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2 - 第2幕 愛という欲

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2024年04月25日

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「私の愛は歪んでいるのかもしれない。」

よく聞く常套句だが、自分で自ずと自認しているというのは、中々居ないであろう。

居るとするのならば、ドラマの中の空想の世界であったり、物語の話の中でしか出てきやしない。

僕はつくづく思うのだが、(これは単なる僕の主観だが)

「それは、単なる自己満足ではなかろうか、自分で認識する程の歪みならば意図せずして生まれないで有ろう。 」と。

もはや、その考えすら間違えているのかもしれないが。

しかし、僕は思うのだ。

ほんとうに歪んでいる愛ならば、相手はそれに応えるであろうか?応えるとするのならそれは、『ワタシ』だけではない、相手も歪んでいるということになる。

 つまりは、本当に歪んでいるのなら気づかないのだ。

自分たちが異質だということに。

周りが今すぐにでも離れたいその場から少しでも早く離れたいという衝動に駆られるほどの歪みひず

それが歪んでいるという事なのだ。

私が言いたいのは、『私の愛は歪んでいる』というのは本当に歪んでいる訳では無い。自分の中でものとして扱っているということだ。

自己満足に過ぎないのだ。男女間の恋愛での歪んだ愛というのは相手を繋ぎ止めるため、あなたには私しかいない。という、ただの束縛でしかない。諸刃の剣なのだ。

そんなことを言わなければ繋ぎ止められないほどの細い細い、脆い脆い蜘蛛の糸のように―。

恋愛というのは周りから見ればただの茶番でしかない。愛している、愛していないだの、好き、好きじゃない、好きと言ってだのと言葉で遊んでいる言葉遊びのようなものだ。

自分が愛していると認めている相手に対して自分と同じような感情である事を求める。

そして、欲を満たす。承認欲求、自己顕示欲。三大欲求という言葉があるが、あれは生きていく中で必ず必要になってくるものである。

しかし、僕は思う。承認欲求や自己顕示欲、自己満足などの人間にもとから備わっている、食欲より前に人間に存在している欲求ではないのかしら、と。

極論を言うならば、人はその欲求を満たすだけでも生きられるのだ。それが生きる意味と直結しているのするのなら、充分過ぎるほどの糧になる。

愛というものは、実に人間という性質がよく出る。

誰かに依存しなければ生きられず、自分の好き勝手に出来なければ脅すようなことを言い、自分が支配している状況を保とうとする。

欲を満たそうとする。

私は思う。愛というのは実に人間に合った行為であると、人が生きていくために必要不可欠なものなのではないかしら―。と。

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