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桜がとうに散り、でも葉桜と言うには早い時期。
当時の想像より早く、君は居なくなる筈だった。でも医者の算段だか君の意地だか知らないけど、今でも病室ですやすやと眠る君がいた。想いを伝えて早3ヶ月。ベットからはみ出さんばかりの真っ白な羽、同じ色の睫毛、光ると透明に見える長い髪。そして今は目を閉じていて見えないがシルバーの瞳。夢で見た姿のまんまだ。何も言われなければ天使がこの世に紛れ込んできたと思い疑う余地も無いだろう。
寝る前には、いつも思い出す。
最後の日、君は珍しく体を起こして呑気に鼻歌を歌っているくらい元気だった。涼ちゃんが病気になってじわじわとミセスの仕事を減らしてきた俺達だが、彼が床についてからはほとんど病室で過ごせるくらいスケジュールは空っぽだった。もちろん看取る為に。だがその日は運悪く若井が午前中はちょっとした用があり、俺は涼ちゃんの傍で病室から見える窓をぼんやりと眺めていた。同じように涼ちゃんも窓の方を向いていたが、たまにこちらを見てにっこりと笑う。目がもうほとんど見えないはずなのに、その所作がどうも幼く切なく俺は自然と口元が緩んだ。握った手が暖かい。ふと、君は言った。
「今日、若井は居ないの?」
「うーん、午後からは来るはずだけど」
「そっか。…じゃあこれ」
ちゃり、と反対の手に握っていたものは、鍵だった。よくあるような家の鍵だろうか。これがどうしたの、と顔を上げて尋ねる。と、そこには。
ドアップで真っ白な顔が映し出される。
唇に感触を覚えた。
顔に熱が集まり、息が苦しくなった頃にやっと離れていく。伏し目がちになって睫毛が強調されている。
「…僕の部屋の、寝室にあるベットのそばの棚。その二番目の引き出しを見て欲しいな」
儚げにそう君は言った。
「え、それってどういう…」
その時、天使の羽が完全体になって、病室から窓を眺める涼ちゃんの姿があった。その窓の先は、桜はもう散って青く染まりかけている木々があった。
美しかった。ひどく、恐ろしい程。
まるでこの世のものとは思えないくらいに。
「元貴、若井。…本当に、今までありがとう」
◻︎◻︎◻︎
エピローグ
××年後
「…皆さん、天使画家という異名をお持ちの画家をご存知ですか?その名の通り、美しい天使の絵だけを描き続ける謎の多い方で、なんと数十年前にあの一世を風靡した伝説のバンド、ミセスグリーンアップルのボーカルだったとか!そんな今話題の大森元貴さんにインタビューを伺いたいと思います!大森さん、よろしくお願いします!」
「…懐かしい響きですねぇ。ミセスか…。ええ、本日はよろしくお願いします」
「はい、ありがとうございます!大森さんの作品、どれも儚げなのにどこか芯があってすごく好きです!まずは率直な質問なのですが、何故天使の絵だけを描き続けているのでしょうか?」
「ありがとうございます。ふふ、本当に率直ですね。僕が絵を描き始めたのは30数年ほど前、大体ミセスとしての活動を終えた時でした。暫くは楽曲の提供で生活をやりくりしていたのですが、ある日忘れてはいけない思い出を思い出したんです」
「なるほど…。それはどんな思い出なんでしょうか?」
「…実に信じられない、現実味のない事なんですけど笑いませんか?」
「勿論!聞かせて欲しいです!」
「それなら良かったです。あれはミセスが10周年だった頃ですね。夢に、1人の天使が現れたんですよ。青い空と藍色の海しかない世界で、それはそれは美しい天使がね」
「ほうほう…。」
「でも彼は夢の存在じゃなかった。実際に目の前に現れたんです」
「なんと…!興味深いですね…!」
「すぐ消えてしまうような存在だったんですけど、彼に呪いをかけられましてね。『生きろ』と。お前はまだ世間から忘れられてはいけないし、こちらに来てもいけないと。でも僕は彼に恋をしてしまって。この世界に意味を感じれなくなったんです」
「へぇ!もしかして、だから…?」
