テラーノベル
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と、ちょうどそのタイミングで、程よく酔いが回ってきた林さんが、「俺、生のお代わり頼みますけど皆さんどうしますか?」とおっしゃった。
「じゃあ、僕も同じものを」
「俺も」
私以外の二名が口々にそれに答える。
私はそんな皆さんを横目に、ウーロン茶のグラスを持ったまま動きを停止したままだった。
そんな私の様子に目を留めた林さんが、
「あれ? 藤原さん、それまだ一杯目のウーロン茶じゃないっすか? っていうか、空っぽだし。――そうだ! せっかくですし、次はお酒いきませんか?」
言って、私の手からグラスを取り上げてしまう。
「す、すみません。私、お酒、飲んだことがないのです……」
未だぼんやりとした頭のまま、それでも何とかそれだけは伝える。
職場の皆様との宴席で、初めての飲酒を経験して、もしも乱れてしまったら大変だ。
塚田さんにだけはそんな醜態、さらしたくない。
そう思ってやんわり辞退すると、林さんの隣に陣取っていた森重さんが、「何かあっても係長が責任を持って介抱してくれますって。だから飲みましょうよー」と林さんの援護についてしまう。
日頃、外回りばかりで余り接点がないからか、お二人共私を見るとこんな風にタッグを組んで色々絡んでいらっしゃることが多い。
実はそれが少し苦手だったりするんだけれど、私はいつも上手くかわすことが出来ない。
過日電話で健二さんに言われた、「嫌ならちゃんとお断りしてください」の言葉をふと思い出してしまって、自分が情けなくなった。
でも、せっかくの楽しい雰囲気を壊してはいけないと思ったら、上手な言葉が見つけられなくて。私は結局何も言えずに口ごもる。
「二人とも、これ以上彼女を困らせたら承知しませんよ?」
と、それまでそんな私たちのやり取りを、横で静観していらした塚田さんが、見かねたように助け舟を出してくださった。
うちの係はよその係よりメンバーがかなり若くて……林さんも森重さんもまだ二十代後半。
役職的にも年齢的にも一番上の塚田さんの一声は絶対なのか、それ以上は無理強いをしていらっしゃらなくなった。
「ごめんね」
林さんが素直に謝って、私にソフトドリンクのページを開いたメニューを渡してくださる。
それを会釈しながら受け取りつつ、
「ありがとうございます」
隣の塚田さんに、小声でお礼を言うと、「無理しなくていいですからね」と微笑まれた。
間近で見る不意打ちの笑顔に、私の胸はドキドキと早鐘を打つ。
つ、塚田さん、いきなりはずるいのですっ。
「あ、あのっ……林さん、初心者でも飲みやすいお酒ってありますか?」
余りに心臓がバクバクし過ぎて、このままだとしんどいと思った私は、それから逃れたくて思わずそう言ってしまっていた。
前にお父様が、お酒は緊張をゆるめたり、人間関係を円滑に進める効果があると仰っていらしたのを思い出したから。
(それに……よく考えてみたら私、子供の頃から咳が出るとお母様お手製の|花梨酒《カリンしゅ》を飲まされていたのですっ)
いわゆる薬膳酒の類ならば他にも数種類触れたことがある。
(だから、多分……大丈夫なのですっ)
私のその言葉は、はからずも眼前の二人のお気持ちをくむ形にもなるものだったので、場の空気が少し和んだ。
途端、林さんが笑顔になって、私の前に置かれたメニューをパラリとめくって、サワーと書かれたページを開いてくださった。
「この辺ならジュースみたいに甘くて飲みやすいって女性たちにも評判っすよ」
見ると、色鮮やかな飲み物の写真がたくさん載ったページで。
アップルサワー、ピーチサワー、マンゴーサワー、ピンクグレープフルーツサワー、カルピスサワー……等々。
私は大好きな桃の文字に惹かれて、「じゃあ、ピーチサワーを飲んでみます」と言っていた。
「……無理、していませんか?」
隣から、塚田さんの心配そうな声が掛かったけれど、私はドキドキを誤魔化すようにメニューから視線を外さないまま、わざとらしいくらい元気に答える。
「大丈夫なのです! 私、よく考えてみたら薬膳酒なら飲んだことありますし、お酒の経験値、全くのゼロじゃなかったのです! ほんの少しだけ、レベルアップをはかってみたいと思うのです!」
(最初はちょっぴり口に含んでみるだけ。危ないって思ったら、すぐに飲むのやめるのです)
そう、思いながら。
コメント
2件
飲んで平気かな?💦
読了しました!主人公の「お酒の経験値、レベルアップ」という表現に、ほっこりしました。塚田さんの「無理しなくていいですからね」の微笑みに、こちらまで胸がときめきます。ピーチサワーを選んだ勇気、素敵です。無理のない範囲で、新しい自分に出会う瞬間が描かれていて、応援したくなりました🍑
鷹槻れん

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#契約結婚
鷹槻れん

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