そして、二日が過ぎた、いざ決戦の舞台へ! 遥か県外の群馬に向けて、善悪の軽バンに乗り込んだコユキは大きな声を掛けるのであった。
「んじゃあ皆、留守を頼んだわよ! アスタ、アンタもそこで涙の別れとか臭い芝居はしなくていいからさっさと乗りなさいよ! オルクス君とアジ君はもう乗り込んでるのよ…… はあ、面倒臭いわねぇ」
ガチャ、バタン!
一旦車を降りたコユキは、見送りの列の最後尾、砂利の上に正座して俯き(うつむき)、無言で手だけをひらひら振っているセピアの前に来て声を掛けた。
「何やってんのよアンタ達! ほら、さっさと乗り込みなさいよ、出発遅れるじゃないの!」
「え?」
「コユキ様、良いんですの?」
モラクスとラマシュトゥの馬鹿な問い掛けにコユキは溜息混じりに答える。
「良いか悪いか自分で考えなさい! ちょっとは反省したでしょ? これからの敵はそういう所を突いて来るのよ、味方を疑うとかダメ、絶対! んでも、アンタ等がずっとそうして正座して俯いて生きて行きたいってんなら止めはしないわ、自分で好きな方を選びなさい、プイっだわ!」
次の瞬間、元スプラタ・マンユの五人はスックと立ち上がり、堂々と胸を張って軽バンへと歩き始めたのであった。
一人シヴァだけが車に乗り込む前に振り返り、居残り組を前に言葉を発するのであった。
「ふふふ、この間随分可愛がって貰った…… 楽しみにしているが良い、我らが帰還した時、この封印が守られていることを願って祈りながら日々を過ごす事だな、いいか、この封印はお前たち可哀そうな奴らの為に――――」
「ちょっと置いてくわよシヴァ君! さっさと乗りなさいよ!」
「あ、はい、じゃ、じゃあな」
いそいそと乗り込んで行った父親の姿を見送った後、スカンダは呟くのであった。
「母親に似て良かったなあ」
群馬県沼田市の町中、とんかつ屋さんで昼食を済ませた『聖女と愉快な仲間たち』攻略組、所謂(いわゆる)磨き勢は、あろう事かとんかつ街道の梯子(ハシゴ)を実行して、数軒目を後にしていたのであった。
アスタロトがパンパンに膨らんだ自分の腹をポンポンと叩きながら口にした。
「ふぅ~! いくら美味くても我はそろそろ限界だな、コユキまだ食べるのか? ふぅ~!」
善悪が呆れた顔で答える。
「さっきのお店で限界とか言っていたでござろ? 全く馬鹿なんだから、これから敵の本拠地に乗り込むのでござるよぉ? 分かってんのぉアスタぁ! で、ござる!!」
「アタシもうちょっと食べたいかも…… 次でお終いにするからさっ、良いよね善悪ぅ、もう一軒だけぇ!」
善悪は一転優しい笑顔でコユキに答える。
「勿論でござるよ♪ まだまだ飢えているのでござろ? 可哀そうに…… 次のお店さんでは五人前でも百人前でも食べて欲しいのでござるよ! その為に定期預金の解約もして来たのでござるっ! 心配はナシっ!」
心配だよっ! よく私が小さい頃までお寺、幸福寺が健全経営していた物である、父と母に感謝せねばなるまい……
とまあ、経営感覚に優れた私の父母がいなければとっくの昔に経営破綻していただろう祖父母は、祖母の食欲を満足させると決戦の地、尾瀬へと向かうのであった。
祖父善悪の財布の中は些か(いささか)不安な感じになってしまっていたが、それがこの二人にとっては普通の事であったのだろう、残念だなぁ~。
さて鳩待峠(はとまちとうげ)の駐車場に停車した軽バンから降り立った攻略組は、至仏山(しぶつさん)には目もくれず、一路尾瀬ヶ原、所謂(いわゆる)尾瀬の湿原(イメージ通り)を目指して進むのである。
残雪が残る山々の情景に目を奪われている場合では無いのである、今回は闘いなのだ!
牛首分岐(うしくびぶんき)を過ぎてヨッピ吊り橋へと歩を進める頃には、歩き疲れてしまったコユキは善悪が装備した背負子(しょいこ)に揺られていたのであった。
『姥捨て山の背負子』……
その名の通り、非常に悲しい涙無くして語れない日本屈指のネガティブストーリーに出て来る代物である。
負われたコユキはおっ母同様、一つの言葉を馬鹿みたいに繰り返していた。
「すまねぇなぁ~、すまねぇなぁ~」
対して負った善悪は涙を滔滔(とうとう)と流しながら苦しそうにしていた、主に精神面で……
「許してくれろ、おっ母ぁ、ゆ、許してくれろぉ!」
このアーティファクト、重量を感じなくさせてくれるという意味では秀逸な品なのだが、いかんせんシチュエーションが陰気すぎるのであった。
負った善悪や負われたコユキのみならず、共に歩いている他のメンバーまで、不条理に抗えない無力なご近所さん、村人気分に浸らせてしまうのであった。
アスタロトなんか奥さんである若返ったトシ子の名を出して嘆いてしまうのである。
「来年は、オラの所のトシ子の番だべさぁ~、嫌になるさ…… なげにこがな悲しみを繰り返さねば為らんのがぁ~」
うっすら涙まで浮かべている…… 大変だなぁ……