「――へえ、話したんだ、一緒に暮らしてる事」
その日の夜、小谷くんと夕食を食べている時に杏子にルームシェアの事を話したと伝えると、特に驚いた様子もなかった。
「成り行きで、話さなきゃいけない流れだったから。だけど、話して良かった。やっぱり隠し続けるのは無理があるなって思ったから」
「まあ、その方がいいかもな。ってか、それなら例のストーカーの件も話しておいたら? 休みの日に遊びに行ったりもするなら、一緒に居る時は警戒してもらう方がいいと思うし」
「……うーん、確かに、話せば色々と協力もしてくれるだろうけど、杏子を危険な目に遭わせる事になっても嫌だし……」
「知らずに巻き込まれても困るだろ? 本人の為にも話した方がいいと思うけど」
「……そっか、そうだよね……」
小谷くんの話を聞いた私は未だに解決していないストーカーの件について、杏子にも話しておく事に決めたのだけど、それを聞いた杏子はどういう反応を見せるのか少しだけ気になっていた。
私と居る事で危険が伴うかもしれないと知ってしまえば離れていくかも……という心配があったからだ。
だけど、それは杞憂に終わる。
「はぁ!? ストーカー!?」
翌日の昼休み、食堂でお昼を食べながら杏子に例の話をすると、それを聞いた彼女は大きな声を上げた。
「ちょ、声大きいよ……」
「あ、ごめん」
杏子の声に驚いた周りの人々が一斉にこちらへ注目したので、私たちは『すみません』と謝罪した後小声で話を続けていく。
「っていうか、そんな悠長な事言ってる場合じゃないでしょ? 警察に相談しなよ」
「でも、どこの誰か分からないし……きっとこの程度じゃ取り合ってもらえないよ……」
「けど、何かあってからじゃ遅いのよ?」
「そうなんだけど……」
「しかもだいぶ前からでしょ? もっと早く話してよ。そうすれば色々助けられる事もあったのにさぁ」
「ごめん……」
話を聞いた杏子は離れるどころか、本気で心配してくれたのだ。
「はぁ……。それで小谷とルームシェアしてるのね」
「そうなの」
「まあ、その理由なら一人暮らしよりも二人で……しかも男が居た方が安心かもね」
「うん」
そして、この話をした事で私と小谷くんが一緒に暮らしている事に納得し、彼女の中にある彼への印象が大きく変わっていく。
「何かさぁ、葉月から話を聞けば聞く程びっくりするけど、小谷って案外良い奴よね」
「うん、そうなの。別に仲良くも無かった私の為に一生懸命に色々考えてくれてるし、本当に助かってるんだ」
「……あのさ、葉月」
「ん?」
「葉月って――」
杏子が何か言いかけたその時、
「ここ、いい?」
カツ丼の乗ったトレーを手にした小谷くんが私たちの元へやって来て、私の隣の空いている座席を指差して聞いてきた。
「小谷くん……杏子、小谷くんも一緒でいい?」
私は問題無いけれど杏子は嫌かもしれないと一緒で良いか尋ねると、
「いいよ。小谷さえ良ければ」
特に嫌な顔をする事もなく頷いてくれた事で、小谷くんは「どーも」と言いながら私の隣に座ってカツ丼を食べ始めた。
「それで、杏子さっき何か言いかけてたよね? 何?」
小谷くんはあくまでも席に座りたかっただけだと分かっている私は彼を気にする事なく、ついさっき杏子が何か言いかけていた事が何なのかを問い掛けるも、
「あ、ううん、もういいの! 大丈夫!」
何故か少し焦った杏子はさっきの事はもう大丈夫だと言う。
「そうなの?」
「うん」
気にはなるけれど、本人に話す気が無いのなら仕方がないと、その話はそこで終わりになった。
それから暫く私と杏子が他愛無い世間話をしていると、カツ丼を食べ終えた小谷くんに視線を移した杏子は、「あのさ、小谷」と自ら声を掛けた事で私は勿論、小谷くんも驚いているようで、無言のまま少し怪訝そうに彼女の方へ視線を向けながら「何?」と問い返すと、
「私、アンタの事、誤解してた。葉月から話を聞いて、良い奴なんだなって思ったのよ。今まで感じ悪い態度とっててごめんね」
杏子はこれまでの自分の態度が悪かった事を謝罪する。
「……別に、そんな事、気にしてないけど……まあ俺も基本人と話さないから感じ悪い態度取ってたかもしれないし……お互い様って事で」
突然の謝罪に驚きを隠せない小谷くんは少し間を置いた後で、自分も態度が悪かったかもしれないからお互い様だと答えた。
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