9年前、ある高校の入学式の日─。
そこに、ひときわ可愛らしい女の子がいた。
高い位置で結んだポニーテールに、短いミニスカート。
細く長い白い足がのぞき、白いシャツの上には青いネクタイ。
背もまだ子供のように小柄な、その女の子。
彼女は今、新入生代表として、全校生徒の前でスピーチをしていた。
可愛らしく、魅力にあふれた彼女の姿に、誰もが目を奪われた。
その中に、誰よりも熱い視線を向けている一人の男子がいた。
彼は心の中で、強く神様に誓った。
「今世では、彼女としか結婚しません」
──叶うはずがない、と彼は思っていた。
けれど、ほんの少しだけ、心のどこかで奇跡を期待していた。
彼はイケメンと呼べば呼べるかもしれない。
だが、七百人いる新入生の中では、どこにでもいる普通の男子にすぎなかった。
そんな彼が、あの可愛らしく魅力的な彼女と、付き合うどころか、話すことすら叶わないだろう。
中学時代から有名で、誰もが憧れる存在だった彼女の名前は──
齋藤 春夏。
母はかつてモデルとして活躍し、現在は引退。
父は一時期アイドルとして人気を集めたが、家業を継ぐため芸能界を離れ、今では社長を務めている。
そして──
そんな可愛らしく魅力的な春夏に、密かに恋心を抱き、結婚を願ったごく普通の男子の名前は、
北村 颯汰
春夏のスピーチが終わると、体育館には大きな拍手が響いた。
颯汰も、胸をどきどきさせながら小さく手を叩いた。
──近くに行きたい。話してみたい。名前を呼んでみたい。
そんな想いが、心の奥で静かに膨らんでいく。
でも、現実は甘くなかった。
春夏には、もうすでに彼女を取り囲むように集まる男子たちがいた。
颯汰は、その輪の外側から遠く眺めるしかなかった。
「……やっぱり、無理だよな」
小さなため息をつきながら、颯汰は教室へと歩き出した。
それでも、心のどこかで願っていた。
ほんの少しでいい。
彼女の視界の片隅にでも、自分が映ったら──それだけでいい、と。
そして運命は、ほんのいたずらのような奇跡を起こした。
教室に戻った颯汰に、担任の先生が話しかけた。
「北村、今日から齋藤さんと同じ班だぞ。委員も一緒に頼むな!」
「……え?」
耳を疑った。
信じられなかった。
けれど、春夏の方を見ると、彼女もこちらを見て、小さく──本当に小さく、微笑んだように見えた。
その瞬間、颯汰の世界が、ぱっと光に満ちた気がした。
(神様……本当に……?)
胸を抑えながら、颯汰はぎこちなく頷いた。
これが、二人の物語の、ほんの小さな始まりだった。
──しかし、この小さな奇跡の裏には、まだ颯汰も春夏も知らない、残酷な運命が隠れていることを、この時の二人は知る由もなかった。
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