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1 - 水泳選手

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2019年11月20日

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今井花香は、天才的な水泳選手だったが、膝を怪我したことから水泳をやめ、小さな島で山村留学生としてくらしている。

東京からコーチが迎えにきて以来、様子のおかしくなった花香学生、ある夜いなくなった。

「僕」は、プールで花香を見つけ、東京へ帰るのかと問いかけた。

花香がスタート台から降りてかがみこみ、指先を水につけた。

手首まで浸したところで、まるで熱湯に触れてしまったように慌てて手を引き抜く。

今井花香

無理よ

じゃあ、なんでここにきたんだ

今井花香

わからない

泳ぎたいんじゃないのか

のろのろと顔をあげる。

今にも泣き出しそうに顔が歪んでいた。

また水に手をつけ、今度はもう少し長くそうしていた。

水をかき回す手が歪んで見える。

立ち上がり、スタート台にたつと、裸足の爪先が台の先端をつかむようにきゅっと曲がった。

背中の筋肉が盛り上がり、今にも飛び込みそうに見える― だが、そこまでだった。

ため息をついてスタート台から降りると、右膝をかばうように手を添える。

体が萎み、肩が震えだした。

彼女の心の底に渦巻くものを、僕は必死で感じ取ろうとした。

膝は治っているはずだ。

何を考えたかは分からないけど、半年ブランクのあと、たった一回泳いだだけで投げだしてしまうのは、あまりにも情けなくないだろうか。

ふだんの強気な態度を考えれば、どうにも彼女らしくない。

花香はそのまましばらくじっとしていたが、突然背筋を伸ばし、助走をつけていきなりプールに飛び込んだ。

僕は、慌てて身を乗り出した。

服が邪魔になっているはずなのに、悠然とクロールで突き進みはじめる。

僕は水泳に関してはほとんど素人だけど、そのフォームが無駄なく綺麗なものであることぐらいは分かった。

(何だよ、やっぱり治ってるじゃないか)

プールサイドに回り込み、彼女と並んで走った。

五十メートル游ぎきった花香がスタート台に手をかける。

体を持ち上げようとして、手が滑り、背中から水に落ちた。

笑ってしまった

今井花香

何よ

花香が僕を睨みつける。

濡れた髪が額に張り付き、息が荒くなっている。

ちゃんと泳げるじゃないか

今井花香

違うの

今井花香

こんなの

今井花香

私の泳ぎじゃない

わかんねえな

何だよ、それ

今井花香

ただ泳ぐだけなら誰でもできるでしょう

今井花香

あんただって泳げるくらいなんだから

今井花香

でも、私の泳ぎは、そういうのとは違う

今井花香

分からないんでしょう、こんなこと言っても

いや

なんとなく分かった。

一流の選手は、みんなこんな感じなのだろう。

今井花香

勝つことの面白さが分かってきて、そのためなら何でも犠牲にしてもいいって思ってた

今井花香

でも、こんなんじゃどうしようもないのよ

今井花香

怪我してからはじめて水に入ったとき、全然違ったから

今井花香

ショックだった

今井花香

それまでは、泳ぐことなんて歩くのと同じだったのに、水が凄く重くて、全然前に進めなかった

それで泳ぐのをやめちゃったのか?

ずいぶん諦めが早いんだな

今井花香

半年泳がないだけだったのに、全部忘れてた…

今井花香

私、四歳の時から何年も泳いでたのよ

今井花香

一日何時間もね

今井花香

それでやっと突き抜けるような感覚が分かってきたのに

突きぬける?

今井花香

水の抵抗がなくなって、逆に卯城から水に押される感じ

今井花香

それが全部消えちゃって、泳いでも苦しいだけだった

今井花香

何年もかけてやっと体で覚えたのに

今井花香

それを取り戻せるかどうか…

今井花香

ずっと積み重ねてきたものを、あんな馬鹿な事故でなくしちゃったのよ

花香が燃え上がるような目つきで僕を睨んだ。

続く

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