テラーノベル
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僕には気になる人がいる。
放課後、テニスコートで練習している憧れの人。
白いシャツが夕陽に透けて、汗を拭う仕草さえ綺麗だった。
その人の名前は、黒川蓮(くろかわ れん)先輩。
2年生で、テニス部のエース。
「……また見てる」
隣から呆れたような声がする。
同級生の千尋だ。
僕がどれだけ黒川先輩を目で追っているか、たぶん千尋にはもうバレバレだ。
「好きならさ、話しかけてみればいいのに」
「無理だよ。あんな遠い人…」
近づけるはずがない。
コートの中の先輩は、眩しすぎるから。
「…あ、そんなに黒川先輩が好きなら同じ部活に入れば?」
隣でスマホをいじっていた千尋が、ふいにそんなことを言ってきた。
「は? なに急に…!」
思わず声が上がる。
胸の奥がドクンと跳ねた。
「だってさ、放課後ずっと見てるじゃん。テニスコートのほう。」
「……見てないし」
目を逸らしながら言ったけど、きっとバレバレだ。
だって、黒川先輩がサーブを打つたび、心臓が跳ねて、呼吸が浅くなる。
「じゃ、入っちゃえば? テニス部。理由なんて、“運動不足だから”とかでさ」
「無理だって…先輩と話したこともないし」
「それ、入れば叶うじゃん」
千尋の何気ない一言が、まるで背中を押すみたいに心に入り込んでくる。
…同じ部活に入れば、少しでも近づける?
黒川先輩のことを、もっと知れる?
ほんの少しだけ、勇気がわいた気がした。
「……入ってみようかな、テニス部」
自分の口から出たその言葉が、風にのって夕陽に溶けていった。
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