突然の不穏な言葉に、ウィルとミアの背筋がピンと伸びた。
そろりと振り返った二人は、ともにイチルを見なかったことにして、そっと視線をそらし、ピュ~と口笛を吹いた。
「あ~らあらミアちゃん、随分と景気が良さそうなお顔しちゃって。にしてもなんですねぇ、全然お客様がいらっしゃらないけど、何があったのかしらぁ?」
回りくどいイチルの質問にダラダラ冷や汗を流し「何のことでしょうか」と誤魔化すミアは、早く片付けをしなきゃと焼き場の整理を始めた。眼光鋭く睨みを利かしたイチルは、続いて素知らぬ顔を決め込んだウィルに近付き、口笛吹き吹き質問した。
「さてウィル君。分身ギミックと一括制御に、もう目処は立ったのかなぁ? まさかとは思うけど、まだな~んにもできてない、なんて言わないよねぇ?」
隣で不思議そうな顔をするエミーネを残し、ミアと同じように「アハハ」と空笑いで誤魔化したウィルも、滝のような汗を流しながら片付けを始めた。
並び並んで背中を向けた二人の首根っこをイチルが掴んだ。
強引に腕を回し「当然仕事は進んでるんですよね?」と声のトーンを落として質問した。
しかし二人は顔をそらすばかりで、一切返事をしようとしなかった。
「あの……、失礼ですが、アナタは?」
場の空気を読み、黙りこくる二人に変わってエミーネが質問した。
なるほど、この人が王立魔術院の学者様かと握手を求めたイチルは、訝しげに応じた彼女の手をギュッと握り、不気味に微笑んだ。
「私はここの管理者と言えば伝わりましょうか。そちらのバカから聞いているでしょうし、詳しい説明は省かせていただきますが」
エミーネの手の甲にわざとらしくキスし挨拶を終えると、それはそれとして、ミアとウィルの首根っこをむんずと掴んだイチルは、エミーネの前で二人を正座させた。
「この優男は、す~ぐ仕事をサボり本来の目的を忘れてしまう。そしてこちらのメイドも、す~ぐ目の前の現象に追われ、すべき仕事がわからなくなる。キミたち、自分が任された本来の仕事を、ちゃ~んと覚えているんだろうね?」
いよいよ観念した二人が「ははぁ~」と頭を垂れた。
やっぱりそんな扱いなのねと顔を押さえて首を振るエミーネは、難しいことはわからないけれどと、イチルに話を振った。
「アナタが犬男さんね、ウィルから話は聞いてるわ。酷い酷いと聞いていたからどんな人かと思っていたけれど、思ったより普通で良かったわ」
「それはそれは。こちらこそ貴女様に一度お目にかかりたいと思っておりました。メドリードル王立魔術院の学術教授、エミーネ・ミクロステイ殿」
「え、どうして私の名を?」
「そんなことどうでもよろしいじゃありませんか。それはそうと、エミーネ殿はこれからどちらに?」
「一度学院へ戻るつもりですが……。それが何か?」
「よろしければ、もう少々我々にお付き合いいただけないですか。残念なことに、我々常に人手が足りておりませんで。もちろん謝礼はお支払いします。いかがでしょう?」
ウィルがエミーネに『ヤメロ』と目で訴えたが、イチルはこれまでの流れの中で、エミーネという人物がどんな性格かを心得ていた。
挑戦的な態度を取る相手に対し、エミーネは確実に食いつき、そしてマウントを取ろうとする。よって答えはこうである――
「いいわよ、面白そうだしのってあげる。ただ最初に断っておくけど、アナタもウィルのようにとぼけた態度なら、すぐに改めさせてもらうから」
ウンウンと笑顔で頷いたイチルは、ならば早速参りましょうと集合をかけた。
喧しい子供たちにも声を掛け、全員がなんだなんだと騒ぎ立てる中、すぐに嫌な予感を察知したミアとウィルは、冷や汗を隠すことができず、とばっちりを受けないように端っこで素知らぬフリをしていた。
「では皆さん、お隣のお友達とお手々を繋いでいただきまして。よろしいですか、それでは参りますよ?」
全員が一つに繋がった瞬間を見計らい、イチルは一瞬にして全員を縮小で小さくし、空の彼方へと投げ飛ばした。
悲鳴とともに天高く飛んでいった一行は、為す術もなく《とある場所》へと移動を開始した。
「まずは第一段階終了と。ったく時間が足りねぇ、さっさと次へ行かねぇと」
施設の影に隠れていたクリフドラゴンを指笛で呼び寄せたイチルは、息も絶え絶えな竜に跨り、そら行けと尻を叩いた。
涙ながらに舞い上がった竜は、渋々また東の空へと飛んでいくのであった。
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