テラーノベル
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すぅ、と冷たい空気を肺に入れると、胸の奥まで冷たくなった。
息を吐き出せば、白い吐息が出て、どことなく胸が満たされる感覚があった。
「……さむい」
誰かに聞こえるでもない、小さな呟きをマフラーの中に吐き出した。
邪魔に思うほど騒々しい街の中、一人車椅子のタイヤを黙々と回す、そんな自分がどこか虚しい。
神の誕生を祝う暇があるなんて、とすれ違う人々を軽蔑するのは恐らく嫉妬からだった。
「……はぁ。」
特別重たい溜息をついた。
その訳はクリスマスに浮かれている人々や、手を刺すように寒いこの冬の季節からでもない。
前から来る黒いコートを着た男が目に入ったのだ。
僕は気づかれないよう、路地裏に身を隠そうとした。
だが、車椅子がつっかえ、路地裏には行けなかった。
「くそ……」
背中を丸くして隠れようとするが、車椅子に乗っている時点で目立つに決まっていた。
首を後ろに回して、眉をしかめ、睨みながら彼の様子を見ていた。
すると、ディエゴは僕からの視線に気が付いたのか、僕を見つけると此方に寄ってきた。
「ジョースター君」
気に食わない笑顔を浮かべ、僕の名前を呼んだ。
苛立ちからか、胸が焼けるように熱い。
神の誕生の日に一人寂しく帰宅し、その途中にはディエゴと鉢合わせるなんて、本当についていないと思った。
「……なんだ、黙ってどこか行ってくれよ。」
手を上下に降って、しっしと追い払う仕草をする。
賑わっている街の中、ひとりで帰るのならば いっそ静かに過ごさせてくれ。
そう切実に思った。
だが、僕の気持ちなど知らず、ディエゴは話を続ける。
「誰を待つでもない様だが、ジャイロはどうしたんだ?ひとりで寂しくないのか。」
「ジャイロは今日バイトだってよ。何も稼ぎ時とか言って……」
「ああ、クリスマスだからな。ジョースター君はここで何を?」
「別に何でもいいだろ。……お前こそ何だよ、彼女でも待っているのか?」
皮肉ったらしく言うと、ディエゴは意外にもあっさりと肯定する。
「そうだぜ。」
__その言葉を聞いた途端、僕の胸の中にはどこかイヤな感情が蠢いた。
何故こんな不快感があるのか、その正体がわからない事にも虫酸が走った。
「……ふぅん…ディエゴのくせに、…生意気なんじゃないの?」
僕は何故か不機嫌になっていた。
普段なら絶対言わないだろう言葉を吐いていた。
自分の中で消化できない気持ち悪さが渦巻いている。
どうしてか、苛立った気分になった。
「ジョースターくん、……もしかして嫉妬してくれているのか?」
「あ?」
ディエゴはニヤニヤと火に油を注ぐような笑みを浮かべ、濁点の混じったドス黒い声が出た。
「……そんな訳、ないだろ…」
言い切れなかった。否定できなかったのだ。
ディエゴはそれを感じ取ったのか、これまた愉快そうに笑い始めた。
まるで馬鹿にしているかのように思えた。
腹立たしさと同時に、顔に血が集まってきた。
怒りからか、それとも恥ずかしさからか。これもまた分からなかった。
「うるさいなァ……もうどっか行けよ」
自分の感情がはっきりしないもどかしさからか、悪態をついてしまう。
「悪い悪い、怒らせるつもりは無かったんだが……」
全く謝る気のない怖色で平謝りしてきた。
__ディエゴは突然、車椅子の前にしゃがみこみ、僕の顔を覗き込んできた。
そして、僕の口に、自身の唇を押し付けてきた。
「っは、は?…は……」
突然の出来事に頭が真っ白になる。
何が起こったのか理解できずにいた。
理解したくない。分かりたくなかった。
だが、じんわりと分かってきてしまった。
キス、キスされた。頭の中でぐるぐるとその単語だけが回っていた。
呆気にとられ、間抜けに口を開けている僕を見て、ディエゴはくっくっと喉の奥で笑っていた。
その姿がなんともウザったらしくてイライラして、鼓動が激しくなった気がした。
先程まで感じていた寒さなど忘れてしまったようだ。
むしろ暑いくらいだった。
体温が上昇し、身体中から汗が出る。
熱に浮かされて頭がパンクした。
ディエゴは立ち上がると、僕の頭を撫でて言った。
「やっぱり可愛いじゃあないか。ジョースターくん。」
優しい声色をしていた。耳の奥にこびりつくような甘い響きがあった。
ディエゴは僕を見つめ、目を細めた。
その瞳には僕の姿だけ映っている。
その事実に気がついた時、じんわりと胸の奥が溶かされるようだった。
それでも、苛立ちはぐつぐつと煮え、確かに残っていた。
本当に苛立ちなのかもわからなかった。 胸がドキドキする、少女漫画か?そう思ったが、心臓は鼓動をやめることを知らなかった。仮にこれを恋と抜かす奴がいるのなら、恋とやらはずいぶん嫌なものだと言いたい。 そう思った。
「でぃえ、ディエゴ……くそやっ、ろー……」
真っ白になった頭で一生懸命単語を結びつけ、絞り出す。
だが、その言葉を発しただけで、言いたいことも、この感情も言葉に出来ぬまま、只、必死にはくはくと息をしていた。
顔やら耳やら熱いし、汗がダラダラ出てきて気持ち悪い。
不愉快で苛立った気持ちを鎮めようと冷たい手で熱い所を触れ、落ち着こうとする。
すると彼は突然立ち上がり、元気に言った。
これまた、本当に突然。
慌て果てた僕のことも知らぬように。
脳が覚めるような、爽やかな声。
_爽やかなんて、似合わないような浮き立った、なんともムカつく声で。
「彼女ってのは嘘だぜ!それじゃ、ひとり寂しくクリスマスを祝うんだな!ジョースターくん!」
「っあぁ!!?うる、っせー!!!くそやろーッ!!!」
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