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リクトは得意げな表情でマキネを凝視する。
「なんで“バルバドス・アライグマ”が来るんすか……」
頬をポリっと掻きながら、リクトの召喚した動物をマキネが眺める。
バルバドス・アライグマは、カリブ海・小アンティル諸島のバルバドス島に生息していた。
ペット用として乱獲され、減少の一途をたどった。
一九七〇年には絶滅していたとされる。
絶滅どうぶつの降霊はイチかバチかである。
全ての霊がネコロマンサーの呼びかけに応じるわけではないからだ。
気性の荒いどうぶつの降霊は、一層難しい。
種類を指定しただけでは、何が来るか分からない。
アライグマひとつとっても数十種ある。
そんな中、リクトは偶然にも絶滅種のアライグマの降霊をやってのけたのだ。
もっとも、リクトは“たぬき”を呼んだのだが。
「まあ、いいか。じゃ、名前をつけてください。再降霊時は個体(名前)を指定するんで慎重に――」
「アライだな」
「即答っすね。それでいいんすか?」
「性別が分からんしな」
リクトはアライグマの細面の顔をしげしげと眺める。
現世のアライグマよりもシャープな顔立ちだ。
針金のようにピンと張った髭。
体長六十センチの体を覆うダークブラウンの短い毛。
黒色と灰色が織りなす縞状の尾。
見れば見るほど性別がよく分からない。
「女子です」
はにかみながら、アライグマが返答した。
「そうか」
アゴに手を当て、リクトは再考を試みる。
「アイラはどうだ?」
リクトの問いかけに、黒いガラス玉のような目を輝かせ、ポッと頬を赤らめるアライグマ。
「決まりっすね。これで指名できるっすよ」
霊のデリバリーに成功し、どうぶつに名を与えることで再降霊(指名召喚)が可能となる。
どうぶつから依頼がきた場合も同様、依頼主(どうぶつ)を直接呼ぶことができる。
個体を特定できるため、大きさ・色形などを意識する必要がないからだ。
「はい。いつでも呼んでください。掃除・洗濯なんでもござれです!」
アイラは二本足で立ち上がると、中二病っぽいポーズを取ってみせた。
「アライグマって気性が荒いイメージがあったっすけど、この子は温厚そうっすね」
アイラのゴワゴワの毛を撫でるマキネ。
「俺は洗濯のイメージが強い」
動物に触れることができないリクトは、マキネの顔をアイラの剛毛に押し当て、硬さを確認した。
「そうなんですね。実際はそうでもないんですよ……」
なで肩をさらに落としたアイラが胸襟を開く。
「どうぶつ園でのらりくらりと生活しているアレとは違って、野生のアライグマは食べ物を洗ったりしません。食うか食われるかの厳しい世界ですから」
「要するにあれっす。奥地に住んでいる先住民“オレたちひょうきん族”的な人らのイベントみたいなもんすよ。腕時計をつけてたり、スマホ使ったり。実は近代化してんのに夢壊すからって観光客には、昔ながらの生活スタイルを見せるとか。どうぶつ園のアライグマも然りってやつっすよ」
マキネが微妙な例えを出してくる。
妙に説得力のあるマキネの言葉を、リクトは黙って聞いていた。
「ええ。そのせいで洗濯のイメージが定着したのかもです……」
アイラは、なで肩をさらに落とし“なでなで肩”になってしまう。
「ところでアイラ。折角だ。何か叶えたい望みはないか?」
リクトは変な棒でアイラを優しめにド突く。
「今は思いつかないです。それに、願いが叶うと成仏してしまいます。そうなると現世には来られなくなってしまうと聞いています……」
掃除機に吸引された霊が成仏すると高確率で美少女に転生する。
アイラに転生を拒んでいる様子はない。なにかやり残したことがあるようだ。
「そうか。アイラ。これからどうする?」
無理に成仏させることはない。
本人(動物)の意思を尊重する。
リクトはクリーナーを置く。
「洗濯の途中で来たもので、一度戻ろうかと」
「洗濯が必要なときに呼ぶ」
アライグマの手の動きを見たリクトは、ゴワゴワのティッシュを柔らかくしてもらうか? とも考えていた。
「リクトさん、ついでにマキネさん。それでは!」
マキネの後頭部でド突かれたアイラの霊は、人形(本人)の尻から“プリッ”と飛び出ると、プスっと消えていった。
「ウチは、ついでかい!」
マキネは床に転がり、ダダをこねる。
「なぜアイラの霊は肛門から出たんだ?」
リクトは、いまだに床に転がるマキネに、冷めた視線を送った。
「霊はオナラみたいなもんだからっすよ。そういや、なんか臭うっすね」
