週に一度、信悟の樹庭に足を運ぶのが習慣になっていた。目的は勿論、知種学派の創始者_アナイクスに会うためである。
今日もまた、以前と同じように廊下を歩き回る。 アナイクスの行きつけの場所は自身の研究室、 もしくは教室。 と言っても、まだ離愁の刻は鳴っていないので研究室はないだろう。つまり消去法で教室ということになるが、生憎アナイクスが担当している教室を知らないので当てもなく行き彷徨っている。
取り敢えず研究室に向かおうと思い歩を進めると、背後からコツコツ、と堂々と闊歩する音が聞こえた。どんどん音が近づく事で、意図して自身に近づいているのだと悟る。おそらく今は授業中であり、生徒は皆机に向き合っているだろう。となると、授業中でも廊下に出れる人物はアナイクスしかいない。
「アナイク__ん、っ!?」
名前を呼ぶ隙も無く、顎を掴まれ接吻をされた。 舌が自身の口腔に入り込み、何かを移されたその異物感から抵抗しようと後ずさっても腰を支えられてこちらを追うように絡んで離さない。吐き出そうとも吐き出せないので仕方なく飲み込むと、 執拗に追いかけてきた舌は銀の糸を作りながら離れていく。
「……はあ、よくできましたね…穹。」
「っ、アナ、イクス………何を、飲ませたんだ…」
「そう構えないでください。ただの抑制剤です。近頃、貴方のフェロモンが強くなっているお陰で研究に集中できません。次の週にはヒートが始まるでしょうから、早いうちにヒアシンシアの元へ行きなさい。…ああ、それと私は教室に行く必要があるので、何かあれば連絡を。要件は以上です。…では」
滔々と文字を並べるアナイクスに呆気を取られていたせいで話の内容が朧げになっている。 覚えているのは唇に残った熱さと、熱を帯びた目だ。 長いキスを終えた後、アナイクスは恬然と話を進めるが穹は確かにその目を覚えている。穹のフェロモンに当てられたのだろうか、その隻眼は己を真っ直ぐ見つめていた。
珍しく余裕のない表情と官能的なキスの記憶を辿る度に顔は紅潮していき、 白肌を赤く染める。
「………アナイクスって、あんな表情もするんだ……」
「……………………はあっ…」
持て余した熱を連れながらおぼつかない足取りで教室に向かう。穹のフェロモンをまともに食らったせいで吐息も熱っぽく、微かに頭が痛む。
どくん、どくんと規則的な音を鳴らす頭といまだ興奮が収まっていない体が彼を求めていることを痛感する。生唾が口から溢れ出るのを阻止するため無理に飲み込むと一瞬止まった呼吸がまた活発になり、小さく咳が出た。
時間をかけながらも教室に着くと、生徒たちは勉学に励んでいる様子だったので便所に向かおうか、方向を変える。だが、そんな隙も逃さないように同じ目的を持った生徒がアナイクスの存在に気付いた。
「アナクサゴラス先生!どうしたんですか!?」
頬を赤らめ壁に手をつくアナイクスを見て心底驚いたかのように声を張り上げる一人の生徒に釣られて、教室に残る生徒たちからの注目を浴びる。
「チッ、囂しいですね·········大丈夫、Ωのフェロモンに当てられただけです……授業を再開しますよ。」
「アナイクス先生…………でも…一度ヒアンシー先生に診てもらった方が____」
「黙りなさい!私はこの場を支配する程の権力を持っています。 それでも歯向かう気ですか?分かったのでしたら、 その『アナイクス』という呼び名と喧しい口を噤む事です。 全員席に着きなさい、始めますよ。」 この場の生徒_アナイクスも含めて、騙すように声を荒げると、教師の威圧感に圧倒された生徒たちは皆大人しくなって再度ペンを取る。
この後、どれだけ時間が経っても治らない熱と穹の顔を思い出し、制御出来なくなった体に眉を顰めるアナイクスが居た。
コメント
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アナっアナ穹!? まじっすか!?大好きです!ありがとうございます!!!!! 最高すぎます!!!