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はーい!今回は湖EK屋様のコンテストに参加させてもらいます!
共依存?
桃青!
桃視点
「出会いじゃなかった、最初から君だけだった」
まろと初めて会ったのは、高校一年の春だった。
桜の花が、もう散りかけていた。まだ制服の袖も硬くて、なじまないネクタイを緩めるのもぎこちなかった季節。 俺は教室の隅で、なるべく目立たないようにしていた。新しい環境、新しい人間関係、全部がうるさすぎて息苦しかったからだ。
「……なあ、そこの子。名前、なんて言うん?」
その声は不意打ちだった。関西訛りの柔らかい声音。ふわりと笑うその顔に、俺は一瞬言葉を失った。
「……ないこ。俺の名前」 「そっか。ないこくんやな。うん、ええ名前やん」
まろは、最初から距離が近かった。名前を呼ぶとき、どこか楽しそうで、でもそれ以上に真っ直ぐだった。俺のことを”誰でもない誰か”としてじゃなく、”俺”として見てくれる目をしていた。
最初は、戸惑った。 けれど、すぐに気づいたんだ。
この人のそばにいると、息がしやすくなる。
それから、自然と一緒にいるようになった。放課後、昇降口で待っていてくれるのも、コンビニでアイスを買ってくれるのも、まろだった。 俺は話すのが得意じゃないけれど、まろはそんな俺の沈黙を、静かに許してくれた。
「なんも喋らんくてもええで。ないこの沈黙、心地ええからな」
そんなことを言って、笑ってくれた。
それが、俺には嬉しかった。 ……嬉しすぎて、怖かった。
まろは優しい。 誰にでも優しい。
でも、それが嫌だった。 まろが他の誰かに向ける笑顔を見るたび、胸がざわついた。
──どうして俺以外の誰かにも、そんな顔をするんだろう。
そんなふうに思うようになったのは、夏が始まる前くらいだった。
*
七月。陽炎がゆれる午後。
まろが俺の家に来た日。
「ほんまに、俺、上がってええの? お母さんとか大丈夫?」 「……母さん、夜勤だからいない」 「そっか。じゃあ遠慮なくな」
まろは俺のベッドに腰をおろし、ぺたんと座った。
「なんか、ないこの部屋って、静かやな。お前っぽいわ」
俺は、その言葉が嬉しくてたまらなかった。
「まろ」 「ん?」 「……ずっと、俺のそばにいてくれる?」
一瞬、まろの顔が驚いたように揺れた。 けれどすぐに、笑って。
「アホやな、そんなこと聞かんでも……俺は、ないこのもんやで?」
その言葉に、胸がいっぱいになった。 息が苦しくなるほどに、幸せだった。
その日から、俺の中でなにかが音を立てて変わり始めた。
まろが笑えば俺も笑った。まろが怒れば、俺は世界を憎んだ。 まろが泣いた夜には、一緒に泣いた。
気づいたときには、俺の“感情”のほとんどが、まろで構成されていた。
──まろがいなかったら、俺、もう自分がなんなのかわからない。
*
夏休み明け。 教室の空気は湿っていて、机に腕を置くとじんわり汗ばむ。
「なあ、ないこ。最近、顔色悪ない?」 「……そう?」 「寝てへんとかちゃう? 無理すんなよ?」
まろの手が俺の額にふれる。 それだけで、心が安堵する。
……俺、病気かもしれない。 まろがいないと、不安で仕方がない。 会えない日は、息の仕方さえわからない。
それを、まろはまだ知らない。
──君が俺の全部なんだってことを。
*
下校途中、まろが急に言った。
「ないこ、今度の文化祭、クラスで演劇するやん? あれ、台本書いた子に誘われて、主役やってって頼まれてん」
……その瞬間、心臓が落ちたような感覚がした。
「そっか……」
言葉が出ない。笑顔も作れなかった。 まろが他の誰かと、大事な時間を過ごす。 それが怖かった。
まろは、何も気づかずに笑っていた。 俺の“中”に、ゆっくりと嫉妬という色が染みていく。
──まろが主役の劇。 ──きっと、相手役の女子と見つめ合う。 ──たくさんの人に、笑顔を向ける。
そんなの、嫌だ。 まろの笑顔は、俺だけのものなのに。
*
その夜、俺はスマホを握りしめていた。
【やっぱり、主役やめて】
そんな言葉を打っては消して、打っては消して。
──言いたい。けど、言えない。
でも、思ってしまう。
──俺だけを見てよ。
その瞬間、LINEの通知が鳴った。
【ないこ、今日の顔、ちょっと怖かったで。なんかあったん? 俺、気にしてる】
……やめてよ、そうやって優しくしないで。
俺は、壊れてしまう。
「まろ……俺、どうすればいい……?」
届かない声を、夜の中に落とした。
文化祭の準備が本格的に始まると、まろと過ごす時間は急激に減った。
「ごめんな、ないこ。今日は放課後も練習で……終わったら連絡するから」
まろは申し訳なさそうに笑った。 その顔が、妙に遠く見えた。
連絡は来る。 「おつかれ」「眠い〜」とか、たった数行だけど、毎日続いている。 それでも、足りなかった。 画面越しじゃ、まろの声も、体温も、感じられない。
──まろ、今誰と一緒にいるの? 笑ってる? 俺以外の誰かと?
