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雷は、自身を悩ます恋の成就を真摯に願っているらしい法雨に、優しげな声で言う。
「法雨さんの言葉は、いつもお優しいですね。――……ところで、――法雨さんは、“普通の恋愛らしいモノをあまり経験していない”、との事でしたが、――そんな法雨さんの恋は、波乱万丈な恋が多かったのですか?」
法雨は、それに苦笑すると、言った。
― Drop.020『 The EMPRESS:R〈Ⅱ〉』―
「ふふ。――えぇ。そうですねぇ……。――波乱万丈と云えば、そうかもしれません。――清く美しい恋ができた経験は、ほとんどありませんでしたので……」
雷は、その返答に、法雨を案じる様な面持ちで言う。
「なるほど……。――因みに、その過去のご経験については……、――俺がお聞きしても?」
そんな雷の問いに、法雨は苦笑を深めると、手元のティーカップに視線を落としながら言った。
「そうですね……。――アタシは、構いませんけれど……。――でも、本当に、聞いて楽しい話じゃないんですよ? ――まぁ、“こういう恋愛はされない方が良い”という参考には、なるかもしれませんけど……。――そんな話でも、お聞きになってくださいます?」
雷は、それに穏やかに笑むと、その身を改めて法雨に向ける様にして、ゆっくりと頷いた。
「はい。是非」
法雨は、それに、ふ、と苦く笑むと、承諾の意を示し、そして――、己の記憶に刻まれた、“穢れ荒んだ悪しき恋物語”を、ゆっくりと紡ぎ出した。
「――……何と言いましょうか、――別に、ひとつずつ語るようなモノでもないので、まとめて言ってしまいますけれど……。――アタシのしてきた恋愛は、そのほとんどが……、――“相愛でない”モノが、ほとんどだったんです……」
紡ぎながら、当時の事を思い出した法雨は、ひとつ溜め息をつく。
「――アタシは……、求められる事が好きだったんです……。――例え、それが“どのような形であれ”、――自分を必要としてもらえる事、自分を欲してもらえる事、――アタシをアタシとして見てくれて、他の誰でもない、“アタシ”を求めてもらえる事を、心から欲していたんです。――ですから、“何をするにも”、第一にアタシを選び、アタシという存在を真っ先に求めてくれる人に、悉く、恋をしてしまったんです。――でも……」
法雨はそこで、しばし呆れた様に、ふ、と息を吐くと、美しい装飾が描かれたカップの淵を、物悲し気に親指で撫でた。
「――でも……、――今思えば、それは、――“恋”なんかじゃなかった……。――それは、“求められている”という充足感への、――ただの“依存”だったんです……。――とは云え、最初はそんな事にも気付けず、“これが恋というものなんだ”と思い込んでいました。――ですから、身体を求められる事も、それほどアタシを愛してくれている証だと、思い込んでしまったんです」
そして、そんな当時の法雨は、最初こそ、“特定の誰か”と恋仲である事が多かったのだが――、次第に、その“一般的な形態”は崩れていった。
だが――、遅かったのだ――。
「最初に気付ければ良かったんですけどね。――でも、もう、アタシも染まってしまってたんです。――その、穢れた環境に。――恋心なんてなくても、アタシを求めてもらえる状況さえあれば、それで満足出来た。――だから、気付いた時にはもう、その環境にすら、依存してしまっていたんです。――とはいえ、もちろん、しばらくすれば、誰もがアタシに飽きますから。――飽きられたら、また別の場所を求めるようになりました。――そして、アタシは、高校生で道を踏み外して以降、――大学でも、同じような事を繰り返して過ごしました。――それが、“アタシにとっての恋なんだ”と、思い込みながら……」
「――………………」
己の過去をひとつ紡ぎきり、ティーカップで煌めく水面に視線を落としたまま言葉を切った法雨を、雷は黙したまま見つめる。
法雨は、その視線をはっきりと感じていた――が、紡いだ内容のせいか、その雷の顔を、どうしても見返す事は出来なかった。
そして、沈黙に耐えられなくなった法雨は、また紡ぎだす事にした。
「――えっと……、――これが……、アタシがしてきた恋愛です。――そんな経験をしているから、言えるのですけど、――依存的な恋愛や、欲求任せの恋愛は、やはり良い結果にはなりませんし、――そんなモノは、恋愛ですらないのだと思います。――あぁ、でも、――だから、京たちと事があっても平気だったので、――そういう意味では、この経験も、役には立ったのかもしれませんね」
