テラーノベル
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高校の入学式の日。
桜はもう半分くらい散っていて、校門の前は写真を撮る人と、知らない制服に戸惑う人でごちゃごちゃしていた。
「……人、多すぎだろ」
俺――ないこは、小さくそう呟いて、ネクタイを直した。
新しい制服はまだ身体に馴染んでいなくて、どこか借り物みたいだった。
そのとき。
「うわ、やっば……」
後ろから聞こえた声と同時に、肩に軽い衝撃がきた。
「あ、ごめ――」
振り返ると、目が合った。
少し癖のある髪、整った顔立ち。
でも一番印象に残ったのは、困ったように笑うその表情だった。
「ほんまごめんな!ぼーっとしとって」
「……あ、いや、大丈夫」
それだけ。
本当に、それだけのやりとりだった。
なのに、なぜかその声が耳に残った。
クラス分けは、偶然にも同じだった。
「え、ないこって言うん?よろしくな、俺まろ」
「よろしく」
それだけで、会話は終わるはずだった。
でも、席が隣だった。
グループワークも同じだった。
帰り道も、気づけば一緒になっていた。
「なあないこ、数学の宿題やった?」
「……半分くらい」
「一緒やん。後で見せて」
「それ、ダメなやつだろ」
そう言うと、まろは笑った。
「細かいこと気にすんなって」
その笑顔を見るたびに、胸の奥が少しだけざわついた。
理由は分からなかった。
ただ、一緒にいるのが自然だった。
気づいたら、毎日一緒にいた。
昼休み、購買、放課後。
どちらからともなく、声をかけるようになっていた。
「ないこってさ、真面目そうに見えて意外と毒吐くよな」
「……褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
まろは関西弁で軽く話すくせに、
人の話をちゃんと聞くやつだった。
俺が言葉を選んで黙ると、急かさず待つ。
その沈黙が、妙に心地よかった。
「なあ」
「何」
「俺ら、仲ええよな」
不意に言われて、心臓が跳ねた。
「……普通じゃない?」
「そっか」
そう言いながら、まろは少しだけ寂しそうに笑った。
その表情を見て、胸が締め付けられた理由を、
俺はまだ言葉にできなかった。
それに気づいたのは、夏の終わりだった。
体育祭の準備で、二人きりで倉庫に入ったとき。
「暑っ……」
まろがシャツの襟を引っ張る。
その仕草が、やけに目に入った。
「……どうしたん?」
「いや、なんでも」
視線を逸らした俺を、まろはじっと見た。
「ないこさ」
「……」
「俺のこと、避けてる?」
胸を突かれたような感覚。
「違う」
即答した。
「ならええけど」
でも、その距離は一歩近づいたままだった。
倉庫の中、埃っぽい空気。
逃げ場はなかった。
「……なあ」
まろの声が、低くなる。
「俺、ないこのこと――」
そこまで言って、言葉が止まる。
俺は、考えるより先に口を開いていた。
「……俺も」
その瞬間、空気が変わった。
キスは、唐突だった。
唇が触れた瞬間、思考が真っ白になった。
でも、拒否する理由なんて、どこにもなかった。
離れたあと、二人とも何も言えなかった。
「……ごめ」
まろが先に言った。
「嫌やったら――」
「嫌じゃない」
自分の声が、思ったよりはっきりしていて驚いた。
まろは目を見開いて、それから、ゆっくり笑った。
「そっか」
もう一度、近づく距離。
心臓の音がうるさくて、全部ばれてしまいそうだった。
その先に何があるか、分かっていた。
分かっていたからこそ、怖かった。
――そして、世界は静かに、暗転した。
気づいたとき、倉庫の外は夕焼けだった。
二人並んで座り、言葉もなく、ただ呼吸を整える。
「……なあ、ないこ」
「ん」
「俺、ずっと言えんかった」
まろは視線を落としたまま続ける。
「好きって言うの、怖くて」
その言葉が、胸に染みた。
「……俺もだよ」
初めて、ちゃんと口にした。
「素直になるの、苦手でさ」
まろが、ゆっくり顔を上げる。
「でも、今は?」
俺は、息を吸って、答えた。
「……なれてる、と思う」
夕焼けの中で、まろは静かに笑った。
「それなら、ええな」
この気持ちは、まだ不器用で、未完成だ。
でも確かに、ここにある。
――素直になれた、その瞬間だった。
コメント
1件
えええもう好き。シチュとかも全部含めて天才すぎて滅