふ兄も待ってるんだから。
な、に聞いてるんだろう?
口から勝手に出た変な疑問。
いふ兄相手に。
そんなの自分で決めろって僕でも思う、のに。
恥ずかしくて頭が真っ白になる。
今日の僕はまともじゃなくて何かおかしい。
また泣きたくなるような衝動に駆られた。
いふ兄が何度も僕の名前を呼んでたことに気づいて口を閉じると、いふ兄のため息が聞こえた。
心がキュッとしまった感じになる。
やっぱり、こんなこといふ兄に言うんじゃなかった。
恥ずかしくて、情けなくて、消えてなくなりたい。
この場から一刻も早く逃げたくて立ち上がるといふ兄に手首を掴まれた。
恥ずかしくて情けなく震えた自分の手に視線を落とす。
痛いほどのど正論。
下を向いたら涙が出てきそうだった。
まだ返事もしてないのに、勝手にポケットからスマホを取り出して、僕の顔にスマホを向けたいふ兄。
顔認証でスマホが開く。
黒い画面に映った自分の顔がやけに白くて歪んでいた。
いふ兄がスマホを耳に当てる。
スピーカーじゃないのにちょっとだけコール音が漏れ出て聞こえてくる。
途中からは店長の声が聞き取れなくて緊張で嫌な汗が流れる。
ずっと見つめていたらいふ兄がそれに気づいてどうした、とでもいうように眉毛をピクッと上げた。
慌てて目を逸らしたけど。
実際には1分にも満たない電話だったけど、すごく長く感じる。
仕事を休めるんだと思ったら安心感からか一気にだるさが襲ってきた。
いふ兄に力を借りて立とうとしてもほとんど力が入らなくて抱えられるようになったままリビングに入る。
ソファーの上に座らされる。
最近暖かくなってきたリビングは適温なはずなのにやけに寒く感じる。
横になるとぶるりと体が震えた。
いふ兄がどこかに行って、1人ぼーっと考える。
なんで、なんでこんなに悲しいんだろう。
何がそんなに僕は嫌なのか、仕事は大好きだし職場の人もいい人。
忙しいけど充実してる、と思ったのに。
なんで、僕はこんなに弱いの?
なんで他の人ができることができないんだろう。
挙げ句の果てには休みの連絡も自分で入れられずにいふ兄にしてもらって。
僕はいふ兄に迷惑ばっかりかけて何がしたいの?
身体中にばっと鳥肌が立った。
や、ば、はく
喉から溢れた胃液臭いドロッとした液状のもの。
なんで、急にこんなッ
きも、ちわるい。
口の中に吐瀉物が溜まる。
苦いような酸っぱいような味が舌を刺激する。
その匂いやられてまた胃液が逆流してくる。
負の連鎖だ。
やば、いき、できなっ
息をしようと気道を開くほど嘔吐物がそこを下っていって息ができない。
くるし、や、え、耳に入るのは無情にも異常な自分の呼吸音。
たすけ、て、
霞んでくる視界の端にドアを開けるいふ兄が映った。
焦ったように手に持ったブランケットを落として走ってきたいふ兄にソファーに仰向けになってた体を横にされる。
重力に従って口からトロリとした液体が流れ出る。
くる、しい、息ができない、やっ、きもちわる、くるし、いふに、たすけ、
いふ兄に強く背中を叩かれながらとにかく咳を繰り返す。
胃液のせいなのか無理矢理する咳のせいなのか喉が焼けるように痛い。
咳き込んだ拍子に喉に詰まった吐瀉物が口から勝手に噴き出る。
手も服も汚くて、苦しくて、いふ兄にも申し訳なくて何が何だか分からない。
コポコポと口から流れ出た胃液。
いつまでこんなのが出続けるんだ。
苦しくてたまらない。
はやく、終われ!頼むから、
いき、って、どうやってしたら、いいんだっけ?
咳と嘔吐に阻まれながらする呼吸は苦しくてリズムを完全に失っている。
僕だってなんで謝ってるのか分からない。
いや、正確には謝りたいことが多すぎてどれに対して謝ってるのか分からない。
いふ兄の服も僕の吐瀉物でドロドロだし、そもそも自分でなんで体調管理ぐらいできないんだって話だし、今だって大人になって尚なんでこんなことで泣いてるんだって話だ。
あー、本当に情けない。
なんで僕ってこんなにダメなんだろう。
仕事にも迷惑かけていふ兄にも迷惑かけて。
ふと耳元に響いた兄の珍しく優しい声に顔をあげる。
いむ、なんて呼ばれたのはきっと小学生ぶりだ。
そこで初めて自分の頬が涙でびしょ濡れなことに気づいた。
いふ兄も少し困ったような顔をしてる。
そんな顔をしながらも優しく背中を叩き続けてくれた。
確かにいふ兄は起きてる物事8割ぐらい興味なさそうな顔してるし、勉強してないってテスト前に言って本当にしてないタイプだ。
なのにいふ兄のずるいところは適当にやっても人よりできること。
きっと効率がいいんだと思う。
僕が10割の力で頑張ったって6割のいふ兄に敵わないのは分かりきったことだ。
やっぱりいふ兄みたいになれたらよかったのになぁ、いふ兄は全力でやる方のがかっこいいなんていうけど、簡単にさらりとできちゃうほうがやっぱりかっこいい。
事実いふ兄は高校の時めちゃくちゃモテてたし。
新聞紙と雑巾とティッシュを持って手際よく掃除するいふ兄。
あっけらかんとした様子のいふ兄に呆気に取られる。
てっきり多少のお小言はあるものだと思ってたのに。
作業をしながら淡々と話すいふ兄。
この兄、面倒だとか言っておきながら割と心配性で優しい一面もある。
たぶんつづく