綺麗な人が横を通り過ぎたら、男は誰だってそっちの方を向くもの、そんなのはお決まりだ。
なのにあいつは、俺と目が合った。
「はぁ…」
ずびっ、と如何にも花粉症ですよと象徴している鼻水を啜る音。
控えめに言って最悪だ。春なんて、花粉なんて消えてしまえばいいんだ。
「大変そ」
隣から無責任な声がかけられる。なんだよ、そんなこと思っているなら買い出し一人で行ってくれよ。
そんなこと言ったって、「うわ、鼻声やば」とでも言われるんだろうから黙っておくことにした。
コンビニに到着して、必要なものを適当に籠に詰めていく。時折当たる彼の指は擽ったくて、ちょっと鼓動が早くなったけれど、スキンシップなんて彼は多い方。何十年もそんなやり取りを感じすぎて慣れてしまった。
「…こんだけ?」
「うん。」
会計を済ませて外へ出ると、夕暮れ特有の柔らかく、暖かい風が髪を撫でた。
隣にいる彼も心地良いらしく、ほんの少しだけ穏やかな顔をしていた。
「さっさと帰ろっか。」
「花粉すごいもんね。」
ゆっくりとそんな他愛もない話をして歩いていると、モデルかと疑ってしまうほどのオーラを放った女性が奥の方から歩いてきた。
わ、綺麗な人。こんな人、絶対キヨ君ガン見してんじゃん。
とくんと心臓が跳ねて、その勢いのままに彼の顔に目を向けると、合うはずのない目がばっちりあってしまった。
「な……え…?」
「…???」
お互いにぽかんと口を開けて道を塞いでいる。流石に邪魔だからそそくさと移動すると、壊れた電灯のようにぱちぱちと、俺の思考は断片的にしか処理できなくなっていた。
え…だって…絶対、見てるって思ったのに。この予想だけは自信しか無かったのに。
その瞬間しか、柔らかいお前の表情をバレずに見ることが出来ないのに。
「…キヨ君…なんで?」
「それは……こっちも聞きたいんですけど。」
この反応、二人とも故意でお互いに見てたってことになんじゃん。
少し嬉しいような、恥ずかしいような複雑な気持ちだ。
ぼーっと思考が停止していると、くいっと袖を引っ張られ、それにつられて足を運ぶ。
手に持っている袋の中身のアイスが、今の自分の体温を下げてくれているのかと思うほどに俺の体温は上昇していた。
そのまま、何も言葉を交わさずに何となく、気づいたら自宅に着いていた。
アイスを二人共手に取ってソファへと腰を掛ける。ちびちびと食していると、相手の方から声をかけてきた。
「…なんで俺の方、見てたの?」
「ぃや…」
誰がそんなもの素直に言うか。「お前の顔見たかったから。」なんて言ったらただの阿呆だ。
「…俺の顔、好き?」
「そっ……、は…?……そんなわけ無いじゃん。自分大好きスーパーマンも大概にしろよ。」
「冗談じゃん」
…今日は気が緩みすぎている。危機感がないというか何というか。思いっ切り動揺を隠せていなかったはず。
「…ね、やっぱ好きなんじゃないの?俺の顔。」
アイスを口に含みながら、やっぱりバレた、としみじみ感じる。冷たいながらも甘いアイスが更に甘く思えてきた。
「…お前…こそ、」
「ん?」
「お前こそ、俺の顔、好きなんじゃないの?」
まさか自分に振られるなんて思ってもみなかっただろう。顔がどんどん赤くなっていっているのが目に見えて分かる。
「…俺は…別に。」
「…ふーん」
またこちらに振られると困るのでアイスに目を落としてゆっくりと刺そうとすると、ぼそりと静かに彼の声が聞こえた。
「…顔だけじゃ………」
「…え………。」
ざっっく。
いつもの俺では考えられないアイスの取り方の音に、彼は独り言が聴かれていたと悟ったような目を見せた。
「いや…あの…俺は何も聞いてないから」
「それ、聞いてる人しか言わない台詞なんだよ。」
墓穴掘りましたね。私レトルト、今日はとことんついてませんね。
「ん…もういいよ。言うから。」
俺が完全なる、キヨ君から見ても可哀想な失敗を犯してしまったので、肩をがっくりと落として淡々と話し始めてくれた。
こればっかりは俺も申し訳ないとは思った。
「…ありがと。」
「はぁ……………。……俺、レトさんのことが好きです。…勿論、恋愛的な意味で。」
…けど……何だろう、この違和感。
「顔見てたのは…レトさん、助平だし綺麗な女の人好きだろうからその隙を突いちゃえって思って……見て…しまいました…。」
なんていうか、その、クラスのあの子に言われたら良いなって
いつか言われたら俺、どうなるんやろうって考えてた
「まぁ…返事は別にいらないし…俺が虚しくなるだけだから。俺はレトさんのことが好き、ただそれだけだよ。」
あの感じ。
だけど、気づいてしまった頃にはもう遅かった。
「…あのー…レトルトさん……。何故…顔を伏せてらっしゃるのでしょうか…?」
とっさに顔を隠した途端、泣きそうな声で心配する言葉が告げられる。
顔は火照って、目も今じゃ合わせられないだろう。何年ぶりだろう、こんなまっすぐな告白。
しかも、思い人から。
「……俺も…キヨ君と全く同じ…理由…。」
顔を上げてその顔を見ようと思ったが、他の意思でぐいっと顔を上げさせられた。
「き…」
「…何その顔。鼻水と涙…やばいじゃん。」
俺の表情を見て、彼はさっきの外の時よりもずっと幸せそうな、笑顔に溢れたにやけ顔をした。
けど、この鼻水たちは、お前の言葉でじゃない。断じて違う……はず。これはきっと
「……花粉のせいだから」
end.
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コメント
4件
最高すぎて私も鼻水ずるずるしちゃいます....これは花粉のせいじゃなくてこーたろーさんのせいです、!!
最高でぇぁす!!!! ありがとうありがとう、、、尊死