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綾瀬が予約しておいてくれた“創作割烹なかにし”は北の県境と、水族館の間あたり、驚くほど山の奥に位置していた。
自家農園の野菜を使用し、肉や魚も地元の物を使ったこだわり料理の数々は、アミューズの鳴門金時サツマイモのスープに始まり、前菜の柿と生ハムの取り合わせ、椀物の里芋と松竹のお吸い物、メインの鹿フィレ肉のクレピネット包み、デザートの三種のブドウジェラートまで、一品一品に思わず唸って頷いてしまうほどの美味しさだった。
「おいしそうに食べますね」
花柄のワンピースを取り戻して、ニコニコ笑いながら食べる眞美を見て、綾瀬は微笑んだ。
「嫌味?」
「まさか。美味しそうに食べる女性、好きですよ」
「またまた。いいわよ誤魔化さなくても」
「ホントですって」
他の客からの好奇な視線を感じる。きっと気のせいではないだろう。
隣に座っている四人組の女性も、奥に座っている若いカップルも、きっと美しい男にニヤニヤしている自分のことを、滑稽だと思っているに違いない。
しかしそんなことはどうでもよかった。
この目の前の男は自分のことを綺麗だと言ってくれるし、眞美だって、この男の“美しさ”を知っているのだ。
ウズラの卵ほどの大きさで上品に並ぶジェラート3つを、あっという間に口の中に入れたところで、スマートフォンが鳴った。
バッグを開いてチラリと確認すると―――。
『今夜は会いに来てくれないの?新イベントスタートだよ!』
マーキュリーからの通知だった。
「誰ですか?」
まだデザートまで至っていない綾瀬が、小さく切った鹿フィレ肉に歯を立てながら聞く。
興味なさそうにさらに視線を落としている。
「—————」
「栗山さん?」
その視線がちゃんと自分に向くのを待ってから眞美は言った。
「元カレ」
美しい顔が引きつる。
「へえ。別れてもやり取りするなんて、仲がいいんですね」
少し拗ねたように、今度は乱暴にフィレ肉にナイフを入れている。
その反応に満足して笑いながら、ホーム画面から『ホテル・ド・パルフェ~プラネットたちと過ごす夜~』を削除しようと、アイコンを長押しする。
(ん?待てよ―――)
綾瀬とそっくりなサタンの顔が浮かぶ。
(どうせ消すなら、最後に彼を課金プレイしてからでもいいか)
単純なまでの心境の変化に、自然と口元が綻んでしまう。
「今度は何考えてるんですか?」
さっきよりも大きく切り取ったフィレ肉を口に運びながら綾瀬が睨む。
「ーーー他の男を試してみてもいいかなって」
一旦口に入りかけた肉が、綾瀬のあんぐりと開いた口から落ちるのを見て、眞美は声を出して笑った。
都会の喧騒を忘れさせてくれる、隠れ家的なレストラン、“創作割烹なかにし”。
そこから見える幾千万の星々は、アプリなど比べ物にならないほどの輝きを放っていた。
Ⅲ 新車グループ ~眞美の場合~ 【完】