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過去編.3 海へ帰る音楽
fjsw side
音が鳴る。
僕の指から、鍵盤を通して音が生まれて、空気を震わせて、客席へ流れていく。
ただそれだけのことが、こんなにも尊く感じるなんて、昔の僕は知らなかった。
光が、眩しい。
ステージのライトの中、僕はまっすぐに前を見ている。
僕の左側には元貴と若井がいる。
_ずっとこの景色を見ていた気がした。
「……最後の曲です。」
元貴の声がマイクに乗る。
会場中に広がったその声に、ざわつきはない。ただ、静かで、どこまでも深くて、優しくて、
少しだけ、哀しみを纏っていた。
「どうか、あなたの心に届きますように。」
あぁ、やっぱり、
元貴の言葉は魔法だなと思った。
あの頃_16歳の少年だった彼が、僕に「バンドを組みませんか?」と言った日から、ずっと。
若井がギターのストラップを肩にかけ直して、ふっと僕に目をやる。
「涼ちゃん、いける?」
口パクでそう言って笑ったその顔に、僕も笑ってうなずく。
大丈夫。
僕は、今、生きてる。
イントロを弾き始める。
この曲は、3人で再出発したときに作った曲だ。
たくさんの想いを詰め込んで、たくさんの涙と希望と祈りを込めた曲。
会場のペンライトが、まるで海のように波打っている。
海。
……あの日、元貴と一緒に見た海のことを思い出す。
「海の向こうには死者の世界があるんだって」
なんて、ふざけて言ったのに、元貴は本気みたいな顔で、「ずっと一緒にいよう」って言った。
でも、元貴。
僕は、もうそっちへ行く準備をしてる。
怖くないって言ったら、嘘になるけど_
今日、このステージに立てたこと、
君と、若井と、この音を鳴らせたこと。
それが、何よりの答えだ。
サビに差しかかる。
元貴の声が天井を突き抜けていくように響く。
僕はピアノの旋律にすべてを乗せていく。
言葉にならなかった思い、
伝えきれなかった「ありがとう」
音にすれば届くかもしれないから。
終わりが近づく。
この音が止まったとき、
僕たちの”ミセス”は、もう二度と3人ではなくなる。
でも、後悔はなかった。
だって_この瞬間が、永遠だったから。
音が止まる。
しん、とした無音。
その静けさを破ったのは、会場から湧き起こる拍手と、 いくつもの「ありがとう」「大好き」という声だった。
僕の中で、何かがほどける音がした。
ステージ袖に戻ると、元貴が僕を抱きしめた。
力強くて、でも震えていて、
僕は何も言えなかった。
「ありがとう、涼ちゃん」
それだけを、彼は言った。
それがすべてだった。
夜空に、潮風が吹いているような気がした。
僕らの音が、遠く、海の向こうまで届いていけばいい。
_死者の世界にも、届くほどに。
でも今は、
まだ生きてる。
この音が、この想いが、
まだ僕の中で、生きている。
ありがとう。
元貴。
若井。
ミセス。
音楽。
そして_
生きてくれて、出会ってくれて、
本当に、ありがとう。
ステージのライトが落ちた。
そして、静寂の中に、永遠が灯った。
これにて完全に完結となります!
ありがとうございました〜👋
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