テラーノベル
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約束の日の午前、部屋のインターホンが鳴り響いた。
「お邪魔しまーす」
玄関のドアが開くと同時に、元貴は待ちきれないといった様子で廊下を駆け抜けていった。
「りょーちゃんきた!」
弾むような足取りで出迎えに行く元貴。その背中を、若井はポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと後ろからついていく。元貴の見たこともないはしゃぎ様に、胸の奥が不快な熱を帯びていくのを抑えられなかった。藤澤は、元貴の姿を視界に収めると、目元を柔らかく崩す。
「久しぶり元貴。若井も」
「久しぶり! 来てくれてありがと」
「こっちこそだよ。呼んでくれてありがとね」
藤澤は手にしていた少し角張った袋を床に置いたあと、靴を脱ぎながら、拙いながらも手を動かして元貴に挨拶を返した。その動きに、若井の眉がぴくりと跳ねる。
「…手話、覚えたんだ」
思わず口から漏れた若井の問いかけは、自分でもわかるほど少し低く、硬かった。藤澤は靴を揃えながら笑顔で顔を上げる。
「ちょっとだけどね。まだ下手っぴだよ」
「練習中だもんね〜」
元貴が嬉しそうに横から手話を挟み、藤澤の顔を見上げる。藤澤はそんな元貴を見ながら、おどけたように肩をすくめた。
「……立ち話もなんだし、中入りなよ」
若井はいつものトーンを装いながらリビングへ促したが、その視線は一度も藤澤の目と交わることはなかった。
「ありがと。お邪魔しまーす」
若井は藤澤の持っている少し大きな袋に目を止めた。中身が箱なのか、底が角張っている。
「なんかさ、荷物多くない?大学帰り?」
「……ちょっとサークルの集まりがあって」
「あー」
藤澤がチラリと元貴に目配せしたのには気づかないまま、若井は部屋のドアを開けた。
「座って」と促すと、藤澤は「ありがとう」と柔らかく微笑み、ソファーへと腰を下ろした。
落ち着かない気持ちを紛らわせるように、若井はキッチンへ向かう。
「元貴、ちょっと手伝って」
「ん」
元貴は素直に立ち上がり、若井の後ろをついてきた。二人で並んでお茶を淹れ、スーパーで買ってきたお菓子をカゴへ綺麗に盛り付けていく。いつもの二人なら無言でも息の合う作業だったが、今の若井の手元はどこかぎこちない。一方で、元貴はこれから始まる時間にワクワクしているのか、口角がむにっと上がっている。
お茶とお菓子をトレーに乗せ、リビングへ戻る。若井はそれをローテーブルの上に置くと、そのまま絨毯の上へ直接座り込んだ。続いてキッチンから戻ってきた元貴も、若井の隣にちょこんと腰を下ろす。 二人揃って床に座ったのを見て、ソファーにいた藤澤は少し考えるように見つめたあと、ソファーから滑り降りるように床へ移動した。
「お菓子ありがと。気遣わなくていいのに」
「いや全然…」
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白猫
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#mtp
ひより
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#若井滉斗
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若井は濁した返事をしながら、冷たいお茶の入ったコップを差し出す。 藤澤はお礼を言うと、ポケットからスマートフォンを取り出した。画面を数回タップし、見覚えのある音声認識アプリを起動すると、それを三人の中心になるようテーブルの上にそっと置いた。
「まだ若井みたいに上手く手話出来ないから、これ使わせてもらうね」
画面の中で、藤澤の発した「まだ若井みたいに……」という言葉が、リアルタイムで正確なテキストへと変換されていく。
「あぁ、うん…」
また、ぎこちなく頷く若井の喉の奥が、引きつるように鳴った。 若井の複雑な胸中など露知らず、元貴は二人の間に挟まれる形で座り、交互に二人の表情を楽しそうに眺めていた。元貴の瞳には、大好きな二人と一緒に居られることへの無邪気な安心感だけが満ちていた。
テーブルの中央で、スマートフォンの画面が淡い光を放っている。藤澤が発した言葉が、次々と文字に変換されてスクロールしていく。
「元貴、最近一人で買い物も行けるようになったんだよね。すごいね」
藤澤が元貴の肩を軽く叩くと、元貴は照れくさそうに顔を赤らめ、チラリと若井の方を見た。
「若井のために、がんばったの」
そう言う元貴の瞳は、純粋な愛情に満ちていた。けれど、その純粋さこそが、今の若井にとってはあまりにも重い。
「涼ちゃんのアドバイス、ちゃんと実践してるよ!」
ふと、何気なく紡がれた元貴の言葉が、若井の鼓膜を不快に揺らした。無邪気なその表情とは対照的に、若井の心は泥沼の底へズブズブと暗く沈んでいく。
(あぁ、やっぱりそうだったんだ)
胸の中で芽生えていた嫌な予感が、確信へと変わった。
