温室に行くために佳蓮の着替えを手伝ったリュリュは、姿見の位置を変えて3歩後退した。
「カレンさま、どうぞお姿をご確認くださいませ」
言われるがまま、佳蓮はそぉっと姿見に映る自分を見て、すぐさま視線を外す。
ベージュピンクの生地にブラウンのリボンとくるみボタンのドレスはとても可愛らしいけれど、自分には似合わない。
クラスの友達が見たら「え?これ、何かの罰ゲーム?!」と真顔で訊かれるだろう。悔しいが佳蓮自身もそう思っている。今すぐ脱いでしまいたい。
なのに姿見の端っこに映るリュリュは、とても満足そうだ。
「よくお似合いです。本当に皇帝陛下はカレン様のことを愛していらっしゃるんですね。わたくし、他の皆に嫉妬されてしまいそうですわ」
うっとりと溜息を付いたあと、リュリュは誇らしげに笑った。
佳蓮は首を傾げてしまう。リュリュが紡いだ後半の言葉の意味がわからないのだ。でも、すぐに理解した。
きっとリュリュは、皇帝陛下の花嫁の世話をしていることを他人に自慢したいのだろう。
(私、アイツの花嫁になるなんて一言も言ってないんですけど)
渋面になりながら佳蓮は疑問に思う。嫌がるペットに服を着せるように、自分勝手にものを押し付けられるのが、愛されていることなのかと。
でも喉からせりあがってきた言葉を全部飲み込んだ。
だってここにいる人間は、一度も「寂しいか?」と訊いてくれたことがないし、元の世界がどんなところだったのか問いかけてもくれない。
ここの人間は、佳蓮の生きてきた世界に興味なんか持っていない。価値観を共有する発想すらないのだ。
(へぇー。さぞかしここは、いいところなんでしょうね)
佳蓮は心の中で嫌味を吐く。
目も眩むようなドレスを着てもときめかないし、嬉しくなんかなかった。
「さぁ、陛下をあまりお待たせしてはなりませんから……カレンさま、そろそろ向かいましょう」
佳蓮が何を考えているのかなど気にすることもなく、リュリュは扉へと誘った。
リュリュと共に佳蓮が離宮の外に出れば、先ほどの無礼騎士ことヴァーリが佳蓮に恭しく礼を執った。
「お待ちしておりましたカレン様。本日のご衣裳、大変お似合いでございます」
「……」
もちろん佳蓮は安定の無視をする。
けれどヴァーリは佳蓮にそんな態度を取られても、肩をすくめて苦笑を浮かべるだけ。
(こんな小娘に媚を売らないといけないなんて、ご苦労なことですね)
口に出せば相手はいい気持ちにはならなだろうから、佳蓮は心の中で吐き捨てる。
佳蓮がこの世界の人間に無視をし続けるのは、意地悪ではない。最後の良心からだ。
この世界に召喚されて、学んだことがある。それは法律でもなければ、この国の歴史でも倫理観でもない。
誰も信用してはいけないということ。怒りの矛先を間違えてはいけないこと。
リュリュもヴァーリも信用できない相手だし、二人の言動に苛つきを覚えることも、うんざりすることだってある。
けれど直接何かをされたわけではない。だからやみくもに怒りをぶつけてはいけないし、誰彼構わず牙を剥いてはいけない。
佳蓮が憎んでいるのはただ一人──アルビスだけ。
だから佳蓮は、アルビスには意志と敵意を持って無視し続けると決めている。
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