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自分の家に、生活に、全てにうんざりして、夜中にこっそり抜け出した。 行くあてもなく、フラフラと当たりが真っ暗な中、スマホも財布も何一つ持たない身軽な状態で。
夜は誰も自分を見ない。 見てくれはしない。 このくらい夜が、自分を包み隠してくれるようで、自分の存在を否定してくれるような気がして、
普段夜中に出歩かない分、なんだか特別な気分になった。
月明かりと、街灯のスポットライトに照らされ、なんだか踊りたくなってしまうほどには、心が高揚していたと思う。
その時に、自分は出会ってしまったのだ。 夜中月明かりに照らされた公園で、 両方で色の違う白と黒との髪をもつ青年が、周りに倒れる無数の人間を見つめていることに。月明かりに反射した白髪がキラキラと輝いて見えて、
蘇枋の視線に気がついたのか、体はそのままに目線だけこちらに向けたその横顔に、夕暮れ時を思い出す琥珀色の綺麗な瞳に。
こんな真夜中に、たった一人で、それはもう強くて暴れ回る一匹狼に。
桜
桜
蘇枋
桜
桜
ニヤリと、少年がイタズラをするかの様な笑顔で、目の前の男は笑った。それが冗談で言ったのか、本当のことなのかは、蘇枋には分からなかった。
蘇枋
桜
桜
そう言って、一言蘇枋に、すまん。と断りを入れてから、真っ黒いズボンの後ろポケットから、スマホを取りだし、慣れなさそうな手つきで操作をした後、スマホを耳にかざし、電話をしていた。相手に対する少し柔らかな口調から、なんとなく、仲がいいん相手なんだろうなと伺い取れた。
先程は、業務時間外だと彼は言っていた。 どんな仕事に就いているのか、 この場に倒れている彼らや、 この場に凛として立つ美しい男性のよく鍛えられた体つき、そして手にある豆の位置でよくわかった。
蘇枋
そう告げたあと、目の前にいる美しい男は、琥珀色の瞳と、黒曜石のような黒い瞳を見開かせ、びっくりしたような顔をした。でもそれは一瞬だけで、平常心を装った男は、話を続けた。
桜
蘇枋
蘇枋
桜
俺はそんなに上手く、物事を達観してみれねぇ。なんて、男は感心したような顔をした。こうして、真正面から褒められる事なんて久々で、思わず驚いたような顔をしてしまった。すぐに崩れた表情を戻すように、にっこりと笑って見せたが、警察官である彼は、目敏くも蘇枋の感情の変化を感じ取っただろう。
桜
桜
蘇枋
桜
桜
桜
蘇枋
夜風が冷たく吹いた頃、寒いなと一言男はこぼした。たしかに、寒いなと、言われてからやっと自覚した。
桜
思わず家から出てきてしまったから、 長袖ではあるものの、春になったばかりのこの季節には、少し肌寒い格好だった。 夜になるとさらに寒さが増す今には不適切な格好だったかもしれない。
上着くらい、着てきたら良かったかもしれない。自覚したらさらに寒く感じてきて、思わず腕を摩った。
桜
男は、少し頬を赤くして、自分が来ていた上着を脱いで蘇枋に差し出した。その顔は、ほんのりと赤くなっていた。なぜここで赤くなるんだとは思ったが、根はちゃんと優しいんだなと思った。
蘇枋
桜
蘇枋
桜
どこに心配をしない要素があるのだろうか。なんだか少しおかしくって、小さく笑ってしまった。まだ暖かな温もりが残っているであろう、黒く、蘇枋よりも少しだけ大きな上着が、魅力的に感じてしまって、言葉に甘えて借りることにした。
蘇枋
桜
上着に袖を通す。持ち主の温かさがまだ残っていて、ほっと小さく息を吐いた。 服からも、なんだかいい匂いがして、 心地いいとすら感じた。
