なんで手が動かないんだろう。
前なら無限溢れてきたカラフルなアイディアが、僕だけのあの暖かい世界が壊れていく。
全部どこかで聞いたことがあるんだ。
もう自分が分からないよ。なにを感じているんだろう。なにを思っているんだろう。
いつのまにか手首を引っ掻いていたことに気付く。血が伝っていた。
「あーあ」
白いキーボードが赤く染った。ティッシュで止血する。今日はついに何も書けなかった。始めてだ。
音楽がなくちゃ僕にはもう何も無いのに。
死にたいと思う。
ずっとそうだった。
そんな僕に寄り添ってくれていた音楽が、もう壊れていっている。
カーテンの隙間から漏れる白い光で目を覚ます。いつのまにか寝ていたんだ。時計をみるともう8時を回っていた。9時からレコーディング。適当に支度を済ませて、薬だけ飲んで家を出る。頭が痛い。
今日もスタジオには一番乗りだった。当たり前だろ。曲もかけなくなったボーカルが、遅刻することなんてできない。
やっぱりちょっと気分が悪い。声出しをしていたら目眩が酷くて座りこんでしまった。
「元貴、おはよ」
若井の声がした。
「おはよ」
「気分大丈夫?なんか顔色悪いよ」
若井はいつも僕の体調を気にしてくれる。
発作を見たことがあるから。
「うん、大丈夫だよ」
今はそんな場合じゃないんだ。
今日レコーディングする曲はPart of Me。
僕はこの曲が好きだった。
こんな風になる前に書いた最後の曲。
だから最高のレコーディングにしたかった。
「ふたりともはや!おはよー!」
涼ちゃんだ。いつも笑顔だな。
マネージャーも、サポートメンバーの2人も、スタッフも到着して、レコーディングが始まる。
「元貴くん。今日声小さめだね。ここは山場だけど、そのイメージでいく?」
スタッフさんがいう。
「あ、いえ。もっと感情を込めたいです。」
だめだろ。こんなんじゃ。もっとできるだろ。昔の方が良かったじゃん。死ねよ。自分。死ねよ。
目眩が酷い。部屋がぐるぐる回ってるみたいで、両手で顔を隠す。「元貴くん。ー」「元貴、大丈夫?」
遠くで聴こえる。僕は大丈夫。それよりも。ー
床に叩き付けられた。椅子から落ちたの?
だんだん意識が遠のいていく。あの感覚。嫌だ。やめて。
スタッフさんの声が聞こえて振り返ったら元貴が顔を隠して丸まっていた。
「元貴、大丈夫?」涼ちゃんが駆け寄る。
あの時と一緒だ。椅子から落ちて。ー
そして発作が起こる。ー
「元貴!!」
涼ちゃんが泣いている。気を失った元貴は痙攣しはじめる。息が出来ないんだ。閉じた両目から涙が流れてる。空いた口から血の混じった唾液が垂れてる。
時間。ー! 体が勝手に動いてタイマーをオンにした。元貴がもしものためにと僕に教えたこと。5分を超えたら救急車を呼んで。
「元貴、大丈夫だよ。すぐに収まるからね。」
僕は元貴に声をかけ続ける。苦しそうに漏れる息。痙攣は止まらない。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫。ーー」
痙攣がゆっくりと収まった。
タイマーをみた。5分27秒。「救急車を呼んで。」自分から出た声驚く程に冷静だった。
元貴が目を開けた。すぐに息が荒くなる。僕はゆっくり元貴を抱き起こした。気管に唾液が詰まって窒息するから。元貴は過呼吸になっていた。震えながら、全身で息を吸い込む。「ひ、ひろと。い、痛い」荒い呼吸の中で絞り出す。
「元貴、ちゃんと吸えてるからね。落ち着いて、大丈夫だよ。」
数分たってようやく呼吸が戻ってきた。そのうち僕に支えられたまま 元貴は眠り込んでしまった。
コメント
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こういうシチュ大好きです🫠