「はい。彼の姿をもう二度と見れない気がしたので僕は絵として残し続ける事にしたんです。意味を見い出す為にも。単純に忘れられてしまうなんて言われて、ムカついたからお前もだっていう腹いせみたいなもんです、笑」
「そうなんですね笑でも、たまに赤毛の…人間?が描かれている事がありますよね。これはどういったモチーフなんでしょう?」
「あぁ、これは…。これも僕のキーパーソンですね。彼も実は僕と一緒にその天使を見たんです。そして一緒に恋に落ちてしまって。なのに僕が不安定になった時は常に支えて居てくれたんです。優しさの塊みたいな奴で、感謝してもしきれないですね…。僕の人生に大きく携わった1人の天使と、1人の人間。これを描き続けて世間に残そうと思ったんです」
「この美しさにはそんな秘密があったとは…!貴重なお話ありがとうございました。ちなみに、ソロ活動の1番最後の楽曲『おまじない』はこの出来事になにか関係があるのでしょうか?」
「…本当、よくチェックしてくれていますね。」
「あぁ、もう根っからのファンでインタビュー出来る事が本当に嬉しくて…」
「ふふ、ありがとうございます。嬉しいな。そうですねぇ。呪いというのはまじないとも読めて、意味がかなり変わってきます。ひとつの言葉で可愛いらしい所と裏はどす黒い、禍々しい所がどちらもある。人間味があってそれでいて彼に…天使にかけられたものと溺愛することとを両方の意味を持たせたんです。ダブルミーニング、ってやつですかね」
「大森さんそういった対になる事を入れたり沢山の意味を持たせて考察出来るようにしたりお上手ですもんね…!特に『君を生きていてよかったという呪いで殺したい』のところが激重で大好きです…泣」
「ははっ、ありがとうございます。僕もかなり懐かしい話を出来て楽しかったです」
「こちらこそお忙しい中本当にありがとうございました…!今後も作品、是非チェックさせて下さい。あ、あと後ほどサインを頂けないでしょうか…?」
「ふふ。ええ、もちろん。ありがとうございました」
◻︎◻︎◻︎
先程までテレビ局の集団で溢れていたこの自宅も、今や跡形もなく僕1人。インタビューやルームツアーをしてこれだけメディアに出たのはいつぶりだろう。
弱くなった足腰をソファーからどうにか持ち上げて1番奥の部屋まで歩く。ルームツアー中、ここには鏡やらタペストリーやらを掛けて誤魔化していた。おそらく存在すら気づかないままだろう。この部屋だけは他の人に入らせるものか。
ガチャ、キィ…
ものを避けて中に入る。そこにはミセスだった頃のグッズたちや過去の衣装、写真立てやアルバムなど全てが揃っている部屋を作っていた。ここにいると古ぼけた体と変わり果てた社会を気にすることなくあの頃に戻ることが出来る。あとで毎日のことだが若井と夕食を共にしようと約束しているので、長くはいられないけど。
深呼吸をして、目を閉じる。ぶわっと思い出が蘇ってきた。
「ふふ、元貴すっかりおじいちゃんだね」
天使の笑い声がした。
はっとして振り返ると、そこには。
「…涼ちゃん」
ずっと会いたかった君がいた。
◻︎◻︎◻︎
読んで下さりありがとうございました…!!
どうだろう!?終わり方2つのパターンで悩んだのですが、こちらに決まってナチュラルになるようには意識しました…。このお話のパターンは、大森さんがひろぱとともに最期まで生き抜いて、涼ちゃんがお迎えに来るというシナリオになっています。そして1つ目の四角の後に、17話と繋がるようになっています。残念な終わり方だと思ってしまった方は申し訳ないです。どうしても彼らの軌跡をずっと世間に愛していて欲しくて…。やっぱり命の扱いは難しいですね、精進していきます。
次も是非読ん頂けると嬉しいです。
コメント
2件
切ないですね…。涼ちゃんとの思い出を、大切な若井さんと一緒に残していきながら、なんとか最後まで生きていったのですね。 前話のお手紙の後、元貴くんは、若井くんはどんなふうに生きて行くのかと考えていましたが、こうしてきちんとお話にしてもらえて、ひとつの答えがもらえた気がして、少し安心するとともに、胸が苦しくなりました。 素敵なお話をありがとうございました😭✨