蘇枋が上着をきたところを確認し、 いくぞ。と、男は歩き出していった。 初めて見たその姿は、1匹の狼の様だと思ったが、なんとなく、その容姿も、稀に見れる優しさも相まって、猫に似ているなとも思った。
さくさくと歩き出した男だったが、 蘇枋が着いてきているからを所々後ろを振り返って確認をしていた。 ぶっきらぼうで、愛想もない。けれど、優しさはとびきりにあった。 ただこの人は、不器用なんだろうなと思った。
彼の後を小走りで追いかけ、隣にならぶ。 後ろに続いたって、彼に蘇枋の家の場所は分からないのだから。
しばらく無言で歩き続けて、蘇枋がやっと口を開いた。 このまま会話もせず別れるのは、なんだかもったいないと思ってしまったから。
蘇枋
蘇枋
ただ隣を並んで歩いてくれる男は、蘇枋の言葉に、黙って耳を傾けた。続けを話すのを待ってくれているようだ。
蘇枋
蘇枋
あくまで、明るい口調で話した。 だって暗い話なんてするつもりはなかったから。
蘇枋
蘇枋
蘇枋
なんて軽口も付け加えれば、 真剣に話を聞いてくれていた男の頬に、みるみる熱が登っていくのが見ているだけでもわかった。
桜
蘇枋
桜
蘇枋
桜
あまりに、大人らしくない回答に目を見開いてしまった。きっと、多人数はこういうだろう。こういうことをしてないで、ちゃんと勉強をしなさい。いい子でいなさい。悪いことはしないで。
窮屈でたまらない言葉を並べるだけなのだ。少なくとも、蘇枋が知っている大人たちは、大概がそういう人間だった。
蘇枋
桜
桜
ま、夜中の外出は程々にしろよ。と、付け加えたように言われてしまったが、自分より少し大きな手が、蘇枋の頭にぽんと触れた。夜は少し冷えているのに、その手は暖かかった。
蘇枋
桜
蘇枋
はぁ?じゃあどういう意味だと、 意味がわからない、と彼は小さく首を傾げた。
蘇枋
蘇枋
クスクス笑ってやると、 少し不服そうに頬を膨らませていたが、これ以上突っ込むのもめんどくさいと思ったのか、彼が口を開くことはなかった。
自分の背よりずっと大きな街灯に照らされ、2人分の影が伸びている。 今は何時くらいなのだろう。家を出てから、体感1時間は経っただろうか。
この時間が、終わって欲しくないな。 今この瞬間、時間が止まってくれればいいのに。けれど歩む足は止まらないし、無情な事に、時間も止まってはくれない。
蘇枋
桜
蘇枋
蘇枋
そういえば、名前を名乗ってなかったなと、今更ながら名前を口にした。急に名前を口に出したからか、彼は、一瞬驚いた顔をしたあと、蘇枋に聞き直した。 もう一度零すような声で、名前を名乗った。 名前を知ってもらっていれば、名前を知れば、もう少し一緒にいられような気がしたから。
彼の名前を知らなくなってもいいから、 ただ自分のことを覚えておいて欲しいと、知ってて欲しいと思ってしまった。
名前も知らない、さっき会ったばかりの他人に、ここまで思ってしまうのは初めてだった。ここまで心を許してしまったのは、彼が初めて会ったタイプの人間だったからなのか、それとも一瞬の興味からなのか。
蘇枋
桜
桜
蘇枋
蘇枋
桜
桜
ほんとうに大変そうだと、心配気な顔を向けられ、こんな見え透いた嘘を本当に信じたのかと、こちらが驚いてしまった。 赤い隻眼を見開かせ、蘇枋は彼をじっと見る。
桜
蘇枋
桜
蘇枋
かぁっと顔全体を火照らせ、声を上げたところで蘇枋が静かにと人差し指を自身の口元に立てた。
こんな心が真っ直ぐで、純粋な大人がいるなんて、知らなかった。やっぱりこの人といると驚かされることばかりだと、蘇枋はクスリと笑った。 この笑みが、彼の失態を笑ったのだと勘違いしたのか、彼はすねた様に、蘇枋似合わせて歩いていた足を早めた。
蘇枋
