ノキマルに案内させ、ヤマヒメとヒルデガルドは寝ぼけたイルネスも連れて現場へ急いだ。やってきた山の中腹あたりで、彼女たちは凄惨さを物語る荒れ具合に言葉を失う。護衛だった三人の鬼人は背後から奇襲を受けたのか、無抵抗で背中から何かで殴りつけられたように圧し折られ、千切れかかった身体が横たわっている。
フヅキの痕跡はなく、連れ去られたというのが分かり、ヒルデガルドは黙祷を捧げてから追跡魔法を使う。
「妖力を追うなど初めてのことだから、上手くいくといいが」
ふわりと煙のように漂った魔力が、どこか遠くへ伸びていく。
「……ふむ、案外出来るものだな。よし、では──」
「悪いが、ちんたらしてる暇はねえ」
小脇にヒルデガルドを抱え、背中にイルネスをしがみつかせたイルネスは「急がねえとフヅキもどうなるか分からねえからよ」と、腰を低く、一気に駆け抜ける態勢に入ってから、ノキマルへ視線を向けて──。
「万が一に襲撃を受けないとも限らねえ、てめえは都の警備連中に報告、念のため全域に厳戒態勢を敷いておけ。こっから先はわちきらだけで十分だ」
「は、承知致しました。ご武運を、主君様!」
地面が揺れるほどの勢いで一気に駆け出す。ヒルデガルドの魔力を追いかけ、風を突き破るような速さでリュウシンの居場所を目指した。
「は、速すぎるじゃろ! 振り落とされる~~~っ!!」
「黙ってろ、舌ぁ噛むぞ! 一刻を争うんだよ!」
涙目のイルネスが、必死にしがみつく。ヒルデガルドはしれっと自分だけ結界を張って衝撃を緩めているのを黙っていた。
やがて辿り着いた先は、ハジロ山という大きな岩山で、頂上はかつてヤマヒメが修行場に使っていたため、とても広い土俵のようになっていると彼女は言った。
「土俵というのはなんだ、ヤマヒメ?」
うーん、と彼女は苦笑いを浮かべた。
「スモウっつう、人間共の力の競い合いがあってよ。決められた範囲の外から出ちまったり、転んじまったら終わりってなもんで、わちきもやってみたくて尖った岩山のてっぺんぶっ飛ばして作ったんだが、誰も相手にしてくんなくてよう」
当然だろう、と乾いた笑いが出そうになるのを堪える。ヤマヒメは他の鬼人たちにとって主君でもあり、いわば神の領域に至った魔物だ。他の誰が彼女に勝てるというのか。恐れ多くて誰もが前に立つことすらしなかった。
「ここだ!……ちっ、本当にいやがったぜ、あの野郎!」
高く飛び跳ねて頂上へ着地したとき、ヤマヒメの視界にはリュウシンが映った。短い黒髪、小柄だが筋骨隆々な体つきに、他の鬼人とは比べ物にならない強烈な妖力の気配が周囲を満たしている。
「奴がリュウシンか。これはまた……私の知り合いに似てるな」
「うむ、儂の知っとる奴にも、よう似ておるわ」
ヒルデガルドとイルネスが口を揃えた。
「おう、なんじゃい。こんなところまで追いかけてくるたぁ、あの感覚の鈍い姉御が、どうやって俺のことを見つけやがった?」
声はやや嗄れたような低さで、似ても似つかない。だが、はっきりその外見には見覚えがある。──クレイ・アルニムに瓜二つだったのだ。
「……彼は何者なんだ?」
対面するリュウシンの姿に驚き、ヤマヒメの尋ねた。
「二十数年前に大陸から運よく流れ着いたガキでな。親に捨てられたんだろ、もうひとり兄弟《あにき》がいた。そいつは二十歳を迎えるより先に島を出ちまってね。それが気に入らなかったのか『俺も魔物にしてくれ』ってしつけえから、わちきの血をくれてやったのさ。おかげで、このザマよ。あれだ、子育てに失敗したって奴さね」
鬼人に生まれ変わったリュウシンは、ひどく乱暴者で手が付けられず、上手く躾けようとしても反抗的で、かといって殺すにはあまりに子供だったので、ヤマヒメも情が湧いていたところがあった。そのせいか大人になってからも変わらない行動に我慢の限界を迎えた彼女は、例外なく始末しようとしたが、結局取り逃がしてしまったのだ。
「今日こそ此処で仕留めてやりてえが……」
ヤマヒメがちらと見つめたのは、リュウシンの傍で倒れているフヅキだ。意識がなく、妖気は感じるので、気絶させられているのだと分かった。
「くだらねえ、何が仕留めるだと。せっかくこれから良いところだったってのに、邪魔しにきやがって。そのうえ人間と、ちいせえ……そいつはなんだ?」
「儂はイルネスじゃ! ドラゴンじゃぞ、ドラゴン!!」
リュウシンは不機嫌そうに、ペッ、と唾を吐く。
「知るか、ボケ。俺の邪魔するってんなら誰だろうが殺すだけだ。なあ、姉御。今も俺が、あんたに手も足も出ないほど弱っちく見えるかい?」
「……いや、見えねえ。むしろ強くなってらあな」
そう言いながら、彼女はすとんとその場に胡坐をかいて座った。
「だけどもよ、わちきが戦うまでもねえっぽいな。ヒルデガルド、てめえが戦ったらどうだ。二年もぶっ通しで研究ばっかじゃあ、腕が鈍ってるだろ」
杖を手にしたヒルデガルドは「気遣い痛み入る」と笑って、一歩前に出た。イルネスが不安そうに「儂も手伝うか」と尋ねると、静かに首を横に振った。
「ひとまず、私ひとりで戦わせてくれないか」
「うむ。いざというときは儂の力を貸そう」
「……というか、その小さい身体で出来ることあるのか?」
イルネスがぷくっと頬を膨らませた。
「儂とて馬鹿ではない。ぬしの助けにくらいなれるわ」
「ハハ、冗談だよ。そのときは頼りにさせてもらおう」
からから笑ってリュウシンに向かい合い、真剣な目つきで──。
「では退屈かもしれないが、少々リハビリに付き合って頂くとしよう」
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