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翌日。
学校に登校するといつもよりやけに騒がしかった。
「なぁ聞いたかよ。木下のやつ捕まったんだって」
「一ノ瀬さんのストーカーでしょ?」
「しかも盗撮までしてたらしいよ」
「うっわ、あいつ見た目通りのキモオタじゃんw」
「マジ捕まってよかったわ」
昨日の話がもうこんなに広まってるのか。
俺も詳しい話は知らないが、これから具体的な処分が決まっていくだろう。
「ってかさ、一ノ瀬さんを助けた人いるらしいよ?」
「キモオタからでしょ?」
「噂だと25歳くらいのバーテンダーだって」
「めっちゃカッコいいじゃん!」
「一ノ瀬さんにとってはヒーローだよな」
25歳くらいって。
俺まだ16歳なんだけどな。
ま、誰も当の人物がクラスの端っこで本を読んでいるような地味な奴だとは思わないだろう。
「おい、一ノ瀬さん来たぞ!」
「話すんのやめとけ!」
生徒たちが慌てて取り繕う。
空気などお構いなしに一ノ瀬は教室に入ってきた。
相変わらず異様なオーラを放ち、銀髪をたなびかせる。
「雫!!!」
すぐに駆け付けたのは須藤だった。
「聞いたよ昨日の話! 大丈夫なのか? どこか怪我とか……」
「大丈夫よ」
「そっか、ならよかった。いやぁすごく心配したよ! 雫に何かあったら、俺、どうしようかって……」
「話はそれだけ?」
「……え?」
腑抜けた声を上げる須藤。
一ノ瀬の距離を取るような発言に教室の空気が凍り付く。
「いや、俺はすごく雫のことを心配して……」
「心配してくれてありがとう。でも見ての通り平気だわ。ある人に助けてもらったし」
「そ、そっか。でもほんと……!」
「もういい?」
「えっと……う、うん」
須藤を交わし、靴音を鳴らしながら横を通り過ぎていく。
一ノ瀬は誰に対してもこうして寄せ付けない。
しかし、相手があの須藤だっただけにインパクトは絶大だった。
情けなく立ち尽くす須藤。
きっと須藤にとっても未知の体験だったに違いない。
話しかければ百人の内百人が好意的に返してくれるのが常なのだから。
やはり一ノ瀬雫という女の子は特別だ。
すごいなぁ、と他人事のようにボーっと思っていると、靴音がだんだん近づいてくる。
おかしい。一ノ瀬の席はドア側の最前列。
対して俺の席は窓側後方という、ほぼ間反対に位置している。
ロッカーに用事でもあるのかと思っていると、靴音はさらに大きくなっていった。
そして遂に音が止まる。……俺の席の前で。
「…………」
無言で一ノ瀬が俺を見下ろす。
「えっと……何か用?」
居心地が悪くなって声をかける。
「用と言えば、そうね。用があるわ。あなた、昨日何してた?」
「え、昨日?」
「そう。具体的に言えば放課後、夕方より少し前ね」
……明らかに勘繰られている。
でもどうしてだ? バレるはずがない。
実際あの時はバレていなかったのだから。
とにかく、ここはしらばっくれよう。
ここで一ノ瀬を助けたのが俺だとバレれば大事になるに違いない。
「家にいたけど」
「本当に?」
「嘘をつく理由がないだろ」
「……ま、それもそうね」
どうやら信じてもらえたらしい。
ほっとしていると、ふと周囲の視線が集まっていることに気が付いた。
「ねぇ、あれどういうこと?」
「一ノ瀬さんが男子生徒に話しかけてない?」
「そんなことこれまであったか⁉」
「しかも須藤くん振り切ってだよね?」
「あいつが須藤以上? ありえないだろ」
「ってか誰だよ」
「あんな奴クラスにいたっけ」
それもそうだ。
誰ともかかわろうとしない、須藤ですら寄せ付けない一ノ瀬が地味な男子生徒に話しかけているのだから。
でもこれで会話はおしまいだ。
これ以上話すことなんて何も……。
「ちょっと失礼」
「っ⁉」
一ノ瀬が俺の腕を取る。
持ち上げては、四方八方から観察し始めた。
「え、なにこれ?」
「うーん……なるほど。失礼するわね」
そして今度は顔を俺の顔に近づけ――クンクンと匂いを嗅いだ。
「な、何してんの⁉」
「匂いを嗅いでるだけよ。嫌だった?」
「普通に嫌でしょ」
「そ、そう……ごめんなさい。じゃあ代わりに私のも嗅ぐ?」
「嗅がないけど……」
なんでいきなり腕を触ったり、匂いを嗅いできたりしたんだろうか。
もしかして……いや、そうに違いない。
一ノ瀬は俺があの時の男だと疑っているのだ。
「なるほど、ね」
一ノ瀬が意味深に呟く。
「ほんとに昨日、家にいたのよね?」
そして念を押すように、もう一度聞いてきた。
間違いない。やはり俺は疑われている。
ならやることは一つだけだ。
「あぁ、そうだよ」
数秒目が合う。
満足したのか一ノ瀬は視線をそらすと、ふわりといい匂いを残して自席に戻っていった。
ほっと胸を撫でおろし、窓の外を眺める。
これで俺の容疑は晴れたはずだ。
でもなんで俺なんかが浮上したのか気になる。
だって一ノ瀬と話したことなんてもちろんないし。
ま、バレてないならいい。そう、バレてないなら。
しかし、そんな俺の安心とは裏腹に、あれから一ノ瀬は度々俺に揺さぶりをかけてくるようになった。
「ねぇ、どこに住んでるの? 学校の近く?」
「なんで教えないといけないんだ?」
「別にいいじゃない。クラスメイトなんだし」
「だったら一ノ瀬も教えてくれないとフェアじゃないよな」
「教えてもいいわよ? 学校から出て――」
「いやいいから! ほんとに!」
「……そう。ならしょうがないわね」
明らかに俺は怪しまれていた。
意味が分からない。こないだのあれで一体何がわかったというんだ。
そしてさらに、あの孤高の美少女である一ノ瀬がクラスでパッとしない俺に話しかけたことは一瞬にして学園内に広まり。
「おい見ろよ! あれが一ノ瀬さんの……」
「マジかよwあんな前髪長い陰キャが?wありえねぇだろw」
「須藤があいつに負けるわけないってw」
「金づるだと思われてんじゃね?w」
なかなかにひどい言われようである。
全く気にはしていないが。
「じゃ、俺はトイレ行くから」
一ノ瀬を振り切り、トイレに逃げ込む。
安全地帯についたところで、ほっと息を吐いた。
バレてない、よな?
♦ ♦ ♦
※一ノ瀬雫視点
トイレに消えていく彼を見送り、私も歩き出す。
未だに私の心は強く高鳴り、体は火照っていた。
まだ確証はない。
けど、やっぱり……。
「絶対に突き止めてやるわ。ふふっ、九条良介くじょうりょうすけくん」
♦ ♦ ♦
「……雫。雫、雫……」
「…………九条、良介」
「……チッ」
思いが交錯する中、事件は起こる……。