あわてて蘇枋は彼に追いつこうと、 小走りでおいかけた。
桜
彼の小さなつぶやきは、蘇枋には聞こえなかった。
蘇枋
蘇枋
桜
蘇枋
本当に家はこの辺りで、ここまで来れば大丈夫だと彼に伝える。家の場所を極力教えたくはなかったし、何かあっても自分ならどうにでもできるという自信があった。けれど、本音を言えばもう少し一緒にいたかった。なんて口が裂けても言えないけれど。蘇枋の特別な夜のひと時が終わる時が来たのだ。
桜
蘇枋
桜
桜
桜
また、自分より少し大きな手で頭をぐしゃりと撫でられた。慣れてないのか、先程と同じように、少しおぼつかない手つきだったが、誰よりもずっと優しく暖かかった。
蘇枋
蘇枋
真っ直ぐすぎる彼の顔が、瞳が、今は見れなくて少し俯きがちに、思っていたことをつい、ポロリと口に出してしまった。
桜
桜
彼の目に、俺は小さな子供のようにでも見えているのだろうか。 迷子の子供を家へ送るように連れて帰り、よく頑張ったと頭を撫でてくれる。 早く大人になれるようにと言われてきた自分にとって、彼の行動が新鮮で、あまり理解できなかった。
どうして甘やかすようなことを言うのか、どうして夜中に出歩く自分を強く叱ってはくれないのか。
蘇枋
桜
桜
桜
息抜きも大事だと、先程彼は言ってくれた。この短時間で、蘇枋が彼をよくみていたように、また彼も、蘇枋をよくみていたのだろう。流石は警察官、とでも言うべきか。ちゃんと人のことを見ている。
蘇枋
桜
俺が子供らしい姿をみせられるのは、あなただけだから。そう口には出さずに、また会う約束を取り付けようとしたが、上手くは行かなかった。きっと彼は簡単に俺と会ってはくれないだろう
蘇枋の周りの人間も心配しているのだろう。自分の職業に、その美しい髪や瞳を。先程から、鬱陶しげに前髪をつまんでは払っていたから。まるで少しでも自分の姿を認識したくないとでも言うように。
蘇枋
蘇枋
これ以上話してもきっと無駄だろう。 彼は自分の意思は最後まで突き通すタイプだから。蘇枋はそう結論を出して、話をさっさと終わらせるように別れの挨拶をした。
名も知らぬ彼のことなど、さっさと忘れてしまえばいい。自分はただ、いつもどうりの日常に戻るだけ、どうせたった数時間一緒にいただけ。そう言い聞かせながら。
桜
桜
蘇枋がゆっくり歩みを進めると、彼はひらりと手を振ってくれた。
桜
桜
少し遠ざかる彼の姿。 その彼が、何かをボソリと呟いたあと、蘇枋に向かって少し大きな声を出した。 近所迷惑にはならない声量だった。
桜
名も知らない彼。もう会うことは無いだろう。そう思っていたのに、最後の最後で、気まぐれな野良猫は蘇枋に擦り寄ってきた。このまま、赤の他人として日常に戻ってくれれば、どれほど楽だったか。
蘇枋
それでも蘇枋は、わざわざその名前をぼそりと口に出し、その名前を覚えるよう、噛み締めながら自身の脳に刻んでいた。 彼の名前を忘れぬ様に。
桜
桜
歩みを止め、振り返り、じっと桜の姿を見つめていたからか、向こうから早く帰れとジェスチャーをされる。 それよりも、自分の名前を彼の口から呼んでくれたのが嬉しくて、少しだけ心が浮かれた。
蘇枋
自分にしては柔らかい声が出たと思う。なんだか口角も、いつもみたいに貼り付けたものではなく、自然に上がったものだった。彼に甘く返事をして、次こそ蘇枋は、名残惜しくも思いながら、一度も後ろを振り返らずに暗闇へと消える。
蘇枋の姿が見えなくなるまで、誰かの視線がずっと背中に突き刺さっていた。 それは何かに迫られるような恐怖を感じるものではなく、暖かく見守られているようなものだった。
蘇枋
桜遥さん。綺麗な彼の名前を、蘇枋はまた、小さく口に出して呼んだ。