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葵は目を覚ますと目の前には体を起こして携帯を見ているサトルがいた。
「あっ…葵おはよ…よく眠れた?」
「はい…サトルさんがそばにいてくれたので…」
「そうだ、コーヒー作ったんだけどいる?」
「はい!」
サトルは葵にコーヒーを渡し平和な時間を過ごした。
ホテルの部屋に差し込む陽光がカーテンを揺らしていた。サトルと葵はコーヒーを飲み終え、静かな時間を共有していたが、やがてサトルが腕時計に目をやった。
「そろそろ帰る時間だな…仕事もあるし」
サトルは立ち上がり、スーツのジャケットを手に取った。葵はベッドの端に座ったまま、サトルの動きをじっと見つめていた。眼鏡のない素顔に、長いまつ毛が影を落とし、その瞳には微かな寂しさが浮かんでいた。
「サトルさん…もうお帰りになるんですか…?」
葵が小さな声で尋ねると、サトルは優しく微笑んで振り返った。
「うん、残念だけどね。でも、また会えるだろ?」
サトルは荷物をまとめ始めた。葵は膝に置いた手をぎゅっと握った。
「あの…また、店に来てください…私、待ってますから…」
葵のその声は少し震えていて、普段のポールダンサーとしての自信はどこにもなく、ただ純粋な願いが込められていた。
サトルは荷物を肩にかけ、葵のそばに近づいた。背の高い彼が少し屈み込み、大きな手で葵の頭をそっと撫でた。
「もちろん、行くよ。君に会うの、楽しみにしてるから」
サトルは柔らかな声で言うと、葵の頬がほのかに赤くなった。サトルの指先が髪を滑り、その温もりが葵の心に染み込んでいく。
「じゃあな、葵。またね」
サトルは別れの言葉を残し、ドアへと向かった。
「お気をつけて…サトルさん」
葵は小さく囁き、ドアが閉まる音を見送った。
部屋に一人残された瞬間、葵はベッドに倒れ込んだ。バスローブの裾が乱れ、長い髪がシーツに広がる。静寂が部屋を包み、サトルの足音が遠ざかったことを感じると、胸にぽっかりと穴が開いたような感覚が広がった。
「…行っちゃった…」
葵は天井を見つめた。だが、その寂しさの中から、じわじわと温かい感情が湧き上がってくる。サトルに恋をしてしまったのだと、葵は自覚した。ベッドの上でゴロゴロと転がりながら、葵はサトルのことを考えずにはいられなかった。あの大人っぽい佇まい、スーツに包まれた高身長の体躯、鋭い目元に隠された優しさ――すべてが葵の心を掴んで離さなかった。
「サトルさん…かっこいいな…」
葵は頬に手を当てると、そこにはまだサトルの指の感触が残っている気がした。バーで出会った夜、優しく話しかけてくれた声、緊張しながらも自分を気遣ってくれた態度、そして昨夜の穏やかな時間。サトルの存在は、葵にとって今までの誰とも違っていた。葵は枕を抱きしめ、目を閉じてサトルの顔を思い浮かべた。
「私…こんな気持ち、初めてかもしれない…」
葵の呟く声は小さく、胸の鼓動が速くなる。過去の男性経験は、ただの義務や恐怖でしかなかった。あの冷たい手、欲望だけの視線、朝になると消える背中――どれも葵の心を傷つけ、孤独を深めただけだった。でも、サトルは違った。彼の手は温かく、言葉は優しく、葵をただのダンサーではなく、一人の人間として見てくれた。
「サトルさん、私のこと…ちゃんと見ててくれる…」
その実感が、葵の心に甘い疼きをもたらした。
ベッドの上で仰向けになり、葵は天井を見上げながら自分の気持ちを整理しようとした。サトルの優しさは、幼い頃に母がくれた温もりを思い出させた。あの頃、からかわれても母がそばにいてくれたように、サトルもまた、葵の傷ついた心に寄り添ってくれたのだ。
「私…サトルさんのそういうとこ、好きだな…」
葵の頬が熱くなる。恥ずかしがり屋な自分が、こんなにも誰かを想うなんて、想像もしていなかった。
葵は起き上がり、ベッドの端に座って膝を抱えた。
「また会ったら…もっと話したい。サトルさんのこと、もっと知りたい…」
葵は初めて自分から誰かに近づきたいと思った。バーでの仮面をつけた自分ではなく、素顔の自分で、サトルと向き合いたい。その気持ちは、過去の恐怖や孤独を塗り潰すような、新たな希望だった。
「サトルさん、私のこと…どう思ってるのかな…」
葵の胸には締め付けられるような切なさと、期待が混じり合った。
窓の外では、街が動き始めていた。葵は立ち上がり、カーテンを開けて朝陽を浴びた。光が長い髪を照らし、バスローブ越しに細い体を浮かび上がらせる。
「サトルさんにまた会えるなら…私、頑張れる気がする…」
葵の顔には小さな笑みが浮かんだ。サトルへの恋心は、葵の中で静かに、しかし確かに育ち始めていた。次に会う時、もっと素直に気持ちを伝えたい――そんな決意が、葵の心に根を張った。
一方、サトルはホテルを出て、街を歩きながら葵のことを考えていた。
「また会いに行かなきゃな…」
サトルはそう呟きポケットに手を入れる。そこには、葵が渡した紙がまだ残っていて、サトルの唇に微笑みが広がった。二人の心は、離れていても静かにつながり、次の再会を待ち望んでいた。