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最終話 永遠の間
夜は、まるで底のない井戸のように静かだった。
病室の時計だけが、律儀に秒を刻んでいる。
窓の外の灯は遠く、ここだけが世界から切り離されたようだった。
布団の中で横たわる晴明の胸は、
かすかな揺れを残すだけになっていた。
その傍らに、ご先祖様が静かに座っている。
痩せた指を、晴明の手に絡めるように重ねながら。
『……寒くないかい?』
囁きは、風よりも柔らかい。
けれど、その奥に潜む焦りだけは、どうしても隠しきれない。
晴明は、かろうじて瞼を持ち上げた。
目に映るのは、ご先祖様の顔――それだけ。
「……ねえ、ご先祖様」
声は、糸みたいに細い。
切れそうで、でも、まだ繋がっている。
『なんだい、晴明』
「僕……ちゃんと、起きようとしてたんだよ」
「みんなの声も、少しだけ聞こえてて……」
息を吐くたび、胸が沈む。
それでも、微笑もうとする。
『知っているよ。
君は、いつも“正しい方”へ行こうとする』
ご先祖様は、優しく笑う。
その笑みには、慈しみと、独占欲が並んでいた。
『でもね、外の世界は——』
言いかけて、言葉が止まる。
指先が、ほんの少しだけ震えた。
『……外は、何も君を守ってはくれない』
晴明は、黙って胸の上を見た。
聴診器の代わりに置かれた看護師の手が、
そっと拍動を確かめている。
ゆっくり。
さらに、ゆっくり。
「怖いのはね……」
晴明は、かすれた声で続けた。
「ここにいたら、全部あきらめたみたいで……
それでも、離れたくないって思う自分が……いちばん怖い」
ご先祖様は、目を伏せる。
『あきらめではないよ。
“選ぶ”というのは、いつだって痛みを連れてくるだけさ』
指が、晴明の頬を撫でた。
涙は落ちない。落とさない。
『私はただ、君の痛みを取り除きたいだけなんだ。
ここなら——誰も、君に触れられない』
静寂が落ちる。
時計の音さえ、遠くなる。
晴明は、ゆっくりと視線を横に向けた。
そこには、病室の扉。
外の世界へつながる唯一の境界線。
「でも、ご先祖様は……寂しくない?」
ご先祖様は、少しだけ驚いたように目を見開く。
次いで、柔らかく微笑んだ。
『寂しさなんて、とうに慣れたよ。
だからこそ——もう一度は、味わいたくないんだ』
沈む息。
静まる胸。
ご先祖様は、晴明の額へ、自分の額をそっと重ねた。
『一緒にいよう、ここで、ずっと。
時間も、別れも、何も入れない場所で』
晴明は、長い間考えて——
やがて、小さく頷いた。
「……うん、なら、もう……いいや」
その瞬間、部屋の音が一つずつ消えていく。
時計の針が遠ざかり、
機械の微かな電子音が、闇へ沈む。
鼓動が、ひとつ跳ねた。
そして、間が開く。
さらに——
止まる。
看護師が、小さく息を呑む気配。
医師が駆け寄る足音。
静かな声で告げられる時間。
しかしそれらは、晴明には、もう届かない。
代わりに——
布団の上に、もう一人の晴明が立っていた。
透明で、しかし確かにそこにいて、
どこか恥ずかしげに、ご先祖様を見上げている。
「……来ちゃった」
『ようこそ』
ご先祖様は立ち上がり、手を差し出す。
その手は、あたたかい。
そして、逃がさない。
『これで、もう離れない』
晴明は、その手を握り返し、少し笑う。
「ねえ、ご先祖様。これから、どこへ行くの?」
『どこへでも。
ただし——二人でだよ』
肉体は静かに横たわり、
外の世界は、いつも通りに流れ続ける。
けれど、二人の影だけは、
病室を出ても、夜を越えても、重なったままだった。
誰の声も届かない場所で、
時間はゆっくりと、そして確実に止まる。
永遠という名の静寂の中で、
晴明は、ご先祖様の肩にそっと寄り添った。
「大丈夫。僕、もう迷わない」
『ああ。これでいい。
——これが、君と僕の“正解”だ』
そして、灯りがひとつ消える。
物語もまた、静かに幕を下ろした。
更新できてなくてごめんなさいッ!!
スマホに制限がかかって全然描けなかったです
ほんとにごめんなさい
あとでリクエストBOXに誰々とこういうカプでこういうシチュで終わりはこんなのがいいっていうのを描いていただければ描きますー!
コメント
1件
描いてくれてありがとうございました! 本当に最高でした! 晴明君と晴明公はこれで離れることなく黄泉に逝くのかな…本当に最高でした! 他のお話しも楽しみにしてます!