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【淡路島・楊貴館】
「それでお尻に火がついた犬みたいに、慌てて逃げ帰っちゃったのよ! 」
紗理奈がウェッジウッドのティーカップを片手に、夕べの直哉との出来事を色々早口でしゃべる
「ほとんど口も聞いてくれなかったわ、だから怒っているのか、怯えているのかもわからない、多分両方ね!」
ペラペラしゃべり続ける紗理奈を向かいに座る、マダム鶴子が何か言いたげにきれいな片眉を、髪の毛の生え際まで吊り上げる
本日のマダム鶴子の装いは、それはそれは艶やかな花魁姿で、映画の世界から飛び出て来た様だ、今は気だるく応接室のソファーに斜めに座っている
胸の前に大きな帯をつけ、目元の赤いアイラインは繊細で、胸元は色っぽくはだけ、乳房がこぼれんばかりに盛り上がっている、彼女の煙管をもつ手つきもとても優雅だ
二人の女中の格好をした従業員が、大きな団扇でマダムを扇いでいる、それもそのはず真夏に花魁衣装は過酷すぎるだろうなと紗理奈は思った
「GIRL・・・どうしてyouといいナオちゃんといい、いつもアポなしで来るのかしら?今週は花魁祭りで今は営業中、花魁遊びをしたいお客様で部屋は満席、あちきは忙しいのでありんスよ?」
マダムが首を横に滑らせて言う
「だってあなたはナオと仲良しなんでしょ?ナオから聞いたわ、私の男娼のオーダーをキャンセルしたのはナオだって、それに私はお友達はいないし、ましてやナオの事を親姉妹になんて言えないわ、聞いてもらえるのはマダムしかいないの」
紗理奈が弁解がましく言う
紗理奈は直哉からの「期間限定恋人契約」の一部始終をマダムに話して聞かせた、そしていかにも不満そうに唇を尖らせて言った
「たかが一晩泊まったぐらいで何だというのかしら?私と体の関係を持つのは平気なくせに、一緒に眠るのはダメだなんて、おかしいと思わない? 」
「眠るという行為がどういうものか、考えてごらんなさいな、BABY・・・」
マダムは長い煙管キセルをコンッと横の陶器製の灰皿に灰を落とした
そしてチッチッチッと舌打ちした、今日のマダムは完全に花魁に成りきっている
「眠るのはとても無防備な行為よ、意識を無くして、まったく無力になるってことだもの、だから同じベッドで二人の人間が一緒に眠るというのは、究極の信頼の証なのよ、セックスをするよりもっと親しい間柄じゃないとできないわ、そしてあのBOY坊やは誰にも心を開こうとはしない・・・」
紗理奈はズキッと心が痛んだ
マダムが鬘から何本も刺さっているかんざしを一つ抜き取って、ギュウギュウに寄せて持ち上げられている、胸の谷間をゴリゴリ掻いた
「彼にとって人に心を開くのは、それはとても危うい事なの・・・youも知っておいた方がいい時期かもしれないわね・・・彼に関わるなら避けては通れない事よ・・・当時は新聞にも載ったわ、小さな町だから「成宮家の三兄弟」の事は誰もが知ってるの・・・ 」
「成宮家の三兄弟・・・・」
それからマダムは語った、北斗と直哉がアルコール中毒の両親から、虐待されて育った子供だと言うことを
彼らは何日も食べ物を与えられず、暴力、監禁、人としてやってはいけない事のフルコースを幼少時代にすべて味わった、直哉においては児童福祉局に保護された時、普通の小学高学年の平均体重の半分しかなかった
紗理奈は信じられなかった、それでもあそこまで逞しく成長した彼を純粋に凄いと思った
「成宮家の子供は本来なら、自分を愛してくれるはずの両親からずっと傷つけられて育ったから・・・孤独で侘しい幼少時代を過ごして来て、深い絶望感を持っているわ、親というのは、本当は子供の良いお手本となって、人間関係の築き方を教えるものなのにね、そんな過去があるんじゃ自分でなんとかしろと言っても難しいでしょう」
さらにマダムは言った
「深入りすればお互い傷つくだけと思っている男を変えるのは難しいわ・・・彼は自分を人にさらけだすことが出来ない・・・愛していると言えない人なの、不幸になるかもしれないリスクを冒してまで結婚する価値はないと思っているわ」
マダムは優雅な手つきで、煙管に新しい刻みタバコを詰め
そして小さなマッチで火を点けゆっくり、かつ味わうように吸ったふわっと煙が宙を舞う
「だから誰と交際をしても、互いの距離が近すぎたと感じたら、なんの未練もなくあっさり別れてしまう」
紗理奈はマダムの話を聞いて、彼が結婚できないのは無理もないと納得した、彼が可哀そうで仕方がなかった、彼の背負ってきた生い立ちはあまりにも壮絶だ
紗理奈のお父さんが苦手、お母さんの愚痴っぽい所が玉にキズ・・・そんな次元の話ではなかった
「他人に人のことはどうも出来ないわ、ただ一つ言えることは・・・・、それでも人は変わることが出来るってこと、それは自分で変わらなければいけないと思った時・・・人に指図されるのではなくね」
たしかにマダムの言う通りだ、彼の悲観的な恋愛観を知って、それなら私が彼の考え方を変えて見せようと思う女性は少なくはなかったはずだ、でも今だに彼がフリーなのが良い証拠だ
「どうすればいいのかしら?」
紗理奈の問いかけに、マダムはにっこり微笑んだ
「それでも神様は人生において、いくつか変わるためのきっかけは、こしらえてくれているものなのよ、あとは本人が気づくか気づかないかの問題ね、GIRL!」