テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
本当に、本当に何もない日だった。
でもクリニックでは「心因性だから気にしなくていい」と言われていた微熱が38℃を超える高熱になっていたことは気がかりだったし、友達と遊びに行く約束があったためにほとんど寝ずに街に繰り出してしまったことは特筆すべきことであろう。
友達と別れてパレスに戻り、遊び疲れた体は畳を求めていたので別邸に入れてもらった。
食欲が無くてお昼ご飯にしようと思っていた菓子パンを食べながらユーハンの淹れてくれた緑茶を飲んでいたのだが、パンは喉を通らず口の中に逆流して今にも吐きそうになってしまうほど気分が悪かった。
「主様、大丈夫ですか?ここに吐いても大丈夫ですからね」
ユーハンが新聞紙を敷き詰めた洗面器を持ってきてくれたが、とりあえず何とか飲み込んで大丈夫だと笑って見せた。
そうだ、友達と遊んだ時に撮った写真をSNSに上げとかないと。
私はスマホを取り出してSNSを開いた。そこまでの記憶しかない。
気が付けば担架に乗せられて猛スピードで本邸の階段を上っているところであり、揺れで完全に酔って洗面器にさっき食べた菓子パンだったものを吐き出した。
治療室に運ばれると、ルカスが真剣な表情で私の体の隅々まで調べるように診察をしてくれた。尿検査も血液検査もされて、何が起こったのかよく分からないままであったが、信じられないほどの体の重さと疲労感と頭がぐらぐらと揺れるような目眩で只事ではないのだろうなということだけ分かった。
点滴を繋がれて治療室のベッドに寝かされると、別邸の執事達が心配そうに私の周りに集まった。
「主様、何が起こったかお分かりですか?」
「急に倒れるからびっくりしたんだぞ?」
「幸い畳の上で倒れたので頭を打ったにしても軽症だと思うんですけど、頭痛は?」
「ユーハンが珍しく悲鳴を上げていたのだぞ。自分の体調くらい管理できるようになれと何度言えば分かる?」
「でも人がいるところで倒れてくれてよかった…明日見に行ったら冷たくなってました、とかだったら俺達耐えられなかったかもしれない」
「このオレに担架持ちをさせたんだから貸しにしておくからね、ご主人サマ」
担架で運ばれたのは覚えているがスマホを開いたところで記憶が途切れている私は何があったのかと執事達に尋ねた。
「それは…それはもうびっくりさせられました…。急に倒れこんでうーうーと唸っていたかと思ったら全身を痙攣させて…まるで釣り上げたばかりの魚のように痙攣していたのですよ?ハナマルさんが多分てんかんだから落ち着けと言ってくれなければ、最悪自害も視野に入れておりました」
私は死ぬと思われていたのか。ユーハンに自害を視野に入れさせるほど酷い痙攣を起こしたのならこの重怠い身体にも説明がつくなぁと思った。
「そうそう、急に倒れて痙攣してたんだぞ~。ガキの面倒見てなかったらてんかん発作っぽいとか分からないからさ、俺が居てよかっただろ?」
ハナマルはてんかん発作を見たことがあったので冷静に対処してくれたらしい。そんな経験のない人の前でいきなり発作を起こしたらパニックになってしまうだろうな、とハナマルの経験豊富なところに感謝したくなった。
「俺はユーハンさんが何度も悲鳴のような声で主様を呼んでいるのが聞こえて見に行ったんですけど、泡を吹いていたみたいになっていて…正直かなり焦りました…」
テディにも心配をかけてしまったらしい。泡を吹いているようになっていたら、そりゃ焦るだろう。怖い思いをさせてしまって申し訳ない。
「…フン、ユーハンが悲鳴を上げるほど取り乱すとはな。だが、全てはお前の管理不足だ。食事と睡眠…生きるために必要なことをおざなりにするから、こんなことになったのだぞ」
シロは私のここ数日の生活を鑑みてキツい言葉を突き刺してくる。確かに不調ではあった。でもこのくらいなら大丈夫、食欲が出たら食べよう、と放置した私が悪いのは確かだ。でももうちょっと優しくしてくれたっていいじゃない。こちとら原因不明でぶっ倒れたのよ?
