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ある日。
今日も葉月が俺の席にやってきて、ワイワイと神田ひるまの話をしていた。
「それでね~、こないだサイン会に行ってみたんだけど~」
今の俺のポジションは以前だと須藤のものだったのだが、あの一件以来、そもそも二人が話しているところをあまり見ていない気がする。
須藤はちょくちょく葉月に話しかけているみたいだが響いている様子もないし。
それにしても一体、どうして俺はこんなに気に入られてしまったんだろうか。
心当たりが全くない。
「そういえば九条くん、こないだ神田先生の四作目から七作目読んでみたいって言ってたよね~?」
「あぁ、だけどうちの図書室になくて読めてないんだ。本屋に売ってるのも見たことないし」
「そうなんだよね~。それで実は私、全部持ってるんだ~!」
「ほんとか!」
思わず声が大きくなってしまう。
読むのを泣く泣く諦めていたが……まさか葉月が持っていたとは。
「もしよかったら貸そうか~? そのほかにもいっぱい本あるし~」
「それはぜひ頼む!」
「ほんとに~⁉ 嬉しいな~」
葉月がぽかぽかとした笑みを浮かべる。
やっぱり葉月は優しいな。
葉月と話しているとこっちまでほんわかしてくる。
なんてことを思っていると、葉月がニコニコしたまま言った。
「じゃあ放課後、私の家に来る~?」
「葉月の家?」
「うん~! 今日でも大丈夫だよ~」
今日、か。
ちょうど店も休みだし、暇だったし。
うん、よし。
「じゃあお言葉に甘えて――」
「ちょっと? 二人でいったい何の話をしてるのかしら?」
背筋がぞくりと震える。
声の方を見ると、そこには仁王立ちで俺と葉月を睨みつける一ノ瀬の姿があった。
そしてさらに……。
「そうだよ? 私たちも混ぜてほしいな?」
一ノ瀬とは反対側からやってくる花野井。
花野井もまた、ニコニコしながらも目は笑っておらず、放つオーラが禍々しい。
「今、葉月さんの家に行くって話してなかった? 私の耳がおかしくなければそうよね?」
「あぁ、うん。そうだけど」
「良介くんはわかってるの? それは女の子の家に行くってことなんだよ⁉ “女の子”の、“家”に!!!!!」
花野井がグッと顔を近づけてくる。
怖い怖い。
「そうは言っても、本を借りに行くだけだし」
「そうだよ~? だから安心して~? 二人が想像するようなことは全然~」
「「安心できない!!!」」
二人の声が重なる。
圧がすごい。心なしか息が苦しくなってきた。
「だからここは、私が二人についていって、保護者を……」
一ノ瀬が言いかけたとき、教室の後ろの扉から男性教師の声が聞こえてくる。
「一ノ瀬! 今日の放課後の委員会、忘れずに参加しろよー!」
「ッ!!! 重要な用があるので欠席します!!!」
「参加なー」
「くっ……!!!」
一ノ瀬が悔しそうに唇を噛む。
すると花野井がへへんと嬉しそうに胸を張った。
「残念だったね一ノ瀬さん! でも大丈夫! ここは私がついていって、しっかり二人の監視を……」
花野井が言いかけたとき、教室の前の扉から担任の声が聞こえてくる。
「花野井! 今日の放課後、職員室に来てくれ。委員長の仕事があるぞ」
「ッ!!! 家庭の事情で帰宅します!!!」
「よろしく頼んだぞー」
「うぐっ……!!!」
花野井もまた、一ノ瀬と同様に悔しそうに顔を歪める。
その二人の間で葉月は相変わらずニコニコしながら手を合わせた。
「じゃあよろしくね~」
「「くっ……!!!!」」
なんだかんだで仲いいな、この二人。
放課後。
学校から歩くこと数分。
商店街の一角に葉月の家はあった。
「美容室か」
「うん。お母さんのお店でね~」
ということはこの上が葉月の家か。
なんだか俺と似てるな。
そんなことを思いながら美容室の前を通ると、中にいる人と目が合う。
「まぁ~!!!」
そして勢いよく店から出てきた。
「その子が九条くん? そうなのよね~? まぁまぁ~! いらっしゃい~!」
「どうも」
自己紹介されなくても、この人が一体誰なのかわかる。
だってあまりにも葉月に“似ている”から。
「紹介するね~。この人が私のお母さんだよ~」
「初めまして~! 弥生の母の五月です~! 私のことは気軽に五月さんって呼んでね~!」
「九条良介です。初めまして、五月さん」
「まぁまぁ~!」
パーッと顔を明るくさせる五月さん。
話し方から仕草までとてつもないほど似ている。
容姿は葉月が大人になったみたいな感じで、テンションは葉月より高め。
それでも一発で親子関係がわかる。
雰囲気が完全に同じだ。
「今から上に行くのよね~? ならおもてなししないといけないわね~!」
「大丈夫だよ~。九条くんは私がおもてなしするからさ~」
「私もするわ~! だって弥生が初めて男の子を家に連れてきたんだもの~! 今お客さんもいないし~」
確かに店には客がいなかった。
かなりがらんとしており、人気がない。
平日の夕方前の時間帯とはいえ、あまりに人が少なすぎる気がするが……こういうときもあるか。
「お気遣いなく」
「いいのよ~! さ、弥生。こないだ買ったお紅茶出しましょうか~!」
五月さんが上機嫌に二階に上がっていく。
「ごめんね~九条くん」
葉月は優しく微笑むと、五月さんの後を追って階段を上っていく。
俺も二人についていき、階段を上り始めた。
その後、ハイテンションな五月さんは止まることを知らず。
学校での葉月の様子や、実は体育祭を見に来ていたらしく、リレーのときのことを根掘り葉掘り聞かれ。
気づけば時刻は六時を回っていた。
葉月から借りた本を持って家を出る。
「今日はありがとう。読んだら感想と共に返すよ」
「ほんとに~⁉ 楽しみにしてるね~」
「九条くん、またいつでもいらっしゃい~!」
「はい、ありがとうございます」
葉月と五月さんに見送られ、家へ帰ろうと歩き出す。
――そのときだった。
「なんだか楽しそうじゃあないですか、葉月さん」
現れたのは、薄ら笑いを浮かべるガラの悪い三人の男だった。