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「リュー皇子のお母さんは今どこに……?」
7年前、何がきっかけか忘れてしまったけれどそう訊ねたことがあった。
すると彼はこちらを見ずに、さらっと答えてくれた。
「母上は2年前に病で死んでしまった」
「! ご、ごめんなさい!」
私が慌てて謝ると、彼は呆れたような顔でこちらを振り返った。
「なぜお前が謝る」
「だって……」
「確か、お前は父も母もいないのだったな」
「そう、ですが……私の場合、物心ついたときにはもういなかったのでそれが当たり前というか」
「そうか。……母上は元々身体が弱くてな。だが父上は、そんな母上のことを深く愛していた」
そう話すリュー皇子は、とても優しい目をしていた。
「だから、父上は母上がいなくなって本当はとても辛かったのだと思う。俺の前でこそそんな素振りは見せなかったが。……そこを、魔王につけ込まれたのではないかと俺は思っている」
そうして彼は魔王に対する怒りと憎しみを露わにしたのだ。
どこまでも続いていそうな暗い螺旋階段を慎重に上っていきながら、私はふとそんな昔の彼のことを思い出していた。
(リューは、お父さんとお母さん、両方を亡くす痛みを知っているんだ……)
それは私にはわからない痛みだ。
彼がいるかもしれないその部屋へはなかなか辿り着けず、運動不足だろうかすでに息が上がっていた。
等間隔に取り付けられた窓からは月が見えて、その薄ぼんやりとした月明かりと蝋燭の灯りのお蔭で、なんとか視界は利いていた。
(リューもこの窓から塔の中に入ったのかな)
……会えたらなんて言おう。
まずは勝手に城を出てしまったことを謝って、あと大嫌いと言ってしまったことも謝らなくては。
(謝って、それから……?)
もし許してくれなかったら?
もうお前のことは信用出来ないと、突き放されてしまったら……?
そんなリューを想像したら、ぎゅうと胸が苦しくなった。
とにかくちゃんと話がしたかった。
リューがエルとのことで何か誤解をしているのならそれを解きたかった。
やましいことなんて何もないのだから。
そして漸く、入口と同じような古い扉へと辿り着いた。
この扉の向こうにきっと彼はいる。
呼吸を整えて、よし、と意気込んでその扉をノックする。
「私です。リュー、いますか?」
……返事はない。
「リュー?」
もう一度、コンコンと扉を叩いて呼びかけてみるがやっぱり返事はなかった。
中からは物音ひとつ聞こえなくて、もしかしてここにはいないのではないかと不安になり始める。
と、よく見ればその扉には鍵はついていないようで、私はそのノブに手を掛けてみた。
するとガチャリと難なく開くではないか。
「入っちゃいますよ……?」
一応小さく断りを入れてその扉を押し開いていく。
ギィと音を立てて開かれた扉の向こうはやっぱり暗かった。
でも部屋の中がどうにか見渡せるのは大きな出窓から差す月明かりのせいだとわかって。
「!」
その出窓に腰掛けている人影があった。
「リュー?」
「……」
そのシルエットは彼に間違いないのに、返事はない。
簡素なベッドがひとつと小さな丸テーブルと椅子くらいしかない円形の小部屋に足を踏み入れ、もう一度呼びかけようと口を開いたときだった。
「なぜ来た」
抑揚のない、低い声。
窓の向こうに視線を向けたままの彼に、私は緊張を覚えながら答える。
「なぜって……その」
「また俺に襲われたいのか」
こちらを振り向いた彼の金の双眸がギラリと煌めいて、瞬間また後退りしそうになる。
でもなんとか堪えて、私は手に持っていた燭台をすぐそこにあったチェストの上に置き、彼をまっすぐに見つめた。
「勝手にお城を出たりして、心配をかけてすみませんでした」
先ずはそう謝罪する。
「それと、さっきは大嫌いなんて言ってしまってごめんなさい。でも、本当にエル……妖精王様とは何にもありません。それだけはちゃんと伝えたくて」
また、少しの沈黙が流れて。
「……なぜ、お前が謝る」
「え?」
「もう、ここへは戻らないかと思っていた」
そうして彼は再び窓の方を向いてしまった。
「奴の方がいいなら、妖精の国へ行ってもいいんだぞ」
「!」
何の感情も篭っていないその言葉を聞いて、私は大きく目を見開く。
「俺は、コハルの嫌がることばかりしてしまう」
リューが、力なく続ける。
「お前に相応しくあろうと、大切にしたいと思うのに、7年が経っても結局俺はあの頃の悪ガキのままだ」
「……なんですか、それ」
私が小さく掠れた声を出すと、彼はもう一度ゆっくりとこちらを振り向いた。
そんな彼を睨むように強く見つめて、この胸のもやもやを全部ぶつけるように私は声を荒げた。
「妖精の国へ行くくらいなら、元いた世界に帰りますよ! なんで私がまたこの世界に戻って来たと思ってるんですか!」
貴方が来いと言うから。
約束しただろうなんて言うから。
俺の元へ来てくれてありがとうなんて……、
ずっと待っていたなんて、言ってくれたから。
――こんな私を必要としてくれて、嬉しかったから。
だから、悩みながらもこの異世界に馴染もうと頑張っているのに。
「リューが要らないと言うなら、今すぐに私を元の世界に帰してください!」
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