「俺が見に行った時には痙攣は治まってて、ふらっと立ち上がってうろうろ歩き回ってたんだよ。でも声を掛けても反応がなかったし、少し反応したかと思ったら「お薬手帳持ってきて」って言ってるのに全然違うものを持ってきたりしたからね…あれも怖かったな…」
ベレンは立ち上がってふらふら歩き回っていた私に声を掛けてくれたらしいが、全く記憶にない。お薬手帳は多分鞄の中に入れっぱなしなんだろうが、持って来なくて大丈夫だったのだろうか?私が口を開こうとするとクロウザーが懐から私のお薬手帳を取り出し、ルカスに渡した。
「大体ご主人サマの行動パターンは把握してるからね。お薬手帳は回収しておいたよ。でも、使うことなんてなさそうな担架を持ってきて運ぶことになったときはちょっとびっくりしたかな。オレをびっくりさせるだなんてご主人サマくらいしか居ないよ、まったく…」
マフィアのボスに行動を読まれていることと、担架で運んでもらったことと、どちらに驚けばいいのだろうか?念のため、とルカスとミヤジが使い方をレクチャーしてくれたお陰で迅速に治療室まで運んでもらえたのは良かったのか?吐いたけど。
MAKO
447
30
とりあえず、ぶっ倒れて痙攣して意識朦朧で歩き回って言葉も通じなかったことは分かった。
検査結果とお薬手帳を見ながらルカスが別邸の執事達を掻き分けて私の枕元に立った。
「状況と検査結果に特に気になる点が無いことを考えると…恐らくてんかんだね。ここでは脳波の検査はできないから、明日にでも街の大きな病院で検査してもらいましょう。そうすればてんかんなのか他に原因があるのかハッキリしますから。とりあえず今日はもうお休みになってください。点滴は無くなってもしばらく管は抜かないでおきますからね」
てんかん…聞いたことはあるけれど、どんな病気なのかよく分かっていなかった。脳波に異常が出る病気だったんだ、と1つ賢くなった気になって頷くと、ルカスは別邸の執事達を帰らせてベッドサイドに椅子を持ってきて座った。
「安眠サポートというよりはこれ以上発作が起こらないか経過観察させていただきますね。睡眠に入りかけているときにも発作が起きやすいと言われていますし、主様の飲んでいらっしゃる薬の中にはてんかんの閾値を下げてしまう薬が複数ありました。これからまた発作が起こらないとは限りませんし、薬の大幅な調整が必要になります。主様にこれ以上負荷をかけてはいけないのですが、誰も居ないところで発作を起こしても怖いのでしばらくは付き添いをさせてくださいね。お風呂もフェネス君に5分おきに声を掛けるように言っておきますので」
なんだか大事になってしまった気がする。とりあえず今晩はもう寝ていいと言われたので素直に目を閉じて、脳波の検査ってどんなのなんだろうなと考えながら眠りに入った。
翌日、ルカスと2人で街で1番大きな病院に行った。ここなら脳波の検査もできるらしい。
[では、塩水でゴシゴシしますね。終わったら髪は洗って構いませんからね]
技師さんは電極(?)を貼りつける部分の髪の毛を持ち上げて頭皮をゴシゴシと拭いていく。結構力を入れてゴシゴシされるのでちょっと痛い。
全体的なゴシゴシが終わると、電極(?)のついたゴム製の帽子みたいなものを被せられた。
そして診察台に横になるように言われて、眠くなるかもしれないが起きていてと言われて検査が始まった。検査は急に光を当てたり、光を点滅させたりすることで脳波がおかしい動きをしないかを見る検査らしい。
[今度は眠っているときの脳波を取るのでこれを飲んで横になってください]
少しだけ眠気を誘うような薬だという苦い液体を飲んでもう一度診察台に横になった。それからの記憶はなく、技師さんの声で目が覚めたので検査の間すやっと眠ってしまっていたのだろう。
我ながら図太いなぁと思いながらその日は帰ることになり、結果は後日伝えてもらうことになった。
「お帰りなさいませ、主様。…ふふ、ゴムの痕がおでこについてます。屋敷に着くころには落ち着くといいですね」
『え…それで街を歩かないといけないの?』
「恥ずかしいですか?では…うーん…でも主様はいつも日傘を差していらっしゃるではないですか。主様の身長なら大抵の人の視界には傘しか映りませんよ」
『…それなら…まぁ…いいか…』
私は日傘に隠れつつルカスと一緒に屋敷に戻った。
数日後、検査結果が届きルカスは清々しいほどにこやかに「てんかんですね」と言いやがった。