そんな法雨は、言葉を紡ぐにつれ、己の恥ずべき過去を赤裸々に語ってしまった事から、雷に恐縮する気持ちが強くなり、そう言うと、明るく苦笑してみせた。
すると、雷は、その法雨の心をすべて見透かしたように、優しげな苦笑を返すと、言った。
「法雨さんは、そんなにお若い頃から、本当にお優しく、愛情深い方だったのですね」
法雨は、その――過去の穢れた自身をあまりにも美しく彩るような、思いもよらない言葉に、慌てて言う。
「そ、そんな立派なものじゃないですっ。――た、ただ、本当に、自分の欲求に溺れていただけの事で、――若気の至りじゃないですけれど……」
そして、無性に気恥ずかしい気分になった法雨は、困りながらも紅茶を一口頂き、気持ちを静めるなり、雷が“次の予想外”を紡ぐ前にと、慌てて続ける。
「あっ、そ、そうでした。――あの、雷さん。――は、話の途中ですけれど、――アタシ、実は、ひとつお伝えしなければならない事があって」
「? ――なんでしょう?」
慌てる法雨と反し、相変わらず落ち着いた雷は、また穏やかに応じた。
法雨は、その雷の様子から自身の落ち着きを取り戻すと、ティーカップを丁寧に置き、次いで、姿勢を整えては言った。
「あの日――、雷さんに助けて頂いたあの日。――アタシ、雷さんに対して“オオカミが嫌いだ”と言ってしまいましたけれど、――実は、その、――アタシが、“オオカミが嫌い”だと言ったのは、京たちの事があったからでは、ないんです。――それどころか、そう言った事と、京たちとの事は、一切関係がないんです……」
その言葉に、雷は、微かに耳と眉を動かすと、問う様な表情で、法雨を見つめた。
法雨は、そんな雷の視線を真っ直ぐに受け止め、言った。
「――………………。――アタシには……、過去に……、――そう思うきっかけになった……、――オオカミ族の恋人が居たんです……」
「――………………」
「――なので、アタシ……、――“その男”を最後に、――恋愛そのものも、長い間、避けてきました……」
そう紡ぐ法雨に、雷は幾度か緩く頷くと、静かに言った。
「――つまり……、――法雨さんは、その男に、――“そう思うほどの事”を、されたのですね……」
法雨は、それにゆっくりと頷くと、ティーカップで煌めく夕陽色の水面を、ぼうっと見つめた。
「――そう……ですね……。――酷い事は……、されも、言われも、――沢山、しましたわね……」
その当時――、法雨は大学生であった。
そして、“その男”は、法雨よりやや年上のオオカミ族で、年齢にそぐわぬほど心が幼稚である上に、酷く荒い性格をしており、男を知るほとんどの人々が嫌煙するような男であった――のだが、希望を失い、平凡な日々に飽き、新鮮な刺激が欲しくなっていた当時の法雨の曇った瞳には、災難にも、その男が、酷く魅力的に映ってしまったのであった。
「――“あの男”は、アタシが人生で出会った中でも、――群を抜いて最低最悪の男でした……」
始めのうちこそ、法雨を貶すような事を言いながら、好きなように法雨で“処理をする”程度に留まっていたものの――、そんな扱いを受けながらも従順に己を慕い、命令通りにすべてを受け入れる法雨に、嗜虐心が煽られたのか――、男は、法雨を“使った”過激な処理をさらにエスカレートさせてゆき、最終的には、単なる暴力をも振るうようになっていった。
「――でも、それに耐えられなくなった頃には、アタシも一人では逃げられなくなっていたので……、――幸いにも、アタシの状況を察した友人たちが、協力して助けてくれたお蔭で、――無事、その男とは完全に縁を切る事ができたんです……」
「――そうだったのですね……。――では、つまり、その様な経験があったから、――“オオカミは嫌い”だと……」
雷の言葉に、法雨は、またゆっくりと頷く。
「――もちろん、――その前から、オオカミ族の人との恋は、何故か悪い思い出ばかりだったものですから、――特別、オオカミ族の男性を警戒するようになってしまったのは、その男の事だけが原因というわけではないのですけれど……、――でも、これだけ長い時間が経っても、つい、身構えてしまうようになってしまったのは、――やっぱり、あの男の事が大きいのだと思います……」
しかし、その悪夢の様な経験をした後も、法雨は、とある“心地”が忘れられず、愛無き色の纏う日々までは、終わらせる事ができなかった――。
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