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三月の終わりだというのに寒く、雪まで降ってきていた。


塩野のアパートを黙って飛び出してから、早くも2ヶ月近く経とうとしていた。


はじめの頃こそ、鬼のように掛かってきた着信も収まり、メールもLINEも最近はほとんど送られてこない。

心配した大学へも姿を見せることはなかった。


「あっさりしたもんだな」

これが陽菜の感想だった。

そうだ。塩野みたいなタイプは、いくらでも馬鹿な女は寄ってくる。

わざわざ、何の取り柄もない、美人でもない、警察の人間を身内にもつ自分なんかじゃなくてもいいのだ。


社宅は心なしかいつもより静まり返っている気がした。

もちろん兄もいない。


兄は先週内示が出て、鑑識課に異動になったらしい。

まあ刑事課を離れたといっても、警察の人間に変わりはないが。


何とはなしに陽菜はテレビを付けた。


「今、正面玄関より捜査員らが続々と出てきます」地元のアナウンサーが、真剣な顔でテレビに写っている。

「午後6時から始まった岡崎組の一斉捜索で、一体何が押収されたのでしょうか、建物からは無数のダンボールが運び出されています」


大きなビルの入口から、捜査車両までブルーシートに覆われているが、出入りしている人間が箱を持っているらしいことはかろうじてわかった。

岡崎組の一斉捜索。

いわゆるガサ入れだった。



思わず立ち上がり、携帯電話で兄にかける。

「陽菜か。どうした」


時刻は午前二時。寝起きの声ではない。

「今、ニュースを見てて―――お兄ちゃんは、もう刑事課じゃないから、行ってないんだよね?」

携帯を持つ手が震えている。


「それが、今回は俺たちも応援で駆り出されているんだ。ちょっと取り込んでるからまた連絡する」


そんな――――


兄は、そしてきっと塩野も今、この画面の先にいる。


だがテレビは中継からスタジオに切り替わった後、番組が終了してしまった。


体が勝手に動いていた。塩野のアパートに向かって走っていた。


彼が帰ってきたのは明け方になってからだった。


ひどく乱れた格好とは裏腹に、目だけギラギラさせた彼は、ひどく疲れて見えた。

「よくノコノコ来れたな」

言いながら何が入っているのかわからない黒い鞄を投げ捨てる。


「やられた。松が岬署のやつらめ、ずっと大人しくしてたと思ったら、帳簿、拳銃、ヤクが事務所に全部揃っている時期を見て、乗り込んできやがった。主要幹部は全員連れて行かれた。くそ!」


「ねえ、あなたは大丈夫だったの?」

「触んな!!!」


頭に触れようとした手を払いのけ、射抜くような目で睨まれる。


「俺の質問に正直に答えろ。情報を流したのは、お前か?警察サイドと繋がっていたのか?」


「何言ってるの?」


「今すぐ携帯見せろ」言いながら、バッグを引ったくり中から携帯をふんだくると、チェックし始めた。


「ねえ、何のこと?私、何も―――」

「ほらみろ」


通話履歴を見せる。そこには二階堂昌嗣と表示されていた。


「お前、松が岬署の二階堂の妹なんだな」

陽菜は後ずさる。


「違――――」

「何が違うんだ!!」


ギラギラした塩野の目が憎しみに満ちている。

「俺はこの耳で聞いたんだ。電話している二階堂の口が確かに『陽菜か』って言ったのを」


先程の電話を聞かれていたということか。

しまった。

十分にその可能性は考えられたのに。


「よく考えれば、二階堂ってめずらしい苗字だよな。

でも似ても似つかない、齢も離れたお前たちのことを見てもピンとこなかったぜ」


「信じて。

私はお兄ちゃんに何も言ってない!

お兄ちゃんも私に何も聞いてない!

そもそもお兄ちゃんはもう鑑識課に異動になっているの。

情報を手に入れてもなければ漏らしてもない!

信じて!」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、うるっせーんだよ!」

塩野が殴った壁に大きな穴が開く。


「俺が信じようが信じまいが、関係ない。

二階堂と手下の成瀬といえば、組では有名なんだ。

それが同棲までしていた彼女の兄だなんて。

このことが知れたら俺はおしまいだ。

俺だけじゃない。お前もクソ兄貴もおしまいだ。全員、岡崎組に殺される」

「そんな―――」

「全部・・・」

塩野の手が、胸元を掴んで陽菜を吊り上げる。


「お前のせいだ!!」


「なぁ、陽菜」


散々陽菜をサンドバッグのごとく殴り、蹴り、犯した後、服も着ずに塩野が天井を見ながらつぶやいた。


「一緒に逃げてくれ。もう俺たちが助かる道はそれしかない」


逃げる?一緒に?


陽菜は自分のボロボロになった体を見た。

服は破れ、鼻血で汚れ、体中が痛い。


塩野と逃げる?

岡崎組に命を狙われ、警察に追われながら?


兄の顔が浮かぶ。


一見軽くて適当だが、根は真面目で優しくて面倒見が良くて――――昔から大好きだったお兄ちゃん。


「わかった。準備するから、先にシャワー浴びてきて」


「くそ。まるで悪夢でも見ているようだ」


陽菜を痛め付けたことなど、もう忘れている。

だるそうに立ち上がると、シャワールームに歩いていった。


蛇口をひねる音が聞こえてきてから、陽菜は静かに動き出した。


明るくなってきた街をどこをどう逃げたかはわからない。


兄に電話をしてみたが、今度は出ない。


体から力が抜ける。


「電話してどうするの」


どうせ、塩野からは逃げられない。


きっと岡崎組も追ってくるだろうし、警察に相談したとしても兄に迷惑がかかる。


どの道を選ぼうが、誰かの不幸にしか繋がらない。


それならいっそのこと―――。


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