つまり、いつどこで発作が起こるか分からない状態で生活しろと言われているようなものだ。これでは機械の操縦や1人で出歩くのに制限がかかってしまう。まぁ機械の操縦は睡眠薬を服用している時点で禁止事項だったので大差はない。しかし、1人になると危ないかもしれないというのはとても怖くて面倒だ。
『ねぇルカス、作業所って…』
「行く許可を出すとお思いで?」
『だよねー…』
しばらくは作業所に行けない。とりあえず1週間ほど休みを取って様子を見ることにした。
「でもご安心ください。抗てんかん薬はいくらか種類があります。その中から主様の体質に合った薬を探していきましょう。てんかんの寛解の目安は5年と言われていますから、気長にやっていきましょうね」
ルカスはとりあえず王道の第一選択薬から試してみることにしたらしい。小さな錠剤を朝に飲むように言われて、痒みや湿疹が出たら即中止にするということだったが特に副作用は出なかった。
てんかんになったからと言って精神疾患が改善するわけではない。てんかんで倒れてからどうも調子がおかしくなってしまい、ほとんど眠れない夜を過ごすことも珍しくなかった。
今日も寝不足からなのか欝からなのか分からない身体の重さを感じながらベッドから立ち上がり、部屋から出ようとした。
すると目の前が暗くなって平衡感覚がなくなるような目眩を感じた。いつもの起立性低血圧だからと気にしないで見えないくせに歩みを進めてドアノブを手探りで探し当てると視界が開けた。もう大丈夫、そう思った瞬間腕が言うことを聞かなくなり硬直した。まずいと思ってドアに背中を預けた瞬間に手足ががくがくと震えて立っているのがやっとの状態になってしまった。特に膝は今まで経験したことのないほどがっくがっくと震えていたので怖かった。震えが治まると私はルカスに報告したほうがいいよね、と思って治療室に向かった。
「主様!そういうときは!倒れていいんですよ!!」
『えぇ…でも怪我しなかったからいいじゃん…』
一部始終を話すとルカスはカルテを書く手を止め、眉を寄せてキツく言い放った。
今回は体重を預けられる物があったから倒れずに済んだが、外だったり部屋の真ん中に居たりしたら確実に倒れていただろう。でも倒れて頭を打ったり誰かに迷惑をかけたりしていないのだからそんなに怒らなくても…と思う私の態度を見てルカスは頭を抱えてしまった。
「はぁ…とりあえず起立性低血圧がてんかん発作のトリガーになっているかもしれない、と。それで、主様は今まで起立性低血圧の治療はしていませんでしたよね?」
『うん、3秒くらい真っ暗で方向も分からない状態になることもよくあることだよ』
「それで日常生活を送れているのが異常ですからね?とりあえず血圧が下がらないようにするお薬を始めてみて様子を見ましょうか。ついでに毎日血圧を測りましょうね」
1つ解決したかと思ったらまた1つ問題が見つかる。これがいつまで続くのだろうかと私は溜息を吐くことしかできなかった。
『ねぇルカス…来月のシフトなんだけど…』
「あぁ、もうそんな日なのですね。主様、分かっているかと思いますが週5で行かなくては意味がないとか思ってはいけませんよ?体調に合わせて無理のないシフトにしてください。
それを踏まえて主様は週に何回なら無理せずに作業所に通えると思いますか?」
『うーん…週…3くらい?』
「まぁそのくらいが妥当でしょうね。でも体調が優れなかったり発作が出たりしたら休むのですよ?週3だから全部行かないといけないと思ってはいけません」
『でも一応抗てんかん薬もある程度増えたし、発作も小さいのしか起こってないから大丈夫だと思うんだけど…』
「主様、よーく考えてください。ここで無理をしてこの先全てを棒に振るのと、今休んで頑張れるようになってから頑張るのと、どっちがいいですか?」
ルカスに厳しいことを言われて私は言い返す言葉もなかった。
しかし、連休のせいで土曜日も通所できて社会復帰のための勉強会をやると言われた私は迷わず飛びついて週4にして、こってり絞られてしまうのだった…
コメント
3件
うわぁ…これは心にズシッときたわ。発作で倒れたところも怖かったけど、それ以上にルカスの「倒れていいんですよ!」と「無理して全部棒に振るより今休め」って言葉が刺さった。完璧にやろうとしすぎるタイプの主人公だからこそ、その優しい厳しさが沁みるんだよな…。体調管理って難しいけど、周りに頼れる人がいるって大事だね。続きが気になる!