元貴の本心からではなく、藤澤のアドバイス――いや、命令で動いていたのだ。自分のために作ったと言っていたあの料理も、一人で行ったという買い物も、全て背後に藤澤がいたのだと思うと、吐き気がした。
「へぇ……」
若井の瞳から一瞬で光が消える。
そのあからさまな表情の変化と凍りついた空気に、藤澤の顔が微かに強張った。自身の誘導が裏目に出たことを察したのか、慌ててフォローを入れるように口を開く。
「若井のために、元貴が自分で決めたんだよね。自分のことは自分でやろうって」
アプリの画面に、焦りを含んだ音声が次々と文字化されていく。
「うん! 偉いでしょー」
元貴は二人の間に流れる雰囲気に気づかず、褒めてもらいたそうに胸を張って、無邪気な笑みを浮かべていた。若井の耳には、もはや二人の言葉は届いていなかった。頭の中が怒りと嫉妬で黒く塗りつぶされていく。
「…俺、ちょっとトイレ行ってくる」
若井は掠れた小声でそう呟くと、膝を突くようにして勢いよく立ち上がった。
目の前で嬉しそうに笑う元貴の笑顔が、どうしようもなく痛かった。
自分といる時の元貴が、あんなに楽しそうに笑ったことはあったか。
悔しさと悲しさで視界が滲む。
自分がこれまでやってきたことは無駄だったのだろうか。
パニックを起こして泣き叫ぶ元貴を、夜通し抱きしめて宥めた夜が何十夜あっただろうか。一人で夜中どこかへフラフラと歩き出した元貴を探し回った日。生きることへの執着を無くして、命を絶とうとした元貴を止めた日。
何もかも背負ってきたつもりだった。
元貴の苦しさも悲しさも全部受け止めているつもりだった。
元貴の「生きるための理由」そのものになれるよう、自分の時間も、自身の人生すらも後回しにして捧げてきた。
それなのに。
藤澤の軽い一言で、元貴はあっさりと外へ足を踏み出した。
自分がどれほどの思いで元貴と向き合ってきたかなど、何も知らないやつの言葉に乗せられて。
胸の奥で、グシャッと何かが崩れる。
自分が注ぎ込んできた膨大な時間と苦労、元貴のために血を流す思いで差し出してきた犠牲の全てが、まるで取るに足らないお節介だったと突きつけられたような錯覚。
俺がいたから、一人にならずに済んだんだろ。
俺がいたから、お前は今そこで笑えているんじゃないの。
お前と生きたいから、おれは
元貴は、これまでのことをすっかり忘れたかのように、「自分でできたよ」「涼ちゃんのおかげだよ」とでも言いたげな顔で笑っている。
拳の中では爪が皮膚を突き破らんばかりに食い込み、微かな痛みが走る。けれど、胸を支配するドロドロとした暗い感情の渦に比べれば、そんな痛みなど蚊が刺した程度でしかなかった。
思考がグルグルと駆け巡り、逃げ場のない暗闇へと彼を引きづり込んでいく。
難しいことではない。
ただ、元貴が未知の場所へ踏み出すとき、
隣にいるのが自分であって欲しいだけだった
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ついにフォロワー様400人突破しました!!!
いつも読んでくださり本当に本当にありがとうございます!!
コメントやいいね、フォローの通知が届く度に口角がつり上がっております!!
本当に嬉しいです!!!
アイデアはあるのに文章化できていない話がたくさんあるので、今後コツコツ投稿していきたいなと思っています!
本当にいつもありがとうございます!!
これからもどうぞよろしくお願いします!!
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【お知らせ】
このお話、実はじわじわと最終話に近づいております。
最終話を投稿するその前に!!
大森・若井の 出会いの話を短編集に投稿 し始めようと思います!
(リクエストありがとうございます…!)
「死にたい君に、依存する。」とは並行して投稿していこうと思います。
そこそこ長いお話になると思うので、読みに来てくださると嬉しいです!🎶
コメント
18件
更新ありがとうございます!!若井さんの依存がめちゃ出てて好きです(泣)
更新ありがとございます!これからひろぱがこのまま依存から離れて行くのか、それとももっくんが依存するように頑張るのか、楽しみです!何だか、もっくんはこれから涼ちゃんに依存しそうな…。一緒に居たからこそ、ぱっとでの涼ちゃんに対して嫌な気持ちになるのは、とても共感しました!私の中でもっくんが、ひろぱのためにした事=ひろぱにとって嫌な行動という公式が出来上がってます。続きが楽しみです!
更新多くて嬉しいです‼️ もちろん見に来ました♪ もう最高ですね…!! 若井さんの重いところっていうか、執着心がすっごくしっかり出てきてて…!!涼ちゃんのせいで(おかげで?)だんだん若井さんが落ちていっているのが、もう続きが楽しみすぎて仕方がないです‼️ 元貴さんも、完全に普通になったわけではないはず…元貴さんの闇っぽい部分も、これから出てくるのかなぁ。楽しみです😊 出会った部分も、ずーっと気になってたので楽しみすぎます‼️ 長文失礼しました〜、本当ひよりさんの話好きすぎます!続きすごく楽しみにしてます‼️