そんなことばかり考えて、眠れない夜が続いた。 まろのいない部屋は、空気さえ冷たい。
スマホの通知が鳴るたび、心臓が跳ねた。 でも、それがまろじゃないと、心が地面に落ちる。
──これって、依存っていうのかな。
自覚しながら、でも止められなかった。
*
演劇の本番一週間前、放課後の校舎でまろの姿を見かけた。 誰かと笑っていた。 相手は女子。たぶん、ヒロイン役の子だ。
──いやだ。
胸が苦しくて、立っていられなかった。 その場から逃げるように、裏門から帰った。
夜、ベッドの中で泣きながら考える。
──なんで、まろの全部が俺じゃないんだろう。
それが苦しかった。
*
「……なあ、ないこ。お前、最近、俺のこと避けてへん?」
数日後、まろが俺の家に来た。 顔を見るなり、そう言った。
俺は、黙っていた。
「ずっと連絡しとったし、劇の話もしたやん。忙しくて、あんま構えへんかったけど、……それでも、ないこのこと考えてたんやで」
「考えてただけじゃ、わかんないよ……」
口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。
「考えてたって、まろは劇やってた。俺とじゃなくて、他の誰かと時間過ごしてたじゃん……!」
声が震える。 涙が勝手に出てきて、視界が滲んだ。
「俺、まろがいないと、だめなんだよ……! 一人の時間が、怖くて、息できなくて……!」
まろは、黙って俺を見つめていた。 しばらくして、静かに近づいてきた。
「ごめんな、ないこ……気づいてやれへんかった」
そして、抱きしめられた。
「お前がそんなふうに思ってたなんて、俺、ほんまに……ごめん」
その言葉で、心がほどけた。 いや、溶けたのかもしれない。
この人の腕の中なら、すべてを手放せる気がした。
*
文化祭の本番の日。 劇が終わると、拍手と歓声が響いた。 まろは主役として、完璧な演技を見せた。
でも、俺は見に行かなかった。
人混みが怖かったのもある。 でもそれ以上に、まろが誰かと舞台の上で笑っているのを、見たくなかった。
俺は教室で、ひとりカーテンの向こうに隠れていた。
──俺には、耐えられない。
そのあと、まろは教室に戻ってきた。
「ないこ」
まろは、すぐに俺を見つけた。
「……なんで来ぇへんかったん?」
問い詰めるでも責めるでもなく、ただ寂しそうに。
「ごめん……見たくなかった。まろが他の誰かと、笑ってるの……」
まろは驚いた顔をした。 けれど、それもすぐに消えて、俺の頭をそっと撫でた。
「俺、ないこのこと、ほんまに大事に思っとる。……けど、他の人と関わることも必要なんやって、そう思ってた」
「……俺は、まろ以外いらない。全部いらない。友達も、未来も、なにもかも」
「それって……怖いくらい、嬉しいな」
まろが、少しだけ微笑んだ。
「けどな、ないこ。俺もな、ないこが笑ってくれへんかったら、正直、生きとる意味ないと思うくらいには……お前のこと、愛しとる」
その言葉に、全身が震えた。 胸が苦しくて、でも幸せだった。
「じゃあ……ずっと、一緒にいてくれる?」
「当たり前や。……もう離さへん」
そして、俺たちは抱き合った。
世界がどんなにうるさくても、この瞬間だけは、俺とまろだけのものだった。
──壊れかけたふたりが、壊れたままで、支え合うように。
共依存。それでも、愛だった。
まろの腕の中で泣いた夜から、何かが変わった。 いや、たぶん“壊れ始めた”のは、もっと前だったのかもしれない。
文化祭が終わり、日常が戻ってきても、俺は教室に馴染めなかった。 友達の輪が、遠く感じる。 笑い声も、雑談も、全部ノイズにしか聞こえない。 だって、まろがいないときの俺は、ただの空っぽだ。
放課後は、必ずまろと一緒に帰った。 腕が触れるか触れないか、ギリギリの距離で歩く。 そのくせ、時々手をつなぎそうになって、お互い目をそらした。
「……今日、ないこの家、行ってええ?」
まろが、ポツリと尋ねてくる。 俺は、頷いた。
──この人が、俺を欲しがってくれるなら。
それだけで、生きていてもいいって思える。
*
「……なあ、ないこ。俺らって、どんな関係なんやろな」
部屋で並んで座っていたとき、まろがぼそりとつぶやいた。
「“親友”じゃ、足りないよな」
「……恋人?」