体を起こし、鼻をつまみながらマキネが答える。
霊は無臭のため、マキネの勘違いだろう。
「結果は? 合否なんて特段気にはならないが」
リクトは試験結果の発表を待っていた。
手にかゆみ止めを塗布しながら、マキネの様子を窺う。
正確には威圧だ。
「そうっすね。手にジンマシン出して頑張りましたし。まあ、オマケで合格にしときやす」
「そんな適当でいいのか? 昔の自動車学校の教官みたいに、教習生の短所・失敗をネチネチと責めて、終了のハンコを出し惜しみしたほうがいいんじゃないのか?」
「期限切れの食糧を呼んだのはポイント高いっすね。手違いでも絶滅種のアライグマの霊を呼びましたし」
マキネは、別の意味でリクトの素質を評価したようだった。
絶滅種の場合、図鑑には写真ではなく挿絵が掲載されることが多い。
そのため、どうぶつの降霊は、ネコロマンサーの想像力が成功のカギを握っている。
「晴れて合格ってことで、これをやるっす」
お手製とおぼしき『ネコロマンサー認定証』をリクトに手渡すマキネ。
感慨の“かの字”も沸き起こらないリクトは、チラシの裏に書かれた認定証をビリっと破く。
「すでに話したと思うんすけど、リクトくんには絶滅どうぶつの願いを叶えてやって欲しいんす。じゃ、正式な依頼がくるまで暫く待機ってことで。副業可なんで、好きな事して過ごすがいいっす」
リクトに紙を破かれるのは想定内だったようだ。マキネは笑みすら浮かべている。
「わかったよ」
「あ、そうそう。練習で思い出したっす。ネコロマンシー(絶滅どうぶつの降霊術)は決して人に見られないようにしてくださいな」
「なぜだ?」
聞かされていたが、理由まではわからない。リクトは興味本位で訊いてみる。
「見ての通りショボイんで、儀式を目撃した観客が、ガッカリすると思うんすよ」
「理由はそれだけか?」
「はいっす!」
満面に笑みを湛えたマキネの顔にイラっとしたリクトは、マキネの小さな顔面を思わず鷲掴む。
ネコロマンサー三原則を思い出すリクト。
ルールはあってもいい。
だが、あまりに理由がショボイため怒りを覚えたのだ。
「イテテテ。いや、本番までにLED準備するっす。魔法陣も光らせて派手に演出しますから、その手を離してくださいって! いいものあげるんで許してくだせぇよ……」
マキネが何やら怪しげな機械をリクトに差し出す。
なにかの計測器のようだ。二十センチほどの細長いボディの先端から突き出た棒状のものにスポンジが取り付けてある。簡易的な騒音計測器にも見える。
「なんだこれは?」
お約束といわんばかりに、リクトはガサガサのスポンジをマキネの顔面に押し当てる。
「悪霊探知機っすよ。いや……ちゃんと説明すっから機械でグリグリしないでくれってば……」
マキネは、探知機とやらをリクトから奪い取る。大事そうに機械の状態を確認している。
「高いんすから大事に扱ってくださいっての」
機械のスイッチはオンになっているが、二センチ四方の液晶画面に表示された数値は変わらない。
「試せるか?」
「魂の腐ったヤツなんてこの部屋にいませんて。いや、リクトくんに反応すっかもしれないっすけど」
「そもそもなんでこんなモノが必要なんだ?」
転生してしばらくは、動物の成分は残る。完全な人になるまで暴走、最悪の場合悪霊と化す。
そんな悪霊を探知するのが目的だ。
「ウチは腐ってねぇんだよ!」
涙目でマキネが訴える。
「悪霊の他にも、生ゴミとか、ウチみたいに人を超越した存在にも反応すんだよ! たぶんすっけど……」
マキネは生ゴミであるという自覚でもあるだろうか。声が尻すぼみになっている。
「やはりオマエはゴミということか」
「ちげぇよ! たぶん……。んで、探知機はリクトくんに預けておきますよ」
探知機を受け取ったリクトが再びスイッチを入れると、センサー部分をマキネに向けた。
案の定、けたたましい警告音が鳴り響く。
「いや、やっぱり返してくだせぇ。せめて悪霊と生ゴミくらい区別するように改良してもらうっす……」
マキネは小首をかしげながら、探知機を風呂敷でくるんだ。
「ところで、履歴書にネコロマンサーって書いてもいいのか?」
就活を再開するにあたり、特技欄・職歴欄に記載しようと考えたリクト。
「バカなんすか? そんなこと書いたら“中二病”に認定されるっすよ!」
「マキネ。表に出ろ!」
「リクトくん。中二病の治療は保険適用外なんで覚悟しとけよ! あ、そこはヤメテ。イテテテ」
部屋から引きずり出されたマキネは、リクトにすべての関節をはずされる。
「ヒャッハーッ!」
マキネの悶絶が玄関前の廊下にこだまする。