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12 ◇回想記──約2ケ月前
蓮さんのお寺では平日のみ13:00頃から18:00頃まで敷地を
子供たちに開放していて……。
午後から半休を取ってお寺に出かけた日に、たまたま低学年の女の子たちが
8人も遊びに来ていて、私はその子供たちと何とこの年になって──
”はないちもんめ”をしたのだ。
その輪には蓮さんも入った。
どちらのチームからも常に蓮さんは一番に欲しがられて人気者だった。
私はそんな様子が可笑しくておかしくてずっと子供たちと蓮さんの様子に
笑いを堪えつつ、”はないちもんめ”を楽しんだ。
変な気がした。
夫を他の女に盗られたと泣いたり怒ったりしていた私が、心穏やかに
ひとりの僧侶とどこぞの愛娘ら8人を愛しい眼差しで見つめている現実にだ。
時折、遠くを行きかう船舶もちらほら目の端に入って来る
長閑な時間。
人は人から苦しみや悲しみを受けても、また別の人から癒されたりすることで、心を
落ち着かせることができるということを実体験したわけで、なんだか私は、どんどん
幽体離脱じゃないけど自分の立ち位置というか、存在を客観視できるようになっていった。
日暮れて子供たちが帰って行くと奥から住職の奥さんが出て来て、
手作りのおはぎをごちそうしてくださった。
奥さんとの面識はこの日が初めてだったので、ごちそうになり
少しびっくりしてしまった。
「突然現れてごめんなさい。
蓮さんからあなたがしょっちゅう本堂のお掃除を手伝ってくださってると
聞いていたものですから、作ったおはぎをぜひとも食べていただきたくなりましてね。
ささっ、どうぞ召し上がれ!」
「ありがとうございます。
私のほうこそ勝手に本堂や家に上げていただいて、お世話になっております。
少し嫌なことがあって土管に入って喚いていたところ、蓮さんと出会いまして、それから
お世話になっています」
「へぇ~、土管でねぇ~」
「はい、土管で……」
『土管で……って、恥ずかしすぎるわ。うっ~』
「あの土管は昔からあそこに鎮座してて、子供たちにもすごく人気があって──。
おまけにあなたにも利用していただけて、どけようかなんていう意見も
ありましたけど、置いとくように主人に話しとかなくちゃ……だわ。ふふっ」
蓮さんだけじゃなくて子供たちとも知り合い、おまけに住職の奥さんとまでお知り合いに
なれて、ホクホクした気持ちで私はその日帰路についたのだった。
13 ◇気持ちを切り替えて進む私
蓮さんのお寺に通うようになってから2か月後のこと。
この日もお寺に行ってきたので心は凪いでいて、私の気持ちは良い方へ
と向かっていた。
夫がハッシュドビーフとサラダを用意してくれていた。
ちゃんとランチョンマットにセットされていて……。
私の大好きなポテトサラダとプチトマトに千切り野菜がたっぷり添えられていた。
このランチョンマットには少々思い入れがあるのだ。
デコパージュされた私だけのオリジナルランチョンマット。
花模様と大好きな不思議の国のアリスをモチーフにデコパージュ
したものだ。
夫のは、私のと同じ花模様に猫。
このデコパージュを施した頃には、よもやこんな日が来ようなんてついぞ思いもしなかった
……のにな。
「ごちそさまでした。最近は私がちょくちょく出かけるから大抵こうして土・日のどちらかは
食事を作ってくれて本当にありがとう。
ほんとに感謝してます」
「あれれっ、どうしたの? 何かある?」
「うん……」
「えっ、マジ? あるのかぁ~」
「うん、そうあるのよぉ~実は。
あのね、離婚してほしいの……。なるべく早くにね」
「ちょっと待って、話が見えないんだけどぉ~。
だって眞奈さっき俺に言ったばかりだろ?
感謝してますって。
感謝してる相手に離婚してくれって全く話が見えないよ」
「言うタイミングが悪かったわね。
あなたのこと全般に対しての感謝の言葉じゃなくて、
おいしいものを作ってくれたことに対しての言葉だったんだけどなぁ」
「……ってことはぁ、料理以外では何か俺に不満があるっていうこと?」
私は夫の言葉を華麗にスルーした。
「私ぃ、好きな男性ができたの。だから別れてほしいの」
夫は私が話している内容を理解できないでいた。
「嘘だろ? そんなことあるわけない……アルワケ……ガ。
できない相談だね、離婚なんて。
俺の辞書に離婚の2文字はないよ」
「今から辞書に入れてください」
「誰? その好きな奴って誰?」
「今は言えない。
あなた、私のことなんて愛してないのね?」
「はぁ~?
愛してるから離婚なんてしたくないって言ってるんだけど」
「ほんとに愛してるなら私の幸せを願って別れてくれるものじゃないの?」
14 ◇寂しかった
私は特に夫の別の顔を知ってから寂しかった、ずっとね。
品行方正で性交に淡白な夫との間に、もう随分長い間夫婦の関係がなくても
夫が敢えて望まぬのならと思い、一抹の寂しさはあったものの努めてこんな
夫婦の形もあるさと受け止めてきた。
なのに実際は違っていたのだ。
私の前にいる夫は、品行方正を演じていただけで、その本質は全く違っていて──
ただの下ネタ大好きでエッチ好きな人間だった。
どちらが本当の夫の姿なのだろう。
自分の気持ちに蓋をして見ないようにしていたけど、いつも思ってた。
どうして私たちは夫婦なのに……
私はあなたの妻なのに……
あなたは私の身体に触れようとしないのか、って。
あなたの別の顔を知ってからは益々、どうして? 何故? って、自分では
出せない答えを探し続けてきた。
私はいつだってやさくし包んでくれるあなたのことが好き。
だけどあなたといても私の寂しさは埋まらなくて、兎のように寂しさで死にそうになってた。
そんな時に、癒される場所と男性に出会った。
私の寂しさをすっぽりと包んでくれる人に……。
寂しいのは嫌。
◇ ◇ ◇ ◇
「なぁ、俺のどこが、何が……いけなかった?」
「私の前のあなたはいつもやさしくて申し分のない夫だったわ」
「それならどうして離婚なんか……」
「もう随分長い間私たち夫婦の関係がないわよね。
どうして? 何故なの? ってずっと私思ってた。
でも聞けなかった。
ね、どうしてなの? どうして私を……求めてこないの?
もう女性として魅力を感じてないからなの?」
私は別れを決意したことで、初めて聞くに聞けなかった質問を
夫に投げかけることができた。
コメント
1件
うわあ、第5話も重くて繊細で、すごく胸にきた……。 土管で喚いてた主人公が、蓮さんや子ども達との“はないちもんめ”で少しずつ心を取り戻していく流れ、すごく好きだな。あの静かな風景が目に浮かぶようだった。 でもその後の夫との会話シーンで一気に空気が変わって…「好きな人ができた」ってサラッと言っちゃう主人公の強さと、長年胸にしまい込んでた「どうして私を求めてこないの?」っていう問い。あの言葉にどれだけの寂しさと葛藤が詰まってるかと思うと、読んでて苦しくもあった。 それでもちゃんと自分の気持ちを言葉にして前に進もうとしてる主人公を、そっと応援したくなる話だった。 設楽理沙さんの、感情の波をすくい取るような筆致、本当に尊敬します🥀💫