自分で言っておいて、喉がひりついた。 まろが一瞬だけ、驚いた顔をする。 でも、すぐに微笑んだ。
「そうやな……恋人、か。そんくらいには、好きやで」
その“くらい”が、苦しかった。
──俺は、もっと深いところで、まろを必要としてるのに。
この気持ちは、まっすぐじゃない。 恋愛っていうより、執着。 でも、まろが笑っていてくれるなら、それでよかった。
*
数日後、俺たちは期末テストに追われた。 でも俺は、集中できなかった。 まろと一緒にいる時間が減っていくのが、怖かった。
図書室の窓際で、まろが他の男子と並んで問題を解いていた。 楽しそうに笑っていた。 その瞬間、胃の奥がひっくり返ったような痛みが走る。
──俺のまろに、触れないで。
そう思った。 頭ではおかしいって分かってる。 でも感情は止まらなかった。
*
テストが終わった日の夕方、まろを無理やり俺の部屋に連れてきた。
「なぁ……ほんとに、俺のこと、好き?」
問いかける声は、どこか脅迫じみていたと思う。 まろは目を伏せて、少し考えてから答えた。
「好きや。ほんまに、ないこのこと、大事や思っとる」
「“大事”とか“好き”って、どのくらい? ……俺、まろが他の人と笑ってると、殺したくなるんだよ」
言ってから、自分でもゾッとした。 でも止められなかった。
「俺だけ見て。俺だけ考えて。俺だけ感じて……それがだめなら、俺もう、まろいらない」
まろの顔が強張った。 けれど、そのあとゆっくり俺の頬に触れた。
「わかった。……俺、ないこのもんや。せやから、安心して」
「……ほんと?」
「ほんまや」
そう言って、まろは俺の手を握った。 強く、壊れそうなくらいに。
「なあ、ないこ。お前が笑わんと、俺も壊れんねん。……どっちが先に壊れても、一緒やで」
そんな言葉に、俺は涙を流すしかなかった。
──たぶん、これが“普通の恋”じゃないことはわかってる。
けど、これが“俺たちの愛”だ。
まろが俺を選んでくれたなら、それでいい。 狂ってても、依存でも、共犯でも。
俺たちは、世界で一番不器用な恋人だ。
「一緒に壊れてくれるって、信じてたのに」
冬が近づくにつれて、朝の空気が冷たくなってきた。 けど、俺の胸の奥は、それ以上に凍りついたままだった。
まろと俺は、付き合ってる──そう言える関係になったはずだった。 けれどその実感は、何かを引き換えにしてようやく手にした幻みたいで。
「……ほんまに、俺のこと、怖なったりしてへん?」
まろが、ある晩、ぽつりと聞いてきた。 部屋の明かりを落とし、布団の中でお互いの手を繋いだまま、天井を見つめていた。
「怖いのは、まろじゃなくて……まろを失うこと、だよ」
そう答えた俺の声は、どこか幼かったと思う。
「俺、壊れてるよな?」
「……俺もや」
それで会話は終わった。 でも、言葉の代わりに手を強く握り合った。 それで充分だった。 心が、きしむ音すら、愛しかった。
*
それでも、日々は残酷なほど淡々と進んでいく。 期末テストが終わり、冬休みが迫る中、まろはクラスのリーダー格として生徒会の仕事に駆り出されていた。
「ごめんな、放課後いっしょに帰られへん。打ち合わせ入ってもうた」
そんなメッセージを受け取るたび、俺は冷たくなった缶コーヒーみたいに、心が無味になる。 わかってる、まろに非はない。 でも、俺はまろのことだけ考えてるのに、まろはそうじゃない。
──不公平だ。
俺の中に、黒い感情が渦を巻く。 SNSを開けば、まろが他の誰かと楽しそうに笑ってる写真が流れてくる。 誰かの腕が、まろの肩に触れてる。 それだけで、息ができなくなる。
*
「おかしいよね、俺」
ある夜、俺はまろの部屋で膝を抱えていた。 まろは何も言わず、黙って隣に座っていた。
「全部、まろで埋まってんの。まろが笑うと嬉しいし、まろがいないと何も感じない。まろの声が聞こえないと、俺、生きてる意味ないって思っちゃう」
まろが、そっと俺の頭を撫でる。
「それの、どこがおかしいん?」
「依存してる」
「……うん、してるな。俺も、ないこに依存しとる」
そう言って、まろは俺の手を自分の胸に押し当てた。 鼓動が、指先に伝わる。
「ないこが生きとってくれんと、俺の心臓、止まってまうんや」
その言葉に、涙があふれた。 嬉しくて、怖くて、救われた気がして。
