TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

ガヌロンの心は限界だった。

どれだけ立派な屋敷に住んでいても、ガヌロンの味方は誰一人いないように思える。


自らを追い詰め、呪い続けた結果、その心はガヌロンは死んだと誤解した。


もう死んだ方がマシだ。死んでいる方が楽だ。

だから、もう死んでいる。


もう、何も考えなくていい。

だって、もう死んでいるのだから。


心が急激に回復していく。

回復というのは語弊があった。心そのものが失われていくことで、自らを呪う自分自身もまた失われているだけだ。


強度限界を迎えた心の自己崩壊。

酷使され続けた心の自殺である。


人が自殺する時、そこに苦悩や絶望があることは皆知っていることだが、実はそれだけがすべてではない。強烈な自己愛もまたそこに生まれることがある。


現実で向き合うべきあらゆる責任を放棄し、自己憐憫に浸りながら、胸にナイフを滑らせる。自分が楽になるために、ただその為だけに世界のすべてを拒絶する。


そこにあるのは歪ではあれ、また一つの愛なのだ。




氷の呪いを解く方法はただひとつ。

誰かに愛されること。


ガヌロンは自らの愛によって、呪いを一部打ち消した。


「なんだ、この胸を焼く熱は」



氷塊の一部が欠け割れ、心の底に落ちていくように。

過去の記憶が落ちていく。


誰も知らない心の水面にその氷が触れた時、記憶が流れ出した。


「なんだ、これは」


ありありと浮かぶそれは。怒号をあげ、襲いかかってくるトロンの兵士たちだ。国境を越え、一目散にヴィドール領に攻めて来る。


それは過去のループの記憶。

凍り付いたガヌロンの心が保持し続けてきた。死の記憶である。


停戦条約を破り、宣戦布告もなく、フリージア本国との話し合いすらなく、トロンが単独で攻めてきたのだ。


みるみるうちにランバルドの要所を攻め落とし、ヴィドール領へと押し入り、この館にまで攻めて来る。


「答えろ! なぜフェーデを殺した!」


烈火の如く燃える瞳で、アベル王子が叫ぶ。

それはフェーデが自殺し、ガヌロンのトロン攻めが遅れた世界線。


その世界のガヌロンは何と答えたのだろう。

うまく思い出せないが、言われたことは覚えている。


「貴様には死すら生ぬるい、凍てつく呪いをくれてやる」


アベルの魔法がガヌロンの心を凍らせる。

誰かに愛されるまで解けない氷の呪いは、ガヌロンの人生を大きく歪ませた。


まず、他人への興味が失せた。自分自身のこともどこか他人事のように感じる。

あらゆる記憶が長く保たない。記憶を捕まえようとしても、すべるようにどこかへすり抜けていってしまう。


目も悪くなった。

どういうわけか、すべてがぼやけてみえるのだ。


ヴィドール領から追放され、浮浪者として各地を徘徊しても、ロクな仕事につくことができない。


他人も自分も蔑ろにし、物覚えも悪い。

その上、元貴族らしい傲慢さの残る男など誰も雇いたくはない。


そのルートのガヌロンは食うに食えずに乞食となり、枯れるように死んでいった。




ここにアベル王子の大きな誤算がある。

凍り付いた心が記憶と共に次のループに持ち越されることをアベルは知らなかった。


やむを得ないことだろう。

誰だって、来世の他人がどんな人生を送るかなどわかるわけがない。


今生での行動が来世にどのような影響を与えるか、知り得るわけがないのだから。



「ハハ! ハハハハ!! そうか、そうかそうかそうか!!」


ガヌロンは思い出した。

どういう理由かはわからないが。とにかくトロンが、アベル王子が攻めて来る。


どこからどのように、どんな手段で攻めて来るか、すべてわかっている。

あの苦渋、あの辛酸、すべて克明に思い出せる。


トロンを攻め落とすことができなくても、攻めてきたアベルを仕留めることはできるのだ。


何せ、相手の手はすべて視えているのだ。これほど容易な戦はない。

本来、王子自らが最前線を走るなど考えられないが、絶対にそうなるという確信があった。


ならば手はある。

やりようはある。


今のアベルにトロンを攻める理由がないなら、作ってやればいい。


「アンナ! アンナをここに呼べ!! 出かけるぞ!!」


まだだ、まだ俺は英雄になれる。

人々に愛される人間になれる。


たとえすべてを利用してでも、俺は幸せになってみせる。

loading

この作品はいかがでしたか?

22

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