「なあ……壊れてもいいから、ずっと一緒にいて」
「壊れてもええ。俺がいっしょに壊れたる」
まろの関西弁が、こんなにも優しく胸に染みるなんて思ってなかった。 俺たちは、きっと“まとも”じゃない。 でもそれでよかった。
*
年末、寒波が来た夜。 まろが熱を出した。
「おい、何で来たんや、こんな寒い中……っ、ないこ」
「まろが倒れてんのに、行かないわけないだろ」
俺は咳き込むまろの体をタオルで拭き、氷枕を取り替え、水分を飲ませる。 手が震えるほど冷たくなっても、気にならなかった。
「……お前、過保護やなぁ」
まろが笑う。 その声が掠れていて、泣きそうになった。
「まろが死んだら、俺も死ぬよ」
「アホ、縁起でもないこと言うな……っ」
「それくらい、まろがいない世界で、生きていけないんだよ」
まろが、弱々しく俺の頬を撫でた。
「じゃあ、死ぬときも一緒やな」
──生きるときも、死ぬときも、一緒。
それが、俺たちの愛の形。
冬休みに入った。 受験生のくせに、俺たちは一日中ほとんど一緒にいた。 朝起きて、LINEを送り合って、昼にはまろの家か俺の部屋にどっちかが行って、夜まで話して、眠るギリギリまで通話を繋いだ。
こんな日々が、ずっと続くと思ってた。 いや、続いてほしいと、願ってた。
でも、現実は思ってるよりも脆い。
「まろ、ちょっと距離置かへんか」
その一言で、俺の世界は真っ黒になった。
*
「え、どういう意味……?」
その瞬間、声が震えた。 スマホ越しじゃなく、直接言われたのが余計にきつかった。 いつもと同じソファ、いつもと同じ光景。 なのに、まろの目だけが、どこか遠くを見ていた。
「いや、なんていうか……このままやと、お互いしんどいなって思って」
「俺のこと、重い?」
「違う」
すぐに首を振ってくれたのに、その“違う”が嘘に聞こえてしまうほど、まろの声は弱っていた。
「俺、ほんまは怖いんや。ないこが俺しか見てへんの、嬉しいけど、もし俺が手ぇ離したらって考えたら、怖くてな……」
「手を離す前提で話すなよ!!」
怒鳴っていた。 自分でも驚くほど、涙が溢れて止まらなかった。
「まろがいなきゃ、俺、生きてけないんだよ! なんで、そんなこと言うの?」
「生きてけるって、信じてるからや」
その言葉が、優しすぎて、憎かった。
*
3日。 まろと連絡を絶って、3日が経った。 眠れない。 食べられない。 学校にも行ってない。
胸の中に空洞があるようだった。 体温が失われて、音のない世界に取り残されて、何を見ても灰色で──
その夜、家を飛び出した。 もう理性が壊れてた。 コンビニの袋を片手に、まろの家まで走った。
ピンポンも鳴らさず、鍵の開いてた窓から入った。 まろの部屋の匂いがして、胸がいっぱいになる。
──俺の居場所、ここしかない。
ベッドで寝てたまろが起きた。
「……ないこ?」
「ごめん、無理だった。離れるとか無理だった」
泣きながら、ベッドに飛び込む。 まろは抵抗しなかった。
「俺、まろがいないと、ほんとに壊れる。もう二度と離れないって言ってよ……」
「……あかんやつやな、俺ら」
そう笑いながら、まろは俺を強く抱きしめた。 腕の中で、ようやく呼吸ができる気がした。
「いいよ。壊れてもいい。俺が全部、受け止めたる」
「……俺も」
俺たちはお互いを、壊す。 でも、それでも手を離さない。
「俺の全部、まろなんだから」
「やめてよ、いなくならないで。僕の全部、君なんだから」
*
数ヶ月後。 卒業式の日、教室の片隅で、俺たちは指切りをした。
「約束や。俺がどこ行っても、心は一緒におる」
「俺、大学遠くなるけど、まろの声、忘れない」
「手ぇ、離してもええ。でも、心は離すな」
「離さない。何があっても、絶対」
この共依存が、もし誰かに「間違ってる」と言われてもいい。 壊れたって、狂ってたって、俺たちは“愛してる”と胸を張れる。
だってこれは、俺たちにしかわからない愛のかたち。
そしてきっと、これからもずっと──
生きるときも、死ぬときも、一緒だ。
end…
うまく書け…たとおもう!
この作品が湖EK屋さまに届きますよ〜に!
それでは〜!
コメント
6件
共依存好きだけど、重すぎるのも苦手なめんどくさい人なのでこの作品の重さがめっちゃ丁度良い!!! 最高です!!
何かすごいかっけぇ...